一之瀬瑠斗 & 九重坂 菱 + 五反田しぐま └Side Luto
青い青い空を見上げる。
雲ひとつない透き通った空。
ごろんとコンクリートの上に寝転がって、春風を感じながらただ見上げる。
学校の屋上。
扉から出て、また梯子を上って一段高い場所。
北寮の屋上のほうが高いだろうが、平日の朝っぱらからあそこに行くわけには行かない。
品行方正。質実剛健。
良いタイトルが自分についているのは問題ないが、息苦しくなることはある。
一限目を伝えるチャイムが鳴る。
瑠斗は起き上がり咥えていたタバコを空き缶の中に落とし入れた。
じゅっと小さな音がして白い煙が消えるのを確認すると、またごろりと寝転がる。
真面目で良い子。
小さな頃からそう見られてきた自分のスタイルをわざわざ自分から否定して歩こうとは思わない。
ただ、周りからの期待に沿うつもりもない。
良いイメージをもたれていたら損することはないだろう。
ただそれだけ。
物事をスムーズに行うには、それに対する多少の努力は必要だろう。
別に何をしたいという目標もないが。
たった一人、空に近い場所で誰にも邪魔されず---誰の目を気にすることもなくいれるこの空間が、一番自分らしくいれるのではないかと思う。
広い敷地をもつこの学園の屋上では、走り回る車のエンジン音もきこえない。
静かな空間に、暫くすると キィィィと 控えめに扉を開ける音が聞こえた。
…誰か来たか…
屋上への扉はちょうど瑠斗が寝そべっている真下にある階段をぬけ、頭の方向にある。通常ではあっちからは瑠斗は見えない。
「うぉ、すげぇ開放感」
聞いたことのある声が聞こえてくる。
「運動したら腹へった~。お前も食うか?これ旨いぜ」
「ん…」
どうやら二人。
出てすぐのところに腰をおろしたらしい。
そっとポケットから小さな折り畳みの鏡を取り出す。
ここでの『万が一』を考えて準備していたもの。
「それにしても お前すげーな、全部受けてただろ」
「…お前はいいのかよ、あんなもんほっとけば良かったんだ」
「ほっておける訳ねーだろ、見ちまったし。一回絞めとけば暫くこねーだろ?」
「むしろお前にターゲット移ったんじゃねぇの?」
「それこそラッキーだろ」
「…正当防衛にしろ、あそこまでしなくてもよかったと思うけどな…」
鏡をそっと上げて反射されたものを見る。
あぁ、やっぱり。
見えたのは大きな背中と小さな背中。
同じクラスの九重坂 菱と隣のクラスの五反田 しぐま。
接点のなさそうな二人が並んでパンを噛っている。
九重坂 菱は不思議なやつだった。
いつもへらへらと笑っている。
俺とは正反対。
愛想が良くて、誰とでもすぐ仲良くなっていた。
俺には真似できない。する気もないが。
入学式当日からあいつは目立ってた。
同じクラスの四倉 瑪瑙。日本人だと言っていたが、たしかに顔つきもアジア人の顔つきだが、髪も眉毛もブロンド。
人のことは言えないが愛想はなく、無表情無関心。
最初見たときは、いわゆる不良・ヤンキーという単語が思いついたが彼の髪は自ら手をいれたものではなく、生まれつきなのだと 入学当時 担任が気を使って言っていた。。
金髪であり瞳の色も普通だからアルビノではないと思うが 詳しい事情は言われなかった。
その四倉が入学式へと学園へ向かう道中で他校のがらの悪いのに絡まれていたのを救ったのが九重坂だという武勇伝が一気に広まっていた。
当の原因の四倉は入学式に遅れることなく来ていたが、九重坂は式途中で体育館に入ってきたからやたらと目立っていたのは記憶に新しい。
「んー…もう一本飲み物買ってくりゃよかったかな」
九重坂がそう言うと、座ったまま奴は振向いた。
鏡越しに目が合う。
「どうした?」
五反田が九重坂の顔を見上げる。
「いやぁ、もう一人いたんだなぁって。怒られないってことはセンセじゃないよな?」
まさか気づかれるとは思っていなかった。
むしろ、予想外の人物がここに現れるとはおもっていなかった。
ここへの扉の電子キーは…限られた人にしかその暗証番号は教えられていない筈なのだから。
仕方がなく手鏡を下ろすと瑠斗は言った。
「後ろに梯子があるから上って来い。そこだと北寮の一部から丸見えだからばれるぞ」
あまり必要ない事にはかかわりたくない。
が、そういうわけにもいかなそうだと観念する。
