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八尾 紫苑 & 二葉 らみあ ├Side Shion1

 「んもぅ、何処までついてくる気?!」


 エレベーターを降りて尚後ろを歩く紫苑に向かって苛立ちを抑えずにらみあが少し振り返り言ってのける。


 先程からついてくるなと何度も言われつつ、それに答えることなく紫苑は黙って後ろを歩く。


 北寮へ着いた時には既に自分たち二人しか入寮を終えてない者はおらず、この寮では入寮式等というものは行わず夕方に軽食程度をとりながらの歓迎会があると寮長へ言われながら二人とも各自の鍵と寮則の書かれた小冊子を受け取った。

 

 「歓迎会は自由参加だけれど、少しでも馴染めるようにできれば来てね」


 そう言われてらみあも相変わらず余所行きの笑顔で答えた。

 寮長、副寮長共にらみあの見かけに臆することもなく、媚をうるでもない対応にほっとした。

見たところこの二人も只者ではない雰囲気をかもしだしてはいるが、紫苑は興味を示さず先に進んだらみあを追った。


 

 

 エレベーターホールを抜け、左右に伸びる廊下の右を行き、さらに左右に分かれた廊下を左へと曲がる。


 らみあの部屋はその一番端だった。



 「…もう僕の部屋わかったからいいでしょ?ここ。はじっこ。10階の端っこ。だからもう帰ってよ。紫苑7階でしょ?」


 別にこちらから自分の部屋の階数を言ってはいないのに、しっかりと手渡されたときの鍵を見て階を覚えているのがらみあらしい。


 「大丈夫だから。紫苑がいたら寮に入った意味なくなるの、わかる?お父様とかの言いなりにならなくていいから!」


 振り返ってじっとこちらを見て言いつけるらみあに、仕方なく口を開いた。


 「しかしらみあ様、お部屋の片付けと食事の準備を…食材買われてませんよね?」


 「片付けくらい自分でできる!食材だって…歓迎会で軽食でるっていうし…」


 「しかし明日の朝食は…」


 「んもう、大丈夫だから!紫苑うるさい!」


 

 わかっている。

 らみあは自分が子供のように何もできない子として扱われるのを一番嫌がっているのは知っている。

 知っていながら、言ったら彼を怒らせることになるのをわかっていながらも言ってしまう自分に心中で自嘲する。

 それでも、彼は放っておとくと何もしなくなる。

 何も食べなくなってしまう。

 ここは一度引いて、歓迎会のときにまた…そう考えたとき、らみあの視線が自分を通り越して違うものを見ていることに気づき、紫苑もふと振り向いた。


 寮の廊下はやわらかな絨毯が敷かれており、人が近づいてきているのにまったく気づかなかった。


 こちらへ向かってきているのは、主席で入学した、同じクラスの…たしか名前は一之瀬といっただろうか。


 こちらの言い合いが聞こえていたのだろうか、一之瀬は少し目を細め怪訝そうにらみあと紫苑をちらりとみると まるで興味なさげにらみあの隣の部屋へとカードキーを差し込んだ。


 「あ…!お隣なんだ、よろしくね!」


 また余所行き用の笑顔でらみあが一之瀬にむかって声をかける。

 この男はどう反応するだろうかと思わず無言でみつめると、一之瀬は あぁ、お前が…と小さく呟いて よろしく、と一言いうと部屋へと入っていった。


 「無愛想なの~」


 パタンと閉じられた扉にむかってらみあが頬を膨らませる。

 

 「らみあ様…それでは一度私は部屋へ戻ります。708号室ですから、何かあったら内線電話でお知らせください。あと…どうか、無用意にあまり動かないで下さい、寮には監視カメラがついているとのことですが…」


 「いい、わかったって!紫苑心配しすぎだから。」


 こちらの言葉を遮る様にらみあは言うと、カードキーを自室に挿して入った。


 ぱたん、と閉められた扉をしばらく見つめる。


 かつて幼かった頃、目の前で閉ざされた扉も数分立たずとも開かれていた。

 父親に怒られたときも、いたずらが度をこしてお手伝いさんに叱られた時も、拗ねて自室に閉じこもっても、自分と喧嘩したときでさえその扉は自分だけには開かれていた。

 『しおん、ごめんね』

 

