16 テスト2日目
テスト2日目。今日は3教科分のテストが終わった。
明日頑張れば、テストは終わり…だが、テストが終わっても、男に戻れる保証はない。
「あ~…男に戻りたいよぉ…」
「え?男?」
「あ…アハハ…ごめん、なんでもないよ」
ついつい出てしまった本音を、クラスメイトに聞かれていたらしい。
(やばいやばい…前は言っても言わなくても変わらなかったし、ついつい癖が…)
自分の特殊能力を盾に言い訳する翔一だが、女になったこととテストの疲れが重なって、気が緩んでしまっていたことは否定できない。
(天乃ってクラスで上手くやってるのかな…)
話を聞く限りは、問題なくやっているはずだが…
「天乃~?どうしたの?ボーっとして」
「え…?いやぁ…ちょっと疲れちゃって」
「勉強好きの天乃が珍しい。テスト終わったら遊びに行く?」
勉強好きって、天乃はそれほど勉強ばかりしていたのだろうか。
これは、帰ってから天乃に問い詰めていい話題だろう。
「行こっか!私も久々に歌いたいし」
「お、天乃がカラオケに行くって?またまた珍しい~絶対、約束だからね!」
向こうもカラオケの約束をしたみたいだし、翔一だって、女子とカラオケに行ってもいいだろう。
普段の天乃がどんな対応をしているかは考えずに、ノリでカラオケをOKした。
「志藤君も誘う?」
「いや、あいつは無理」
「言葉遣いが汚い!」
「痛っ、もぉ…」
デコピンされて、ちょっと女の子っぽい痛がり方をしてみた翔一だったが、言った途端に恥ずかしくなってきた。
「あー…おでこ赤くなったかも。少しトイレに行ってくるね」
「え?そんなに強くデコピンしてないけど…」
最後まで聞かず、翔一は教室を出たのだった。
一方の天乃は、やはりクラスメイト達から邪魔されて、直前のテスト勉強が全くできない状況で今日を終えた。
だが、そんな状況すら楽しく感じてきた天乃。
「昨日のドラマ見たか?」
「俺って初めてドラマ見たけど、あのドラマは楽しいよな!」
「わた…俺も見たぞ!」
「嘘つけ!翔一はテスト勉強だったんだろ?」
「見たもん!嘘じゃねぇ!!」
男子のノリは、とりあえず大きな声を出していれば、何とかなるらしい。
だが、感情の起伏が激しくなってくると…
『滝沢が女と勉強してるイメージが…あれ…ってか、3組の川辺…?』
自分の心の内が、外に出ていき、それを感じ取ったクラスメイトの気持ちが天乃に入ってくる…
(まずい…心の壁が…)
誰かわからないが、鋭いクラスメイトが、何かを悟ったらしい。
ちょっと黙り込んで、落ち着かなければ、体が入れ替わっていることがバレてしまう。
「ごめん、ちょっとトイレ」
「あれ、勉強は?」
「何とかするって!」
適当に手を振って、クラスを出た。そのまま、男子便所の個室へ。
「ふぅ…」
男子と喋るのがこんなに楽しいとは思わなかった。
もちろん、自分の友達と喋るのも、すごく楽しいのだが。
(今まで私の周りにいた男子が、私に合わないのかな…)
前に告白してきた男子は、翔一のクラスメイトみたく、楽しい男子じゃなかった。
(今の私が男子だから、楽しく喋れるのかな…)
女子の前だと、みんなテンションが変わってしまうのだろうか。
(私が女子に戻って、テンションが違ったら…それはそれで、寂しいかな…)
その時は、男に戻った翔一を頼ろう。そして、今みたいに、楽しく喋れるように計らってもらおう。
多分、翔一ならばうまくやってくれるはず。
(だって翔一君、優しいもん)
天乃は知っている。翔一の優しさと、正義感の強さを。そして天乃は、そんな翔一が…
そこで、休み時間終了のチャイムが鳴った。
「あ…戻りますか」
気分も大分落ち着いた。この分なら、心の壁も戻っているだろう。
天乃はクラスに戻ることにした。
「あの時は邪魔が入ったからね。改めて、報復を始める」
(くっ…そ。男の時だったら…)
「この間も言ったけど、別にそんなつもり無かったんだよ!」
恥ずかしさを紛らわすために、男だった時と同じ散歩ルートを歩いていたら、
「だからって、天乃さんを見ていたことは否定しないだろ?だから僕が…」
前と同じ連中が、同じ生徒を、同じ場所でリンチしようとしている場面を見つけた。
この間と全く同じ、10数人で1人の生徒を囲んでいる。リンチグループのリーダーは、前と変わらず志藤だ。
こんなやり方、卑怯だと思うし、虫唾が走る。
「たまたまだよ!何回も言ってるし、お前ら俺が川辺さんに興味が無いのは知ってるだろ!?」
志藤の目を見ず、周りに助けを求めているこの生徒は、つい最近までグループの仲間だったのだろう。
囲まれている生徒が必死に弁解している姿を見て、何とか助けてやりたいと心の底から思う。
男だった時は、正義の味方気取りで出て行くのは気分が良かったし、それ以上の感情は出て来なかった。
それは、ケンカに絶対に負けないと言う自信が成せる、余裕だったのだろう。
だが女の体の今は、絶対に勝てない自信がある。見ているだけしか出来ない翔一は久しぶりに…
(悔しい…!)
