八尾 紫苑 & 二葉 らみあ └Side Shion2
1階分だから階段で降りようかとも思ったが、誰かと鉢合わせしても何かと言い訳できるように二人は少し遠回りになるがエレベーターを使って11階へと降りた。
他の階よりもエレベーターホールは広く、絨毯の色も違っていた。
恐らく、このフロアだけは何かと特別なのだろう。
静まり返った11階の廊下を歩き、1102号室を探す。
間取りも他の階とは違うようで、丁度10階の一之瀬の隣の部屋あたりにその扉はあった。
渡された部屋の鍵をらみあはじっと見つめる。
いくら先に入って待っててと言われても、相手は初対面。
生徒会役員であちらは多少こちらの事情を知っていそうだが、こちらは相手を全く知らない。
どこまで信頼していいか悩む。
多少なりとも学校内部について調べておけばよかったかと、紫苑は自分のふがいなさに黙した。
「…入っていいのかな」
「…入学早々、生徒会役員から罠をかけられるとは思いませんし…断言はできませんがおそらく今は安全かと…」
何度か誘拐されそうになったことがあるだけに、らみあも慎重にならざるをえなかった。
廊下に立ったまま、誰か事情のしらない者がもし来たらなおさら怪しまれるだろう。
ここは大人しく中に入ったほうがいいだろうか…そう考えたとき、廊下の角を曲がりこちらに一之瀬がやってきた。恐らく階段を使用して来たのだろう。
「まだ入ってなかったのか」
カードキーを手に持ったまま躊躇しているらみあにぶっきらぼうに言って放つ。
「あ…」
咄嗟に言い訳を考えるが、上手に出てこない。
「貸せ」
そう言って一之瀬はらみあからカードキーを取ると、かちゃりとドアを開ける。
「疑わざるを得ないのはわかるが、ユアンは大丈夫だ。まぁ、俺が言ったところでまだ信頼されないだろうがな」
ふと苦笑して言う一之瀬に、初めてまともに常人らしい表情を見せたなとらみあは思う。
こくりと頷いて、一之瀬が開けたままのドアをらみあは通り、紫苑も後に続いた。
背後でぱたんと扉が閉まる音がする。
が、いたって部屋は何事もなく静かだった。
…勘ぐりすぎか。
緊張が解け、ほっとする。
「…広いね」
どこかまだ緊張しているらみあがぐるりと部屋を見渡す。
通常の生徒の部屋二つ分ほどの広さだった。
「役員専用フロアだからな。優遇されてるんだろう」
そう言って一之瀬は置かれていた品の良いソファに座る。
立っているのも不自然に思い、一之瀬の隣に置かれたソファにらみあと紫苑は座った。
会話らしい会話を紡ぐことができず、沈黙が落ちる。
が、不思議とそれは嫌なものでもなかった。
「ごめんごめん、ちょっと遅くなっちゃった」
そう言って部屋の主と会長が来たのは15分頃経ったあたりだった。
「あ、そんな緊張しないでね。お茶でも飲む?」
そう言ってユアンは冷蔵庫を開け、お茶の入ったボトルを取るとかちゃかちゃと準備しはじめた。
「…で、何があった?」
自分の向かいに腰を下ろしたデュオンに言われ、らみあはどう話そうかと考えた。
「あ~もう、デュオンはデリカシーがないなぁ。そんな怖い顔して言われちゃ困るでしょ」
そう言いながらユアンはグラスに入ったお茶と菓子ををテーブルへと置いてゆく。
「お口に合うといいんだけど~」
ふわりと漂う香りはフルーティーでただの麦茶ではないことがわかった。
「あ、睡眠薬とかは入ってないから安心して」
おどけて言うユアンにいただきます、と言ってまずは紫苑が口をつける。
その様子を見て、暫くしてかららみあも口をつけた。
「あ、おいしい」
素直に出た感想にユアンがにっこりと言う。
「僕専用のオリジナルブレンドだからね。おいしくて当然!」
危害を与えられるわけではなく、本当に気にかけてくれているのだということを雰囲気で改めて知ってらみあも安心する。