 今やこの扉がそう簡単に開くものではないことも知っている。


 そうさせてしまったのは自分であることも。


 紫苑はその扉が開かれることがないのを確かめると、自分の部屋へ向かうためにその場を後にした。








 歓迎会開始の少し前、らみあを迎えに紫苑は10階へと出向く。


 準備のために行きかう先輩や、早めに会場のカフェテリアへ向かう新入生に軽く頭を下げながらもエレベーターを10階で降り、先程の扉の前へと来る。


 ノックをしてみるが返答がない。


 先に会場へ向かったか、それともどこかへまたふらりと行ってしまったか…。


 彼は自身が胸はないにしろ女性と思われて同然の見掛けであること、それもかなり見た目の良い、ということを自覚している。

 自覚していて、近づいてくる男性を煽るようなこともする。

 それを見て楽しんでいるのか、相手を試しているのか。

 そこのところを深くは紫苑も知りえない。

 ただ、らみあの見かけに騙されて手をだしては返り討ちにされている男を何人も紫苑は見てきた。

 見かけは華奢で線が細く、押し倒すのも簡単と思われて仕方のない事だが らみあは合気道を心得ている。合気道だけではなく、空手や柔道もやっていた。

 近所の道場へ向かい、基礎を学び、家に帰って必死に努力していたのを知っている。

 帯も白いまま、決して試験を受けることもなく、一通りの基礎を学ぶと彼は辞めてしまった。周りからの期待などをもたれるのが嫌だったらしい。

 けれど父が心得ていた合気道だけは常に一人で練習していた。

 

 らみあは守ってほしいわけではない。自分のことは自分で守るから。


 ---だから、紫苑。様なんてつけないで。僕と対等でいて---


 かつてそう告げられた言葉がふと蘇る。


 対等。


 涙ながらに訴えられたその言葉はとても重かった。

 けれどそれを受け入れることはできない。


 自分は決して彼と対等にはなれない。

 少なくとも、心の奥底に秘めた気持ちに気づいてからは…。



 もう一度ノックをして反応がなければ会場へ行ってみようと、紫苑が再び扉をたたくと中でがたんと音がする。


 扉はオートロックでこちらからは開けられない。


 「誰?」


 がちゃり、と扉が開く。


 「…らみあ様、扉を開けるときはちゃんと誰が来たのか確認をしてから開けて下さい…」


 本当は知っている。少しの間でらみあがちゃんとスコープからこちらを確認していたことを。

 それでも彼を傷つけないようにと言葉を選ぶ。


 「…寝てたんだもん…」


 「もうすぐ歓迎会ですよ」


 「ん…」


 おそらく本当に寝ていたのであろうらみあは そう言うと無言で部屋の中へと戻る。

 紫苑も咎めがないのでそのまま部屋へ入り扉を閉める。


 案の定、部屋の中にはダンボールが放置され、必要最低限のものがそこから取り出されたに過ぎない状態だった。


 「歓迎会…あと何分?」


 「あと20分ほどで始まります。多少遅れても大丈夫だとは思いますが…」


 「んじゃ、顔洗ってくる」


 そう言ってらみあが洗面所へ向かうと、ダンボールから多少まともな部屋着を取り出す。とてもじゃないが、今のらみあの部屋着姿は他人には見せたくはない。

 襟ぐりのあいたシャツにハーフパンツ。

 普通の男性なら何も気にしないであろうその姿が、らみあが着るとやたらと目を惹くのは間違いない。

 ついでに少し片付けたいところだが、勝手にしてはまたらみあを不機嫌にせるのは目に見えている。


 「らみあ様、歓迎会にはこちらの服を…」


 「ん…っとさぁ、紫苑。ほんと、その”様”ってのやめない?」


 洗面所で手渡された服を、その場で着替えながららみあが言う。


 「大体さ、高校生の同学年で様なんて普通つけないでしょ?ミノだって変な顔してたでしょ。僕だって、たしかに見た目は皆と違うかもしれないけど、それ以外でどうこう言われたくないの。わかる?」