「お、まじで。こんなとこでサボってんのみっかるのはさすがにな…こぐま、いこうぜ」
誰とも確認せず、今のだれ?という五反田に答えることなく九重坂は言葉に従った。
五反田もコンビニの袋を手に後ろへ回り梯子を上ってくる。
「…って、イインチョ?」
上ってきて人の顔をみて、一言目がそれだ。
声でわからなかったのか、と言いたい所だがまともに話したこともない。
「立ってると目立つ。せめて座れ」
人の話を聞いているのかきいていないのか、寝転がっている俺がそんなに珍しいのか。
呆然として見下ろされている。
「イインチョ?う、あ。本当だ、A組の委員長がなんでこんなところに」
隣のクラスの奴にわかられるほど俺は有名なのか?
「あれだろ、主席入学して入学式んときに壇上でなんか言ってた!」
なんか言ってた、って新入生代表の挨拶だ。
「へぇそんな事してたのか」
そう言ったのは九重坂。
俺、遅れていったからな~と いつものようにへらりと笑うと瑠斗の寝転がる傍に胡坐をかいて座った。
「しかしまさか委員長までサボりとは思わなかったな」
そう言って五反田は暢気にパンにまたかぶりつく。
「生徒会室に呼び出されていたんだ。お前らと一緒にするな」
寝転がったままだと二人に見下ろされる格好になる。
それがなんか嫌で 起き上がって座る。
座ると一層…五反田が小さく見えた。
「んじゃ生徒会室いかなくていいのか?」
小さな五反田がこちらを見て言う。
「五反田、もうちょい奥いけ。そこじゃ角度的にあっちの窓から見える」
あぁ、そっか、と五反田はずずっと座る場所をずらす。
「委員長俺の名前しってんのか」
A組B組はなにかとセットにされることが多い為、人間は把握してある。
ただそれだけだ、と言ったら 五反田は真面目だなぁと答えた。
「で生徒会は?」
「中にいた先輩の機嫌が悪かったから仕事だけ持ち帰った」
嘘は言っていない。
まだ生徒会役員ではないが、将来を見越してという建前と、同じ中学の先輩後輩の仲という本音とで入学当初から生徒会には使われている。
「やっぱすげぇな~。生徒会ってなんか華やかだよな。なんたっけ、2年の。外国人二人。すげぇ人気だよな」
五反田が言った言葉に、そんなすげぇの?と九重坂が言う。
「えぇ、お前しらねぇの?」
「しらね~。見たことねぇし?」
あぁ、お前 入学式遅れてきたもんな、と改めて五反田が言う。
「すごかったんだよ、なんつーかオーラがちがう?野郎だってわかってても、あれは見ちゃうね」
「お前のクラスに一人いるじゃねーか、オーラが違うやつ」
「あぁ、らみあは…あいつは異常だろ?」
そう言った五反田におもわず九重坂は噴出した。
「そりゃ言いすぎだろ」
それにしてもこの二人。よく喋る。
「…で、九重坂と五反田のサボりの理由は?」
委員長としてあとで担任に伝えるのも仕事のうちだ。
「あーっとそれは~」
九重坂がなにか理由をと考えをめぐらせているうちに 五反田が口を開いた。
「俺を助けてくれたんだよ。だから九重坂は悪くねぇんだ、ってことにしてくれよ」
いやいや、サボりは悪いだろ、人のこといえないが俺は大義名分がある。
「なにがあった?」
九重坂はあまり話したくはなさそうだったが、五反田が要点を教えてくれた。
まぁ、四倉の時と同じだ。
五反田が絡まれた。
九重坂が助けた。
「俺さ、ここに大きな傷あんだろ?でもって目つきわりぃって言われてよく難癖つけられるんだよな…」
そう言って五反田はぐびぐびとイチゴミルクを飲む。
右頬に大きな傷跡がある。
大きなどんぐりのような目。だが少しつり目がち。
背は小さく…たしかに身長の高い奴からしたら、下からみあげるこいつの目は薮睨みに見えるのかもしれない。
「災難だったな」
まぁ事情はつかめた。
「怪我はないのか?」
「あぁ、こんくらい大したことない。帰ったら湿布でもしとくさ」
五反田が話している間、九重坂はぼーっと空を見ている。
いつものにへらっとしている顔ではなかった。
「九重坂は?」
呼ぶと へ?と変な顔をしてこちらを向く。
こいつ、放心してて話きいてなかったな。
「怪我は?」
「あぁ、ねぇよ。これでも手加減したんだ、あいつらもたいしたことねぇよ」
その一言にほっとする。
下手に対立した相手が大怪我でもしていればこの学園に連絡が来てもおかしくない。
そうしたら庇いきれない…いやまて、何故俺は庇おうとしている?