出された菓子を頂き、少し和んできたところで本題とばかりに再度ユアンがらみあへ尋ねた。
「で、早々に呼び出されちゃったわけだ?」
大まかに何があったかをらみあ自身が語ったところで、ユアンがうーんと考えた。
「聞いた感じ、やっぱりそれ2年だねぇ…。さっきの歓迎会にそいつらいた?」
らみあはちらりと紫苑を見つつ、首を横に振る。
「がたいが良いのと、普通っぽいのと、眼鏡インテリくさいのがつるんでる三人組っていったら…多分あいつらかなぁ?」
そう言うユアンにデュオンもだろうな、と頷く。
「そいつら、残念なことにこの北寮生徒だわ。早々にそんなことやらかして歓迎会に来れなかったか、来るつもりなかったのか」
聞くとその三人は、現在2年生のクリウという人物の親衛隊なのだそうだ。
クリウ自身は大人しく、物静かで容姿以外に目立つところはないのだが 彼自身が何も言わないのを良いことに親衛隊なるものが出来上がり、その言動がやや過激だという。
「あいつらクリウが関わると目の色変わるんだよな。まぁ、あれだろ?クリウよりかわいい子入って来たから脅そうと思ったら、反対にやられちゃいました、っと」
菓子をひとつ口に入れてユアンは更に続けた。
「まぁ、あの三人組は…勢いはいいけどへたれだから多分暫くはびびってるし大丈夫だと思うよ。それにしても、てっきりその傷は何か暴行でも受けてかとおもったら、殴った時のだったんだねぇ」
人は見かけによらないねぇ、とからからと笑ってユアンは茶を飲む。
「…保健室の先生が大げさに手当てしてくれちゃうから…」
いつものらみあ節が出ないほど、借りてきた猫のようにらみあは大人しく答えた。
「あ、んでその駆けつけてくれた子って、朝桜のしたに一緒にいた子?」
そう言われて、え?と聞きなおしてかららみあは頷いた。
「丁度生徒会室から見えてたんだよね~。なんかえらい早くきてる新入生いるな~と思って見てたんだ。そっか、その子が陸上特待生の子か~」
ふんふん、と何か考えながらユアンは再び菓子を口に入れる。
「食べないとユアンに全部食われるぞ」
デュオンがぐっと菓子の入った皿をらみあ側へ押して言う。
気を使ってくれているのだろうが、その不器用さにらみあはくすりと笑って いただきますと手に取る。
「一応さ、理事長から二葉君の存在は聞いてたんだ。ちょっとしたいわくつきでかわいい子が入ってくるからって。だから一応10階のデュオンの部屋の真下取って、10階には問題ない奴らを配置しといたんだけどさ。ごめんね、八尾君が幼馴染ってのわかってりゃな~」
そこまでは気づかなかったもんなぁ、と手を伸ばしてユアンは菓子を取りながら言う。
らみあと紫苑の関係は端的にらみあが説明し、幼馴染という立場で落ち着いたがその話をしていたときの一之瀬の視線が紫苑には不快だった。
様をつけて読んでいる姿を見られているのだ。いくららみあが二葉グループの息子であったとしても、普通ではないことは察せるに違いない。
「色々聞いちゃってごめんね?一応さ、色々心配してたわけよ。もしかして性同一性障害なのかとか、単なる女装趣味なのかとか。だって写真だけみたらほんと女の子にしか見えなくてさ~、あ、ほんとごめんね。ちゃんと話きいてわかったよ。男だって。事情は複雑みたいだけど…話してくれて、っていうか信頼してくれてほんとありがとう」
にっこり言うユアンに、少し照れながららみあも礼を言う。
今までここまで親身に事情を聞き、気にかけてくれる者はいなかった。
立場上、もしやいつか裏切られるときが来るのではという僅かな不信感を捨てるわけにはいかなかったが、この人たちを暫く頼るのも悪くはないなと紫苑は考える。
歓迎会が終わったであろう時間の1時間ほど後になってらみあと紫苑はユアンの部屋を後にした。
他愛のない話を楽しみ自然と時間が経っていたが、歓迎会が終わって人がいなくなった頃合を彼らも計算してのことだったのだろう。
