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10 2人の能力

「あ、あの…」


 まさか自分が後ろを取られるとは…いや、問題はそこではなかった。

 魂が本当に入れ替わっていたのだ。それは、目の前に居る…天乃と言う存在で証明された。

 情けない声で問いかけたのは、天乃の体を持った翔一。


「あのさ。君って…元々女の子…?」

「はい…」


 消え入りそうな声、気が動転しているのが見て取れる。


「この体は…君の体…?」

「はい…」


 でも、逃げ出さないということは、昨日と心境が変わっているということだろう。


「男になったのっていつから?」

「昨日…です。目覚めたらこうなってた…」

「俺と一緒…やっぱり…」

「私も、私の体をした滝沢君を見かけて…ビックリした…」


 自分が外を歩いていて、びっくりしないわけがない。事実、翔一も衝撃を受けたのだから。

 2人の体が入れ替わる。何が原因なのか。

 だが、翔一はそれよりも、翔一の体を持った天乃の心配だった。原因なんて、後でも構わないと思う。


「大丈夫だったか?家にいたらいきなり男になったんだろ?家とかパニックになったんじゃ…」

「家…追い出された…天乃をどこにやった!!!ってお父さんに言われて…」

「……」


 やっぱり…天乃は誰にも信じてもらえなかったのだ。

 家族なら信じてくれる、その希望も打ち砕かれ、挙句には家を追い出され…

 翔一には郁美が居てくれた。だけど、天乃には…


「俺…なんていうか…ごめん」


 やりきれない気持ちと、天乃に対する同情。それが、今の言葉に表れていた。

 どうしようもない、何もできない自分が悔しい。


「滝沢君…もしかして何か心当たりが…?」


 探るような天乃の問いかけ。翔一と同じく、元の体を持つ人間に出会えば何かが変わると思っていたのかもしれない。

 だが、翔一は何も知らない。天乃も知らない。


「心当たりなんて無いよ…あるんだったら聞かせて欲しいぐらい…」

「そう…ですか」


 どうしようもない絶望感がその場を支配した。どうするべきか、2人が出会っても、やはり状況は変わらない。


(…そうだ、姉貴…)


