15 テスト1日目
仕事から帰ってきた郁美に、学校に天乃の父親が来たこと、そして、じいさんのところで試したことを話すと、
「なんか…いろいろ大変だったな…」
と、ため息混じりにつぶやいた。
「何とか今日は無事に終わったし、よかったんじゃね?」
翔一は明るく軽口を叩いたつもりだったが、郁美は笑わない。
「んで、じいさんの考える可能性としては…体が入れ替わった夜に見た夢を見れば、元に戻るかもってことか」
「ああ、そういってたな」
「気長に待つしかないのか…」
「後は天乃ちゃんのお父さん…」
「それは、ぉ…私が頑張るさ!」
そういって、拳を握って見せる。
「ぷっ、似合わなっ」
「笑うなぁ!!!」
まぁ、結局笑いが生まれたし、これ以上はどうにもならないし…と郁美が言ったから、その場は解散となった。
夜は天乃と一緒にテスト勉強。そして、次の日…
体が入れ替わったまま、テスト当日を迎える。
学校に着くなり、昨日の復習とテスト対策に追われる翔一。
毎回、復習とテスト対策をしようとすると、クラスの連中に邪魔されるのだが、今回はそういうことは無い。
一応、その辺の良識は、天乃の友達にはあるのだろう。
(だったら、私の…俺のクラスの友達はどうなるのかな…?)
良識すらない、ふざけた友達ばかりだというのだろうか。
いや、男子がそういう人間ばかりなのだ、そう信じよう。
そう思った後に、ふと志藤達の方を見てしまった。
「……」
志藤がつるんでいた男子のグループは、大人しく勉強をしている。
(くっそー…優等生連中め…)
これでテストの点数が上がったら、自分の友達を恨むと心に誓った翔一だった。
逆に天乃は、テスト前の勉強が手につかずに困っていた。
「真面目に勉強なんかしちゃって、つまんねー」
「どうせ今回も学年4番だろ?上3人には敵わねぇって」
「そうそう、無駄な足掻き」
こうやってはやし立てられると、ますますやる気になる天乃。
この環境に少しずつ慣れてしまっているのかもしれない。
(人の悪意に晒されたら苦しいだけだったのに…)
もしかしたら、翔一はこういう空気が好きだったのかもしれない。
「お、俺だって…頑張れば学年2位は取れるんだっ!」
「言ったな?達成できなかったら飯おごりな」
「ついでにカラオケでも行くか!」
「オールで行っとくか?いいねぇ」
だから、気分は悪くない。むしろ…テンションが上がってくる。
「よし、俺負けねぇからな!その賭け、乗ってやるよ!!」
賭けに乗った天乃は、よくわからないがすごく楽しい気分になっていた。
ただし、翔一の財布事情を知らない天乃は、翔一にそんなお金がないことは知らない。
テスト1日目は無事に終了。テスト勉強を盾に友達を撒いた2人は、お互いの成果を報告し合っていた。
「そういえば俺、カラオケに誘われた」
「いつ?」
「テスト終わり。学年2位になれなかったら、ご飯まで全おごりで」
「待て待て待て!どこにそんな金があるんだ~!」
わめく翔一だが、約束してしまったのだからどうしようもない。
「そういう約束はなるべくしないのが基本なの!」
と、天乃に説教するが、本人はどこ吹く風だ。
「だってー行きたかったんだもんー」
「行くなら自分の財布を使うこと!」
「ぶーぶー」
そういって口を膨らませる天乃は、やっぱり反省してない様子だ。
大きなため息を吐きつつ、自分の財布事情を本気で心配し始めた翔一。
「えーっと、今月後3000円だから、雑費で1000円…500円に抑えれば何とか…」
「うぉらぁ!何自分の財布事情を心配してんだコラァ~」
「ぐぇっ」
後ろから抱き付かれてバランスを崩した翔一。
そしてそのまま、翔一の体をさわさわ…
「やめろ姉貴!!!」
「あれぇ?女の子なのにそんな汚い言葉でいいの?」
抱き付いてきた犯人は、やはり郁美だった。
「晩御飯は翔一担当で決まり?」
「違う違う、自分の一人称さえ間違えなきゃ大丈夫だ」
天乃のほうは見ずに、勝手に話を完結させた。
下手に話を引っ張れば、間違いなく天乃も加勢するだろう。
2日も連続、罰ゲームで晩御飯担当は嫌だ。
うまく話題も逸らせそうだったし、そのまま別の話題を振ることにした。
「姉貴はどうしてこんなところに居るんだ?」
「営業帰り。そのまま直帰でいいって言われて歩いてたらアンタらと遭遇」
「あー…なるほどね」
郁美は、ごくごく普通にここを歩いていたらしい。合流できたのは、偶然だったようだ。
「テストはどうだった?」
「2人ともいつも通りぐらい」
「それなら…天乃ちゃんの点数が翔一の点数になるわけで。なんか素直に褒めづらいわ…」
そこで2人とも気が付いた。
自分が頑張っても、それが自分の点数にならないことに。
郁美を置き去りにして、2人の間に微妙な空気が流れた。
「天乃」
「何、翔一君」
「テスト、頑張ろうな」
「うん。お互いのために、ね…」
「ん?なんか私、変なこと言ったか?」
普段は鋭いのに、そういうことに関しては鈍い郁美を叩きたくなった翔一だった。