 「……」


 わかっている。

 わかっているが、自分は決して彼とは対等でいてはならないのだ。

 自分を救ってくれた二葉家の為にも。

 

 「僕だって考えたよ。僕なりに。紫苑は真面目で堅物だから色々考えてなんだろうけど、少しは譲歩してよ。せめて、ほかの人いるときはそう呼ばないで。あと、これ。何かあった時用」


 着替え終わったらみあは棚から一枚のカードを取ると、紫苑へと押し付けた。


 何だろうと思い受け取ってはっとする。


 ルームキーのスペアカード。

 

 「私なりに努力いたします…」


 まさか渡されると思っていなかったカードを眺めたまま驚きのあまり固まっていると、紫苑のも頂戴よ、とらみあ手を伸ばす。


 「…申し訳ありません、まさか…らみあ様からお預かりすることになるとは思ってなかったものですから…後ほど持ってまいります」


 「あ、そ。じゃ、上いこ」


 ほんの少しむっとした表情をしてらみあは最上階のカフェテリアへ向かうべく部屋を出ると、紫苑も彼の後に続いた。







 最上階にあるカフェテリアは四方をぐるりとガラス窓で囲われた、とても開放感のあるつくりだった。皆私服で集まっている為、誰が先輩で誰が同じ一年なのかわかりにくい。

 案の定、らみあがカフェテリアにつくと皆の視線が集まる。


 慣れているらみあは動じずに空いている席ないかな~と気にもせずに歩き回るが、その視線に様々な意味がこめられているのに気づいていない訳ではないのを紫苑も承知している。


 「あ、二葉君と八尾君、こっちおいでよ」


 不意に名前を呼ばれて振り向くと、にこにこしながら手招きする副寮長の姿があった。

 彼の座るテーブルの向かい側にはらみあの隣部屋の一之瀬が不機嫌そうな顔で座っている。


 「あ、じゃぁお言葉に甘えて~」


 余所行きの笑顔をたたえてらみあはそのテーブルに歩み寄り、一ノ瀬の隣に座る。

 副寮長の隣にはおそらく寮長が座るのだろう、書類がまとめておいてあった。


 「君たち目立つからね、少しでも安全圏に入れとかないと」


 にこにことそう言う副寮長へにっこりとらみあも礼を言う。

 

 その姿が紫苑には仮面をつけた者同士のさぐりあいにしか見えなかった。


 「あ、自己紹介してなかったよね。知ってると思うけど、副寮長で副会長ののYuanLongっていいます。ユアンって呼んで?あ、漢字だとこう書くから」


 そう言って示した指先には 王 元龍 と書かれたプレートがあった。


 「苗字がありがちでしょ~。だからやなんだよね」


 あ、あとあの寮長はデュオンっていうんだ、ついでに覚えておいてね、と続けて説明する。


 物腰柔らかく、明るい性格なのは間違いないだろうが、只者ではないな、と紫苑は改めて感じる。

 

 「もっとついでに言うと、一之瀬は俺の中学んときからの後輩だからよろしくしてやってね」


 そう言われた一之瀬は一層眉間の皺を濃くさせたように思えた。


 軽く自己紹介を終えたところで歓迎会の始まりの挨拶があり、ついでに紹介された寮長がマイクを取った。


 「…新入生諸君、入学おめでとう。この北寮の寮長と生徒会長をしているデュオン・ファルナートだ。あそこでへらへらしているのが、副寮長兼副会長のユアン。そっちにいる小さいのが生徒会書記の焔。その隣が会計の風岡。なにか困ったことでもあれば遠慮なく相談してほしい。まぁ、堅苦しいのは今日は無しということで、あとは同じ寮でこれから生活する者同士少しでも慣れていってくれればと思う。では、ユアン、後はまかせた」


 そう言うと生徒会長はこちらへきてユアンの隣へ座り、そのマイクを受け取ってユアンが立ち上がった。


 「十分堅苦しい挨拶をありがとうございます、生徒会長!このひと、もともとが硬いから許してあげてね~。じゃ、はい、みんなグラスを手にとって~。いい?皆さんの入学と進級を祝って、かんぱーぃ!」