「一之瀬、それセンセに通報?」
馬鹿、通報って言葉自体が使い方間違えている。
「いや一々細かいことは言わない。が、サボってんのは事実だろ。俺が理由つけて言っといてやる」
えぇ、やっぱり通報するのか、と五反田。
「…お前らが言うより俺が言っておいたほうが真実味があってうまくまとまると思うが?」
アリガトウゴザイマス。と 棒読みで五反田は返した。
「ん~。それにしてもイインチョ意外だな~」
伸びをして九重坂はごろんと横になった。
「何がだ」
「そんな喋るとも思わなかったし、気を使ってくれるとも思ってなかった」
同感、と五反田。
まぁ、普段はそうだ。
本当は今回だってそうなはずだった…が、調子が狂った。
こいつは…九重坂はなぜここの暗証番号を知っていた?
何故…俺の存在に気づいた?
「九重坂」
「ん?」
「ここの番号何故知っている?」
「ん~…前に来たときに適当に暗証番号押したら開いたから」
は?
思わず声に出た。
ここの暗証番号は数字10桁だ。
何通りの組み合わせがあるのか考えたくもない数字だ。
「適当に?」
五反田の言葉に九重坂はうなずく。
「俺ってさ、自分で言うのもなんだけどすげぇ感良いほうなんだよね。考えすぎるとだめなんだけど。適当に押したら開いたから、それ覚えてただけ」
五反田も瑠斗も…その言葉に驚くやらどう返していいかわからず、ただじっと九重坂の顔を見た。
「さっきもさ、あれ?なんか違和感?って思って振り向いたら鏡こっちにみえるしさ。まさか鏡で俺達のこと見てるとはおもわなかったな~」
九重坂の言葉は演技とも嘘ともとれない。
おそらく…本当のことなのだろうが。
「信じられねぇ」
そう言う五反田に瑠斗は頷いた。
「でもなんか得したな~」
あいかわらず空を見ながら言う九重坂に瑠斗は何がだ、と問う。
「ちょっと寮出るの遅れたら、こぐまに会った。で、そのおかげでサボれて、イインチョと仲良くなったし、穴場もゲット」
仲良くなった…のか?
「こぐま…?」
そう聞くと、途端に五反田がむくれた。
「そ。こぐま。五反田って呼びづれーじゃん。だからこぐま」
五反田しぐま。
小さいわりに、たくましそうな彼にはある意味…ぴったりのあだ名かもしれない。
本人は気に入らないようだが。
「な~イインチョ、昼飯ここで食っちゃだめか?」
膨れる五反田を気にするでもなく、九重坂は瑠斗に視線を移して問う。
いつもの にやけた顔じゃなかった。
「…人に見られなきゃな」
「そりゃ昼はきちぃな…でも隙みてくっかな~」
本気とも冗談とも取れないやりとり。
もしも見つかったら…暗証番号を変えられてしまうかもしれない。
でもまぁ、こいつの話が本当なら それでもこいつはここに来るだろう。
天性の感に導かれてってやつだな。