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14 じいさん2

「あれからは大丈夫だったか?」


 校門で合流したら、何かと変な噂を立てられかねない。

 だから、適当に友達を撒いた後、人気が少ない住宅街で合流した。

 さっき便所で別れた後の状況が気になった翔一は、開口一番そのことを尋ねた。


「うん、何とかね。翔一君と別れた後、みんなとすごく話しやすくなった」

「それってどういう意味だよ」

「女子も男子も、恋バナには結構食いつくんだなぁ…って」


 途端、翔一の背中に寒気が走った。


(天乃の奴…何を喋ったんだ…)


 体が元に戻った後のことを考えると、不安しか湧かない。

 ずる賢い天乃が、いたずら心で何を喋ったのか…


「あー!考えるのやめた!」

「ん~?何を考えてたのかな~?」


(わかってる、この女わかってる。わかってて俺のことを困らせてる!)


 余計なことを喋ることさえ、翔一にとってマイナスになるような気がしてきた。


「……」

「翔一君、クラスでは案外振られっぱなしだったんだねぇ…」

「ブハッ!」


 体が戻った後の翔一の学校生活は、変な噂の火消しから始まることになりそうだった。

 それともう1つ、天乃に話しておかなければならないことがある。


「後、結構真面目な話なんだけど…」

「ん…?」

「朝、天乃の父さんが学校に来てた」

「……嘘…」


 天乃の反応を見ると、学校へ探しに来るほど熱心に愛情を注ぐような父親ではなかったのだろう。


「天乃の父さん、すげぇ心配してたぞ。無断外泊は禁止だ!って言われたし」

「そんな…学校に来るなんて思ってなかった…」


 居なくなった天乃より、仕事を優先すると思っていたのだろう。

 だが、天乃の父親は、本心から天乃を心配していた。

 それは、天乃の父親の態度と言葉を、目の前で聞いた翔一が、よくわかっている。


「家族ってさ…ホント、自分のことを大切にしてくれるんだよな…」


 父親に家を追い出されたときに、天乃は思ったのだろう。

 両親に捨てられた、と。

 でも、天乃の両親の本音はそうじゃなくて…


「だから、天乃のことはすごい心配してる。ただ…いきなり自分の家に男がいたら…誰だってびっくりするさ」

「…そう、だよね」

「絶対、体を元に戻そうな。私が学年2位にならないと、家に強制送還されちゃうし」

「えっ?」

「私の家に外泊したって、正直に言っちまった。そしたら、テストの点数下げたら外泊禁止だって。つまり、天乃の家に強制送還。そういう約束をして、天乃の父さんは仕事に行った」


 翔一と付き合ってるような言い訳をしてしまった、という話はさすがに言えなかったが…


「…それじゃ、学年2位を取らなきゃダメだね!今日も勉強頑張ろっ!」


 決意を新たに、明日のテストを頑張らなきゃ、そう心に決めた翔一だった。




 そして2人は放課後、郁美の言いつけ通りじいさんの病院へ向かった。


「すぐ診てくれるの?」

「知らね。でも、私らがいつ行ってもすぐ診てくれる」


 すごい特別扱いされてるね、と天乃に言われて初めて気がついた。

 じいさんは、何で翔一達のことを優先して面倒を見てくれるのだろうか。

 郁美が可愛いから…と言う単純な理由でもないだろう。

 内科はじいさんの専門外だから行かないが、外科に診てもらうときは、間違いなくじいさんのところだ。

 ケンカをするようになってから、じいさんのところで世話になるようになったが、それ以前も郁美はじいさんのところに通っていたみたいだし…


(わからない…なんで私達はじいさんを頼るんだろう…)


 そんなことを考えているうちに、じいさんの病院の前に着いた。


「ここがじいさんの病院。さっきも言ったけど、すぐ診てくれる…と思う」


 そういって、翔一は病院のドアを開けた。

 いつもの待合室には、何人かの病人が居る。


(誰か居るときほど、私達が優先されたら気まずいんだよね…)