 ユアンが音頭をとると、皆がカチンとグラスを合わせて食事が始まった。


 「はいはい、デュオンおつかれさま」


 ため息をつく生徒会長にユアンがテーブルにある大皿から料理をとりわけて渡す。


 「今日だけは新入生につくしてあげるからね~」


 そう言って次はらみあに料理を手渡す。


 「でも、明日からは使えるものは使わせていただきます」


 にっこりと微笑み、ユアンは一之瀬に次の皿を手渡した。


 「というわけで、一之瀬は明日生徒会室に来るように」


 相当仲が良かったのだろうか。そう言われても相変わらず無言で一之瀬は料理を受け取った。


 「はい、八尾君」


 紫苑が料理を受け取ると、あとこれは俺のね、と言ってユアンは大皿ごと自分の前に置く。


 それでも憎めないのはこの人懐っこい雰囲気だろうか。

 背も体格も平均並みだろうが、顔がアイドル並みに整っている。明るすぎず茶色に染められた髪も似合っていた。

 対する生徒会長は背が高く、冷静な雰囲気をかもしだしている。髪はブロンドで瞳はグリーン、目つきも鋭く口数も少ない。無愛想さは一之瀬とも似ていた。


 「まぁ、デュオン見るからに外国人で怖い顔してるけど悪い奴じゃないし、日本語しか喋らないから。何かあったらいつでも僕らをたよりにして?」


 デュオンが喋らないからそのぶん俺がいつも喋ってるんだよね、と料理を頬張りながら陽気にユアンが話す。


 「こう言っちゃ気を悪くするかもしれないけど、二葉君かわいいでしょ?だから心配なんだよね~」


 「あはは、先輩ありがとうございます。でも、こんな姿でも受け入れてくれてうれしいですよ」


 らみあがそんなことを言うと思わず、紫苑の食べる手が止まる。


 「ごめんね、何か事情あってってことは理事長からは聞いてるんだ。詳しいことは知らないから安心して?でも、ほんと、こういう話は入学してすぐにしたくないけれど…かわいい子ってこういう男子校だと危険なのは想像つくでしょ?会ってすぐに僕たちを信頼して、って言うのも無理な話だとも思うんだけど、冗談抜きで何かあった後だと遅いから、気をつけてほしいんだ」


 周囲の目が食事やほかの事に背いている間に、ユアンはトーンを落として話した。

 

 だから、らみあが歓迎会に来たら他の学生が誘う前に自分の所へ座らせないと、と張っていたのだそうだ。


 「いやぁ、そんな心配させてしまって…でも、もう今日既にちょっと怖い目にあいましたから気をつけておきますね。」


 たいしたことではありませんよ的ならみあの言葉でも、やはり気になったのだろう。座って初めて生徒会長が何があった?と口を開いた。


 他の生徒に詳細を聞かれてもいやだから、とらみあが言うと じゃぁ後で俺の部屋きてよ、とユアンが言う。

 ちらりとらみあが紫苑を見る。


 「ん、じゃぁ紫苑も一緒でいいなら」


 「うんうん、一之瀬ももちろん来るよね」


 恐らく彼に拒否権はないのだろう。一之瀬は始終無言だった。


 「あ、でも入学してすぐに生徒会長とかと仲良くなったりして、もしかしてやっかみひどくなりません?」


 そんならみあの言葉に、あ~、とユアンが呟く。


 「うるさいのもいるんだよねぇ…。まぁ、ほんと悪いんだけど、二葉君の場合何をしててもやっかまれると思うけど…。ほら、だってかわいいし」


 あー、フォローになってないかぁ、とユアンは苦笑して言う。


 「ん~…んじゃ、今のうちに抜けようか。ほら、皆まだ食べるのに夢中だし。元々進行は焔と風岡にまかせてるから大丈夫だよ。僕の部屋1102ね。一度に出ると目立つから、先に二葉君と八尾君向かってて。あ、これ鍵」


 そう言って何の躊躇もなくユアンは自分のカードキーを二葉へと預けた。


 「え、鍵…」


 「中入ってていいから。もう一枚鍵あるし大丈夫だよ」


 にっこり笑うユアンに見送られ、料理を食べ終えた二人はこっそりとカフェテリアを後にした。


 

 





 

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