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八尾 紫苑 & 二葉 らみあ  ┬Side Lamia

 既にほとんどの新入生が寮へと向かった後なのだろう、人気のない北寮へ続く道をらみあと紫苑は歩いていた。

 南寮と違って北寮へは校舎の横を通り、グラウンドの脇を通って学校の外へ出なくても向かうことができる。いろいろな意味での安全を考えて建物の影になって人の目につきづらくなるなることがないように道がつくられている。


 少し後ろを歩いている紫苑が機嫌があまり良くないのを、振り向いて彼の顔を見ずともらみあは気づいていた。

 原因もわかっている。

 紫苑の言うことを自分がきかないから怒っているわけではない。

 むしろ、彼はらみあに対して自分があれこれと指図できる立場だとは思ってはいない。

 らみあの付き人、従者として自分が存在しているかのように紫苑は振舞う。

 それが…らみあを苛々させた。


 かつては立場共に関係なく、楽しい日々を送っていたのに。





 



 二葉らみあ。

 本当の、彼が母に貰った名前は蘭斗ラト

 らみあというのは、彼の双子の妹の名であった。


 体の丈夫ではない母に似た妹は出生時の体重も少なく、病気がちだった。

 それでも二人は両親の愛情を十分に受け、二葉家自慢のかわいい双子として育ったのだが…。

 4歳の誕生日を迎える直前のことだった。

 妹らみあの状態が急変し夜中に救急車が呼ばれ屋敷の中は慌しく、何事かと不安に怯える来夢を家政婦に預けたまま両親と妹はその日から数日帰ることはなかった。

 やっと帰ってきた時には…母と妹の姿はなく、痩せ衰えた父によって妹は遠くの世界へ行ってしまったのだと聞かされた。

 母はそのショックから入院することになったのだと。

 いくら子供でも、後日行われた葬式にて妹はこの世からいなくなってしまったということは漠然と理解できた。

 もう二度と会うことができなくなった自分の片割れ。

 自分によく似たかわいい妹。

 

 妹がいなくなっても父は変わらぬ愛情を注いでくれたが、自分の姿は妹の姿でもある。病床に伏したままの母も妹がいなくなったのを自分を見るたびに思い出すのは辛かろうと幼いなりに考えた。

 考えた末に出た結論を父に言った時に、父は固まった。


 「僕、今日かららみあになる」


 何を馬鹿なことを、お前はお前だ無理をしなくていい。

 そう父は言って抱きしめてくれたが、幼いなりにも自分は本気だった。

 自分は自分であって、らみあでもあればいい。

 大好きだったらみあ。

 その日から父や周りに何を言われようとも、らみあと名乗り、らみあの服を着て生活するようになった。


 そんな自分を心配したのか、父はある日自分と同じ年の男の子を家に連れてきた。

 自分の両親を知らず施設で育った彼は 八尾 紫苑 と名乗った。

 父としては、かつて離れることなく共にいた妹の代わりに寂しいことがないようにと…らみあに成り済まして生活するのを諦めてくれるようにと願っていたところなのだと思う。

 

 それからの日々は楽しかった。

 らみあとして生きて行く事は辞めなかったが、普通の男の子のように外を駆け回ったり悪戯したり。

 兄弟のように二人仲良く成長していったのだが。


 二人が中学に上がる頃だったろうか。

 それまでは二人同じ部屋で、一緒の布団で寝ることも多々あったのがぴたりとなくなった。

 紫苑の初めての我侭だったと父は言っていたが、勉強に精を出す為にも部屋を分けてほしいと言ったらしい。

 部屋など余るほどある屋敷だから我侭というほどのものではないが、突然自分に相談されることもなくそう言われたのはショックだった。

 そして長く病床に伏していた母の死。

 母はずっと自分の事を蘭斗と呼んでいた。

 僕はらみあだよ。

 『ありがとう蘭斗。貴方の中でらみあは生きているのね』と彼女は言った。

 それが彼女から聞いた最後の言葉だった。

 それでも自分はらみあでありたい。

 蘭斗は父に頼み込み、戸籍上の名前もらみあへと変更させた。

 蘭斗なのにらみあと何故呼ばせるのかという説明をいちいちする必要もなくなった。


 母が他界してから父は仕事で世界を飛び回るようになった。

 二葉グループだかなんだか、自分の父の仕事をよくはわかっていなかったが今までは母がいたためにこの地を離れなかったんだなとそのとき初めて気づいた。

 父の仕事はやたらと忙しそうだったが、可能な限り自分たちと共に時間を取ってくれたところはやはり愛されているからなのだろう。

 自分と区別するわけでもなく紫苑のことも分け隔てなく気にかけている父はすごいと思った。

 ただ…紫苑の自分に対する接し方が変わってきたのもその頃だ。

 何か一線引かれたような気分。

 父が何か言ったのかとさえ疑った。

 そんな様子は伺えなかったけれど…一体何があったのかわからないまま時が過ぎた。

 二人の関係の均等は崩れたまま。

 いつしか紫苑は自分をらみあ様と呼ぶようになり、まるで屋敷にいる家政婦と同じような対応をするようになると、困惑を隠せなかった。

 どうして。

 なぜ、昔のように接してくれないのか。

 前みたいに普通に名前を呼び合って、他愛のない話で笑って、馬鹿な悪戯をして。

 そんな日々に戻りたいと何度願っても、訴えても彼は聞き入れなかった。


 「申し訳ありません。これは…私なりのけじめですから」


 