 なるべくなら、普通の順番で診てほしいのだが…


「あれ、翔一君?待ってて、先生呼んでくるから」


 と言う翔一の思いとは裏腹に、翔一のことを知るナースに見つかってしまった。

 いつも通り、翔一達を優先して診てくれると言うことだろう。


「ホントに優先して診てくれるんだ…」

「ああ、不思議な病院だろ?」


 診察室に通された2人を見て、いつも通りの態度でじいさんは声をかけてくる。


「ふぉっふぉっ、まーた来おったか翔一…ってあれ?」


 いつも通りの態度で翔一…の姿をした天乃に声をかけた後、天乃の姿をした翔一を見て、もう一度翔一を見たときに気がついたらしい。


「翔一…お主、体が元に戻った…のか?」

「ごめんなさい、そうじゃないんです…俺…いや、私は…川辺天乃って言います」

「こら翔一、郁美ちゃんはごまかせてもじじいの目はごまかせんぞ!こんなに可愛い子を手にかけたからと言って、この子を脅して自分は魂が入れ替わったフリをして…」


 天乃を指差して、言うことを全く信じないじいさんを見ていて、翔一は1つ思いついた。


「天乃」

「なに?」

「じいさんに、天乃しか知らないことを教えてやれ。声は使わずにな」


 じいさんに、体が戻っていないことを信じさせるのも目的だが、天乃自身が翔一の特殊能力をどれほど使いこなせるかも気になったのだ。

 じいさんは、まだ何か言っているが、それを無視して天乃が能力を発動させる。


(あーやっぱりまだ、上手にコントロールは出来ないか…)


 天乃の意思が伝わってくる前に、能力を使い始めたとわかったのは、意思を伝える瞬間だけ能力を使うというコントロールが出来ていない証拠。

 能力を使う側だった自分だが、客観的に見ても、能力の発動は何となくわかる。


(俺も、伊達に人外の能力と付き合ってるわけじゃない、ってことだよな…)


 そして、少しずつ天乃の考えてることが伝わってくる。それは…


(…体育館の更衣室…?)


 そこで、無防備に着替えをする女子達…


「ってオイ!天乃!!」

「ん?」


 悪びれた顔もせず振り向く天乃。やっぱりこいつずるい!


「ほ…ほぉ…もっと、もっとじゃぁ!!!!!」

「じじいは変なこと考えてんじゃねぇよ!!!!!」


 薄くなった頭を容赦なく叩く。


「痛ったぁい!」


 気持ち悪い、と言う当たり前の突っ込みすら出てこない。

 大きなため息をついて、じいさんに「信じたか?」と問いかける。


「ああ、信じるわい。翔一が妄想だけであんな場面を見せてくるとは思わん」


 もう1発殴りたくなったが、これ以上診察が遅れたら、他の患者に迷惑だろう。

 仕方が無く、ここは黙っておくことにした。


「んで、お主が翔一と体が入れ替わったという女の子か?」

「はい。起きたら突然男子の体になってて…」


 天乃は、体が入れ替わったときの状況を、翔一達に話した通り喋った。


「まぁ、翔一とあんまり変わらんようじゃな。じゃが、夢は見とらんのか?」

「夢…?」


 確かに翔一は夢を見た。天乃の口からは聞いていないが、確かに夢を見ていてもおかしくはない。


「夢…そういえば、体が入れ替わる前の日に、見ました」

「状況を教えてくれんかの?」

「裸の俺と翔一君が居て、そのまま体を密着させて…ってところで目が覚めて…」


 俯きがちに、早口で喋るところを見ると、天乃は相当恥ずかしかったと見える。

 翔一が話したとき、天乃はこの場に居なかったし、そもそも天乃のことはよく知らなかった。

 だから、抵抗なくしゃべれたのかもしれない。


「ほぉ…翔一と同じ風に…そのときチューはしたのか?」

「えっ…?」


 話がまた、よからぬ方向に向かっている。ここは止めなければならないだろう。


「じじい!それ以上はセクハラだぞ!」


 と、いつも通りに言ったのだが、意外にも返って来たのは真面目な返答だった。


「結構重要じゃぞ、これ。翔一と全く同じことを言っとる。つまり、何らかの形で2人の夢がリンクし、そこで魂だけが入れ替わったということ」


 じいさんが、真剣な表情で真面目なことを言う。


「だが、体が合わさって1つになるなんて事、現実世界じゃ出来ないじゃろう?2人が見た夢と同じ夢を見れば元に戻るかもしれんが…だからと言って待ったところで、いつになるかわからん。ならば、チューでそれに近い状況を作り上げるしかなかろう」