 とりあえず、2人が出会ったことを郁美に話してみよう。

 もしかしたら、当事者2人よりも冷静な判断を下してくれるかもしれない。

 この状況を受け入れてくれたのだから…


「あのさ、俺の姉貴に会ってみない?」

「滝沢君の…お姉さん…」

「そう。この状況を理解してくれた、俺の家族だからさ…」


 天乃は、少しだけ不安そうな表情を見せた。本当に信じてもらえるのか、もしかしたら自分が疑われて、また酷いことを言われるんじゃないか…

 そう思うのも当然。だが、このままでも現状は変わらない。


「……わかりました」


 しばらく考えた後に、天乃は頷いてくれた。

 そして、体が入れ替わった2人が、翔一の家に向かうことになったのだった。




 家に向かう道中。


「服はどうした?その男物の服は…」

「財布だけは持って出てきたから…」

「……」

「……」

「昨日は1日中外に居たの?」

「うん…」

「……」

「……」


 会話が続かない。この沈黙、家に着くまで耐えられるだろうか…

 そんなことを考えていた翔一だったが、ふと気になったことがあった。


「そういえば、何で俺のことを知ってたの?」


 天乃は翔一の後ろに立ったとき、「滝沢君」と翔一のことを呼んだ。

 つまり、天乃は翔一のことを知っていたのだ。


「滝沢君って学校じゃ有名だよ?」

「え!?同じ学校なの!?」


 こんなに可愛い女子が、同じ学校に居たとは…何故今まで気づかなかったのだろう。


「うん…私のことは、知らなかった?」


『あ…うん。知らなかった…』


 …と口に出かけたが、そんな恥ずかしいことを聞かれるわけには行かない。

 言葉を飲み込んで、翔一は別の話題を振った。


「川辺さん…ってさ、」

「…名前、呼び捨てでいいよ?」


 翔一の発言を遮って、天乃は自分のことを呼び捨てにするように言った。


「あ…じゃあ、天乃。こうなった原因とか本当に心当たり無いの?」

「原因…心当たりは特に無い…かも」

「そっか…そうだよな…後さ、俺のことも下の名前で呼んでくれていいよ」

「ありがとう。誰だってこんな現象、認めなくないし…」

「だよなぁ…」


 そんな会話を続けるうちに、2人は翔一の家に着いた。


「姉貴…多分、事情を説明すればわかってくれると思う。天乃も、緊張しないで大丈夫…」


 何故か彼女を紹介するような感じになっているのは気のせいだろうか。

 とりあえず2人は、家に上がった。

 郁美は…パソコンの前で眠っていた。どうやら相当疲れていたらしい。


「寝ちゃってるわ…これが俺の姉貴」

「きれいな人…」

「魔性の女って呼んであげてくれ。男を騙すのは特技だからな」

「ふーん…」

「まぁ、姉貴が起きるまで適当にしてようか。とりあえず座って」


 郁美が起きなければ、相談も何もあったものではない。天乃をソファに座らせて、翔一は飲み物を用意した。


「そういえば、天乃はずっと外に居たんだよな?疲れてないか?」

「大丈夫。翔一君の体って頑丈に出来てるみたいで、全然疲れない」

「まぁ…俺の体なら、1日寝なくても大丈夫だろうけどな」


 コーヒーを啜りながら、会話を弾ませる2人。と…郁美も気がついたようだ。


「う…ん?」

「おはよ、姉貴」


 起きた郁美の目に映った光景。それは男に戻った翔一と、女のまま翔一が2人居ると言う現実。


「なんだよ…まだ夢か…」


 そういって、郁美は再び俯いてしまった。そんな郁美に、翔一は喝を入れる。


「寝るな!!起きろ!!」

「……うるせぇなぁ…なんで翔一が2人居るんだよ…」


 顔をそらして、文句を言う郁美。恐らく、何がなんだかわからないのだろう。


「ちゃんと起きたら説明してやる。ほらコーヒー」

「ん…」


 郁美は寝起きが悪いほうではないから、すぐに状況を飲み込んでくれるだろう。

 まぁ、昨日の朝見たくパニックを起こされたらどうしようもないが…

 とりあえず、郁美は落ち着いたようだ。コーヒーを置いて、翔一と天乃を見比べている。


「まぁ…もう、何が起こってもあまりビックリしないけどさ。つまりは…どういうこと?」


 郁美の率直な疑問だった。それに対して、まじめな答えを翔一は返す。


「散歩してたら、俺に出会った。お互い話してるうちに家に来て姉貴にも状況を説明したほうがいいんじゃないかって話になったから2人で家に帰って来た」

「私がいない間に見つけて連れて帰って来たのか。…っと、ごめんごめん。私は滝沢郁美。翔一の姉。あなた、名前は?」


 天乃が1人、置いていかれていたのが気になったのだろう。郁美は話を中断して、天乃に声をかけた。


「川辺天乃っていいます」


 最初に翔一と出会ったときよりもはっきりと声を出した。緊張が解けてきたのだろうか…大した順応力だと思う。


「男声で女っぽい喋り方…アンバランスだなぁ…あまの…ちゃん?男になるような心当たりってある?」

「わかりません…気がついたら…」

「そうなんだ。家は?」

「お父さんに追い出されました。私が襲われたって勘違いしたみたいで…」

「服は?お父さんのを借りたの?」

「いいえ、財布だけは持って出てきたので、それで買いました」


 ここまでは、翔一が天乃に聞いたことと全く同じ。

 だが、次に郁美は、翔一が尋ねなかった質問をした。


「じゃあさ、自分が喋らなくても相手に自分の気持ちが伝わってるって自覚してた?」

「…」


 天乃は首を捻った。やはり、自覚は無かったのだろうか…


「ふーん…そう。あいつには、そういう特殊能力があったからさ、天乃ちゃんには受け継がれたのかなぁ…って」


 翔一を指差して話す郁美。


「…わかりません」

「…本当に?」

「……」


 天乃は俯いてしまった。何か隠していることがあるのだろうか。


「…天乃ちゃん。喋らなきゃ何もわからない」

「……」


 天乃は更に俯いた。元が翔一の体だから、俯いても顔は隠せていない。

 そこから見える表情は…明らかに動揺している。


「私さ、こんな風に思ったんだ」


 天乃が黙り込んだのを見て、郁美は1人で話し始めた。


「翔一には、自分の意思を相手に伝えるって言う特殊能力があった。今の天乃ちゃんにもあるはず。それを頼りに、私たちは天乃ちゃんに出会ったんだからね」


 翔一に備わっていた特殊能力を天乃が受け継いだのは間違いない。それは、郁美が言ったとおり。

 その力が無ければ、未だに天乃の存在すら気づいていないだろう。


「私、翔一の姉貴だからよく考えたよ。何で私には特殊能力が無いんだろうって。全く同じじゃなくてもいいから…例えば、反対の能力でもいいから、私も特殊能力が欲しかった。少しだけ、翔一が羨ましかったんだよね」


 確かに、郁美の性格を考えればそんな風に思っても不思議ではないが…

 でも、こんな話、翔一は初耳だ。


「反対の能力…自分の意思を相手に伝えるんじゃなく、相手の意思を自分が受け取る…要は、他人の心を自由に読み取れる能力。私にはそんな能力がないのかな…って、よく考えた」