と言う感情に震えていた。
どうにかしたい、けど自分ではどうにもならない。物陰から見ているだけしか出来ないのだろうか。
休み時間終了のチャイムが鳴るのはまだ5分以上先だ。
「いやいやいや、“元”友達に何を言っても助けてくれるわけないだろ?」
(この…クズ野郎!)
仲間達とは既に口裏は合わせてあるのだろう。囲まれている生徒と志藤が中心になって、他の生徒が壁となるように距離を詰めていく。
「せんせー!早くー!こっちこっち!!!」
翔一は咄嗟に、先生を連れてきた女子生徒のフリをして声を張り上げた。そうすれば…
「チッ…また邪魔が入った…!行くぞ!」
案の定、志藤達は逃げ出した。
先生に見られると思っている志藤達は、翔一が居る物陰とは逆方向に逃げていく。
何か喋られたら困るからと、リンチする予定だった生徒も一緒に連れて行ったようだ。
休み時間の終わりも近いし、別の場所で続き…と言う事も、恐らくないだろう。
「はぁー……」
悔しい。こんなこと、二度と繰り返させないために、この間は割って入ったのに。
いや、懲りなかったからこそ、全く同じことをやろうとしていたのだろう。
男に戻ったらもう一度、志藤達を殴ってやりたい。自分が停学…最悪退学になったとしても。
ここで、休み時間終了のチャイムが鳴った。多少遅れても構わないから、気持ちを落ち着けるため、ゆっくりと、翔一は教室に戻った。
今の天乃に心を読まれたら、さっき見た志藤達のリンチを悟られてしまうかもしれない。
なるべく悟られないように、努めて明るく振る舞いながら話題を振る。
「私もカラオケに行く約束したぞ!」
「え?翔一君も?」
「おう!男の曲を歌ってくるぜ!」
「…翔一君言葉が汚い…」
テスト2日目も終わり、今日も一緒に帰る翔一と天乃。
郁美が後ろから襲撃してくることもなく、帰路を平和に歩いていた。
「今日、心の壁が無くなりそうで危なかったんだよね…」
天乃も天乃で大変だったようだ。
「…え?大丈夫だったのか?」
「まぁ、何とかごまかせたけど…」
心の壁は、肌で感じ取れるものではない。だが、特殊能力を持っている翔一は、漠然とわかる。
特殊能力を持った2人だからこそ伝わる不安。
「何かあったら、前見たくトイレに飛び込めよ?ぉ…私のクラスメイトはそんなに勘がいいやつ居ないけど、変なこと読み取られたら…」
「うん、気を付けるね…」
何となく、暗い空気になってしまった。
通学路にある商店街を歩く2人の間に、会話はない。
(でも、考えてることは一緒だよな…)
「万が一にでも、体が入れ替わっていることがバレたら…」
思わずつぶやいてしまった、翔一の気持ち。天乃も恐らく、そうなってしまったことを考えていたはずだ。
心なしか、声が男声になっている気がする。
「そんなこと、私がさせない。絶対に隠すよ…だから」
「元通りになることを信じて頑張ろう、か?」
「…うん」
そう言って、隣に居る天乃を見下ろす。隣に居た天乃は間違いなく女子で…
(この時…このタイミングで…キスすれば、もしかして…)
2人でいるとき、一瞬だけ体が戻るこの時に、じいさんの言っていたようにキスをすれば、体が元に戻るのではないだろうか。
「天乃?」
「翔一君…」
天乃を見下ろす翔一。翔一を見上げる天乃。
前みたく、一瞬だけ元通りになったわけじゃない。
(やっぱり、今だ!)
天乃の顔を引き寄せ、翔一自身も天乃に合わせて屈む。
翔一が何をしようとしているのか、天乃にも伝わったみたいだ。2人とも、目を瞑る。
そのまま、夢で見たように体を抱き合って…
「川辺さん!?」
「「っ!?」」
2人とも我に返った。人通りの多い商店街、天乃のクラスメイトに見つかってしまったらしい。
しかもその声、聞いたことがある。
その人物を見て確信に変わる。翔一にも天乃にも見覚えがあった。
「「志藤君?」」
翔一は女子として、天乃はいつも通りの呼び方で、驚きの表情を隠せない志藤の名前を呼んだ。
「2人って…そういう…」
「違う違う、これはたまたまで!」
「そうそう、ちょっと魔が差しただけで!」
必死に弁解して、2人とも気が付いた。
(元通り…入れ替わったままだ…)
落胆するよりも、この場を何とかしなければならない。
「ご、ごめん…っ!」
しかし、見つかったショックからか、天乃が走り出してしまった。
その場に取り残されそうになる翔一。
特殊能力も何もないのに…この場を1人でごまかす自信など、どこにもない。
「川辺さん…僕が告白したとき…断ったのって…」
「ご、ごめん!滝沢君を追いかけなきゃ!」
その場しかしのげない、苦しすぎる言い訳だったが、咄嗟に思い付いた言い訳がこれしかなかった。
鞄を持って、翔一は逃げるように走り出した。
「川辺さん…もそうだけど…」
その場に取り残された志藤は、1人でつぶやく。
「滝沢の奴…変わった…?」