 これがじいさんの叩き出した結論。間違ってはいない、間違ってはいないのだが…


「なぁ、私は自分の顔にキスをしなきゃいけないのか?」


 今は女でも、元々翔一は男だ。同姓とキスをするなんて、正直気持ちが悪い。


「じゃったらもう一歩踏み込むか?そっちのほうが余計気持ちが悪いし、魂を共有するという意味じゃ、チュー以上の行為は望み薄だとおもうんじゃがのぉ…」


 翔一は天乃の顔を見る。いや、結局は自分の顔なのだが…


(うっ…やっぱり…自分の顔とキスなんて…)


 天乃も同じことを考えているのだろう、嫌そうな顔をしている。


「まぁ、やるかやらないかは任せる。わしだってこんな患者、診たことないしのぉ…」


 常識的に考えてありえないことなのに、それでも真面目な意見をくれているじいさん。


「天乃。じいさんの言うことだ、試してみるぞ」


 だからこそ、無下にするわけにもいかない。


「えっ…ホントに…?」


 私だって嫌だよ、と言う気持ちをこめて発信する…と言っても、今の翔一に自分の気持ちを伝える力は無い。


(こういうとき、あの能力が役に立つんだけどな…)


 正直、あっても無くても生活に支障は無いから、どうでもいいのだが…


「私だって嫌だ。でも、じいさんの診断だし…そ、それに、キスしても、減るもんじゃないし…」


 キスをして減るもんじゃないって言う台詞は、案外恥ずかしいものだった。

 それでも、元の体に戻る可能性があるなら…


「おっ、ホントに試すのか?じいさん、どこにいればいい?」


 そういって、2人のキスが間近で見える位置に移動しようとする。


「バカヤロー!!!」


 翔一は、じいさんの頭を叩いた。

 女子の力だし、力を抑えて叩いたから、そこまで痛くないと思うのだが…


「いったぁぁぁぁ!何するんじゃぁ!!」

「……」


 ここまでオーバーなリアクションを取られると、今までのリアクションもすべて、嘘だったのではないかと思えてしまう。


(男に戻ったら、思いっきりやってみよう…)


 そのためにはまず、目の前に居る天乃とキスをしなければ始まらない。


「じいさんは部屋から出てろ!」


 わかったわい…と言いつつ、名残惜しそうにこちらを見るじいさんを追い出して、天乃と2人きりになる。


「天乃、悪いけど少しだけ我慢しろよ?」

「う、うん。あの、翔一君…」

「ん?」

「目だけ…瞑ろう?」


 翔一にとっても、そのほうがやりやすい。今の自分の顔とキスするよりも、少しはマシだろう。


「わかった。もっと顔を近づけて…」


 お互いの顔を間近で見つめ合い、目を瞑る。そして…




「……」

「……」

「終わったかの?」


 どうせ会話を盗み聞きしていたのだろう、キスが終わったタイミングで、じいさんが入ってきた。


「さて、結果は…?」

「あー」


 女声の翔一。


「あ、あれ…戻ってない…」


 男声の天乃。

 結果は…


「ダメだった…」


 落胆の声を上げたのは、天乃だった。


「ご、ごめんな。初めて…だったんだろ?」

「い、いや…初めてだけど…ノーカンだよね…?」

「は、ははっ…自分の体じゃないし、今回はノーカンだな」


 努めて明るく振舞う患者2人を見ながら、一番落胆していたのは、実はおじいさんだったのかもしれない…


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