 一瞬、翔一はドキッとした。女になる直前、翔一にその能力があったからだ。

 結局、郁美は話さずにいたのだが…バレていたのだろうか。

 そんな翔一の心配をよそに、話は続く。


「でさ、そんな能力を持って翔一と生活してたら…どうなる?例えば、翔一と2人で商店街に出かけるよね?翔一は、なりふり構わず自分の意思を相手に伝える。それを受け取った相手は、意識せずとも翔一の考えを受け取っちゃう。つまり、みんなは頭の片隅だけでも、翔一のことを考えることになる。私たちの周りに50人の人が居たら、みんな翔一のことを考えてることになる」


 話が訳のわからない方向に向かっている。

 翔一は、話を理解するので精一杯だ。


「一緒に居る私は、周りに居る50人の気持ちと一緒に、50人が考えている翔一の意思も一緒に受け取っちゃうわけ。そんなことになったら…頭痛くない?」

「……」


 翔一には、まだ郁美の意図が読めてこない。だが、天乃の表情は…更に強張った。


「さて、本題。私たちが天乃ちゃんに気づいたとき、天乃ちゃんは『助けて…』とか『苦しい…』とか考えてたよね?それってさ、さっき私が言ったように、いろんな人の意思を受け取っちゃうからそんな風に苦しんでたんじゃないの?」

「…」

「いきなり自分が男になったら、普通は『どうしよう…』とか『何で…』とか考えると思うんだ。実際、翔一も『助けて…』なんて言わなかったし。その時点で、天乃ちゃんは考えてることが不自然なの」


 …鋭い。と言うか、合わない辻褄をしっかり合わせる理屈は、これしかないと言うところなのだろうか。


「本当に、天乃ちゃんは黙ってたりしてること無い?大丈夫、隠してたからって怒ったりしないよ」


 郁美は、天乃が何を隠しているか気がついているのだろう。本人の口から喋らせるつもりだ。

 一方の天乃は…翔一の顔で泣きそうになっている。翔一自身は、ここ数年泣いた記憶が無いから、泣きたくても簡単には泣けないだろう。

 しばし沈黙。こういうときの郁美には敵わない。喋らなければ、また攻められるだけだ。


「…私……郁美さんの言う通り、そういう力を持ってます」


 天乃は顔を上げた。覚悟を決めた表情をしている。


「どんな力?」

「前は…他人の心の内を読み取る力…そして、翔一さんと体が入れ替わってからは…誰かに心の内を伝える能力も持ちました。私の考えてることがみんなに伝わって、それが読み取れるようになって…」


 天乃が喋ったことは、郁美の言ったとおりだった。自分の姉とはいえ、ここまで鋭いと怖い。


「じゃあ、私の予想はビンゴだったって訳だ」

「その通りです。助けて…って思ってた理由も、全くその通り。前は力を制御できてたんですけど…男性になってから力の制御が出来なくなって…でも今は、力はを抑えられるようになったので、悩みは解決できました」

「そっか。じゃあ、元は片方だったけど、体が入れ替わって両方持っちゃったんだ。なるほどなるほど…」


 そこで、翔一はふと思う。


「なぁ。天乃にそれを喋らせて、何か状況が変わるのか?」


 翔一の疑問。隠し事を喋らせたからと、何かが変わるのだろうか。


「じいさんに相談するんだよ。あれはあれで、ちゃんとした医者だからな。ここまで来たら、頼るのは医者だろ?」

「じいさんか…」

「じいさん…?」


 翔一のつぶやきと、天乃の疑問が重なった。天乃の疑問には郁美が答えた。


「うちらの主治医だよ。変態じじいだけど、腕は信頼できるから安心してな。じいさんのところ、日曜日はやってないし…まぁ、明日学校から帰ってきてから2人で行ってきな」


 この話に、何故か翔一が反論した。


「はぁ!?学校って、この状態で学校に行くのか!?」

「だって、学校は休めないだろ?」

「制服ねぇぞ??天乃には俺のを着せればいいけど、俺は…」

「そっか…私のやつ合わなかったんだっけ?考えてなかったなぁ…」

「だから、明日はじいさんのところに朝から行って学校は休み…」

「別にいいか。かなり大きいけど、女の子ならごまかせるでしょ。天乃ちゃん優等生っぽいし、スカート長めにしてきましたって言えば…」

「だからって!天乃も何か言え!!」

「クスクスクス…」

「男顔でクスクス笑うな!気持ち悪い!!」

「女の子に気持ち悪いって…あーあ、傷つけちゃった…」

「…グズッ…」

「…あー、俺が悪かったよ。学校行くからそれでいいだろ!!」


 女になっただけで、こうも立場が悪くなるのだろうか…


(多分、女2人と一緒に居るからなんだろうな…)


 そんな事を考えつつ、郁美と天乃が打ち解けてくれそうなことにホッとする翔一だった。


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