 辛いとき、苦しいとき、悲しいとき、いつだって紫苑は隣にいてくれた。

 ずっと自分を支えてくれた。

 けれどそれは…自分がそうするべき立場として二葉家に呼ばれたからだときっと考えているに違いない。

 どんなことがあってもらみあを優先して物事を考えている紫苑。

 自分が彼を縛り上げている枷なのだと思わずにはいられなかった。


 中学時代も彼は常に傍にいた。クラスが違おうともふと気づくとそこに紫苑の気配がある。

 男であるのに女性の身なりをして、名前も変えて。

 そんならみあを一切のいじめなどを受けず、むしろ皆に受け入れられるようにしたのは紫苑の影ながらの配慮であることをらみあは知っていた。

 だからといって仲良くじゃれつくこともなく、常に数歩はなれて見守られているのも辛かった。

 学力も高く、どこか神秘的な美しさも持つ紫苑は学校でも絶大な人気を持っていた。

 生徒会長推薦の話もあったし、数え切れないほどの告白も受けていたはずなのに 彼はその全てを断っていた。

 全ては、自分の存在のせい。

 自分さえ離れれば…離れられるのなら、彼は自由になれるとらみあはその一心でこの高校を受けたのだ。

 全寮制ならば父も紫苑も安心してくれるだろうと。

 紫苑は自分の選んだ未来のために、希望する高校へ進んでもらいたいと、そう告げたのに。

 入学式当日になってやっと紫苑から教えてもらえた彼の高校の名前は自分の行くその場所とまったく同じだった。


 なぜ…。

 

 籠から出した蝶はそこを何故飛び立たないのだろうか。


 ふと立ち止まり、満開に咲き誇る桜の木と散る花びらに戯れながら飛ぶ蝶を見上げて思う。





 「…どうかされましたか?」


 数歩後ろで同じく紫苑が立ち止まる。


 「…いや……。ごめん…」


 散る薄紅色の花びらを受けながら、らみあは目を合わせることなく呟いた。


 見なくても判る。

 きっと紫苑は口元だけ笑みを浮かべているに違いない。

 いつも…そうだから。


 「…ご無事で何よりです」


 


 本当は紫苑より先に寮に行って、一人でだって大丈夫ってのを見せ付けたかった。

 その事ばっかり考えていたから…クラスが終わって教室を飛び出したとき、すぐそこに上級生が待ち構えてた気配に気づくのも遅れ、手首をつかまれたままコンピューター室へと連行された。

 そのうちこんなこともあるだろうと考えてはいたが、入学早々にされるとはと移動中に苦笑が漏れるほど気持ちは焦ってはいなかった。

 紫苑が機嫌が悪かったのは…その時点で声を上げるなり助けを求めるなり、何故逃げなかったのかというところだろう。

 相手が何人になるかわからないのにのこのこと付いていくのは確かに賢いものではないが、入学早々行動に出るということは警告的なものだろうからたいしたことはしないだろうという考えの下にらみあは上級生に素直についていったのだ。

 大体昔から呼び出される理由は二種類だ。

 好きだ付き合ってくれと告白されるか、いい気になるな邪魔だというものか。

 今回のは後者だった。

 名前はもう忘れたが、なんちゃらという学園アイドル的な奴がいてその崇拝者による警告だったらしい。正直いい迷惑だ。

 アイドルの座を別に奪いたいわけじゃない。

 奪われる程度のやつなんじゃないの?と思わず言っちゃったらごつい上級生に胸倉を力いっぱい捕まれた。

 

 「汚い手で触るんじゃないよ」


 挑発に乗って、案の定そいつは思い切り拳を振りかざしてきた。

 動きのわかりやすい単純なやつで助かったとも言う。

 拳の動きに合わせて右腕でその攻撃をかわし、力いっぱい左手で鳩尾を突いてやった。

 大抵はそこであっけにとられる。

 女のように細い線で、とても力なんてありません、ひ弱ですってアピールしているような奴がここまで喧嘩慣れしてるとは思わないだろうから。

 

 まぁ、暫くは手出しをしてこないだろうけど。


 紫苑が心配しているのは、それがわかると次は必ず相手は人数を増やしてくるという点だ。

 



 「らみあ様、急がないと…」


 「…ん。」


 再び桜吹雪の中を歩き始めると、その後ろを紫苑も歩みだす。





 …いつか…紫苑もあの蝶みたいに自由に舞う事ができるように、自分が導くことができるだろうか…



 自分の前を導くかのように飛ぶ蝶を追うように二人は北寮への道を進んだ。

 

 

 

 





 


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