らみあと紫苑は階段を使用して10階へと降りたが、誰一人ともすれ違うことはなかった。
「では、明日朝食をお持ちしますね」
らみあの部屋の前で紫苑がそう言うと、ドアノブに手をかけたらみあが えっ と振り返った。
自分としては恐らく食事を作りに来ることを言っても不機嫌にはさせないであろうと思っていた雰囲気だったのだが、らみあの様子に少したじろぐ。せっかくユアン達のおかげでらみあの機嫌も治ってきたところであったのだが。
どう繋ごうか少し困って、食材だけでも今お持ちしますか?と不自然ではないように言う。
「べつに………ってもいいのに…」
ドアをがちゃりとあけながら らみあは俯いて呟く。
「らみあ様?」
そのいつもとは違う様子に 紫苑が問うときっと振り返って睨み付けられる。
その顔は真っ赤で、その表情にはっとする。
「らみあ様、少しお部屋にお邪魔させていただいてもよろしいですか?」
そう紫苑が言うと、別に帰れって言ってないでしょ!と顔を真っ赤にしたままらみあは自室へと入っていく。
相当、ユアンの部屋で緊張していたのだろう。
やっと自室に戻ったところでらみあ節が炸裂したかと、小さく紫苑はため息をつく。
らみあは自分のベッドへ座ると、疲れた…と一言漏らした。
「こちらにお着替えください」
寝巻き代わりの服を渡すと、ん、と短い返事でらみあは素直に受け取る。
とりあえずはこの殺風景な部屋の中につまれた段ボール箱の中身を片付けたいところだが、目の前でやればまた機嫌を損ねるだろうと一旦ベッドから見えづらい廊下側へと段ボール箱を移動させる。
「少しだけ箱を開けさせていただきますね」
着替えているらみあに一応の了承を問いながら、手元では手際よく荷解きをしていく。
らみあが紫苑に荷解きさせたくて部屋に呼び止められたわけではないことを紫苑もわかっていた。その証拠に、即片づけを始めた紫苑を見てらみあの機嫌も低下していってるのは見てわかる。
ただ、黙ってらみあの着替えを見ているわけにもいかず、だからといって片づけをしなければおそらくらみあは何もしないであろう事が予測できただけに、せざるをえなかった。
らみあをこうさせてしまったのは、おそらく自身が原因だろうと紫苑は確信している。
幼い頃から、らみあができないことは代わりにやってきた。
らみあがしたくないことも、代わりをした。
らみあが喜んでくれることなら何でもした。
自分だけが頼りにされているかのようで、それを糧にしている自身の気持ちにも嘘はつけなかった。
それだけに、自分と離れて全寮制の高校へ進学すると聞いたときは驚きと共に落胆を隠しきれなかった。これ以上らみあの傍にいることは許されないだろうかと考えていたときに、らみあの父から特待生の話があり、身につけていた弓道の腕を買われて同じところへ進学を許されたのだ。
らみあの父とて、らみあ一人で全寮制の場へ向かわせるのはかなり心配だったのだろう。
だからこそ、二葉家の信頼に背くわけにはいかなかったのだ。
らみあを支え、守る者としての役目を自分なりに只忠実に守ろうと心に決めた。
自分の思いを閉ざし、役目に忠実であろうと。
洗面所方面の荷だしと片づけが終わり、ふと静かな部屋が気になりベッドを見ると、らみあは着替えた服も置いたまますやすやと眠っていた。
紫苑は着替えの服を取り、畳んで近くの椅子の上に置くと 起こさないように静かにらみあの上に布団をかけた。
かつて同じ部屋で寝ていたのを止め、紫苑が自室を持ったときも始めのうちはよくらみあが紫苑の部屋へ入り浸り寝てしまっていたことを思い出してなつかしむ。
安心しきって眠るらみあの顔を暫く見つめた後、明日はらみあが目覚める前に朝食を作りに来るべきかと一人思案し、最低限の片づけを終えて紫苑はらみあの部屋を後にした。