七瀬 蓑 + 五反田 しぐま ─Side Mino
---あっちゃぁ、もう始まってら…
予定外の出来事に巻き込まれて保健室で時間を食ってる間に、入寮式らしきものは既に始まっていたようで、蓑が南寮へたどり着いたときには玄関入ってすぐのホールは人だかりで埋め尽くされていた。
おそらく今年入った新入生の塊だろう。
換気のためか玄関の扉が開いていたのが救いだった。
あたかも遅れてません、今までもちゃんとここにいました、と言うように蓑はすっと扉から中に入ると少しずつ前方へと進んだ。
自分の背があまり高くないという自覚はある。
それにしても、まわりの奴等が高すぎて前が見えない。
なにやら寮長らしき人物の挨拶がちょうど終わったところだった。
「あーっと、詳しい寮のきまりは鍵と一緒に渡す冊子に書かれているので目を通しておくように。まぁ、大事なところだけ言うと、門限は8時。届出がある場合は10時。外泊の時もちゃんと届出を出すように。無断外泊は基本的に認めてはいないが、万が一でもしてしまった場合は教師に連絡をとらなくてはならない事もあるから、そんな面倒なことはやらかさないように」
そのまま寮長らしき人が話を続ける。
「あとはなんだ~…食事の時間も冊子に書いてある。基本的に食堂は24時間空いているが、食事ができる時間は決まっている。今日の歓迎会は無理やり椅子を詰め込んで全寮生が食堂に入るが、基本的には約半数分しか椅子がないから通常の食事の時は混みあわない時間を見計らってとるように。そんなもんか。じゃぁ、名前を呼ばれた奴から前にきて鍵を受け取って各自部屋へ向かうように。歓迎会は5時からだから食堂に遅れずに来いよ~」
そう言い終えると、その人の隣にいた人物が次々と名前を呼び出してゆく。
隣の人物が声を出しているはずなのに、その声が今まで話していた人物とまったく変わりがないように聞こえる。
ふとホールの壁を見ると 寮長:犬塚一郎 副寮長:犬塚二郎 と書かれていた…
---兄弟...双子なのか…?
顔つきはたしかにそっくりだ。
だが、寮長のほうはどちらかというと体育会系のようながっちりとした体つき。副寮長であろう、名前を呼び出している方は眼鏡をかけていて…いわゆるがり勉タイプにみえる。
あいうえお順で呼び出されていたが、隣に立っていた奴が突然手をあげた。
「はい!寮長!俺呼ばれてませーん」
皆の注目を一身に浴びたそいつは、やたらと背の高い…入学式のときに思いっきり遅れて入ってきて目立ってた奴だった。
「おぅ、呼んでねぇんだ。入学早々目立ったお前は俺と同室だからな、呼ぶのは最後だ。ありがたく思え!」
寮長がそう言うと、まじでぇ~と、へらへらとそいつは笑った。
「あぁ、そうだ。基本的に同室は一年ごとに変わる事ができるが、そんときは寮長の俺が適当にくじ引きでくっつけてるからな。融通きかせてほしけりゃ賄賂わすれるなよ!」
先輩来年卒業じゃないですか~、と誰かが言うと、来年分決めるのは俺なんだよ!と笑って寮長は言った。
隣の副寮長もふっと笑みをこぼしている。
とりあえず…なんか良さそうな人たちでほっとした…
「七瀬蓑、237号室」
次々に呼ばれていた名前の中に自分の名前を聞いて、はいっと元気良く返事をして前へ行く。
副寮長から鍵と小冊子、名札をを受け取って、2階への階段を駆け上がった。
---同室のやつ、もういるかな?先輩かな?どんな奴だろな~。
どんな奴でもいいから、オレのことを嫌わない奴だといいな、等と都合のよいことを考えつつ部屋を探す。
「おう、ちっこいの、お前何号室だ?」
不意に声をかけられて見ると、先輩だろうか、手元の鍵を覗き込まれる。
「あぁ、237はずっと奥だ。真直ぐいって、曲がってすぐあたりだな」
ちっこいの、と見ず知らずの人に呼ばれたのには不服があるものの、事実だけに仕方がない。緊張させないようにとの配慮もあったのかもしれないと自分に言い聞かせて、ありがとうございます!と礼を言って廊下を進む。
---あった!
さすが全校生徒の約半分を収めている寮だけあって広い。
237号室は入り口からは遠いところにあった。
部屋番号の下には名札をいれるスペースがあり、そこには既に一人分の名札が入っていた。
---ごたんだしぐま?
そんな名前がそういえば、同じクラスにいたような気がする。
変な名前だな、って思った覚えが新しい。
コンコンコン
一応ノックをしてドアを開ける…と、中にいた奴と目が合った。
「えーっと、オレ、七瀬 蓑。これから一年間よろしくっ」
先手必勝といわんばかりにこちらから挨拶をする。
「え?あ、よろしく。同じクラスだよな?」
ちょっと驚きながらも、そいつ--しぐま--は、ふっと笑った。
「よかったー。同じ一年で同じクラスな奴が同室でー。まじ、怖い先輩とかだったらどうしようかと思ったよ」
そう言う蓑に、俺がいい奴だって保障もないけど?としぐまは言う。
「いーや、きっとお前はいい奴だ!」
根拠のない自信たっぷりでそう言う蓑に思わずしぐまも噴出す。
「ま、よろしくな。七瀬はベッドどっち使う?」
そう言うしぐまに、蓑でいいよ、と入り口付近に置かれていた荷物を中に運びながら言った。
ダンボールで届けられた荷物は上級生が各部屋に届けてくれていたらしい。
「んー…俺、上でもいい?二段ベッドつかったことなくてさー」
そう言う蓑に、ちょうどよかったとしぐまが言う。
「俺も下に荷物もう乗せてたから。んじゃ時間までにかたしちゃうか」
部屋のドアを開けたまま、ダンボールを開け、荷物を片付けていく。
ドアを開けたままなのがよかったのか、通りすがりの先輩らが様子を見るように覗いてきては、一言二言挨拶をかわす。
誰が誰だか名前なんて覚えられたものじゃないが、これから暮らしていく寮生活でさりげなく愛想をふりまいておくのは悪いことではないだろう、と二人で話し合ってそのまま歓迎会の時間まで片づけを続けた。
「お前、入学早々から災難だったな」
片付け最中から興味津々で蓑はしぐまから今日出会ったばかりの姫様---らみあについて根掘り葉掘り聞かれていた。
食堂へむかう最中も話題が反れない。
「おうよ。別に見てくれでオレは人を判断したりはしねーつもりだけど、まじあの格好にはびびったな」
「まぁ…あの格好だし、お前にべっとりだし、なんつーか…気をつけろよ?」
なんで疑問系なんだ?と思いつつ蓑は おぅ、と答えた。
らみあにあまり振り回されないように気をつけろよ、といわれたと思ったのだが。
「男子校じゃ、ありゃ目の毒だろ。あんなのに始終お前ひっつかれてたら、そのうち妬まれて刺されるぞ」
「はあ?いや、たしかに目の毒かもしれねーけど…あいつ男だし?」
「いや、男だけどさ…ってかニューハーフ?」
しぐまの言葉に、蓑はうーんとうなる。
「あいつ、別に女としては見られたくはなさそうだけどなぁ。なんていうか…」
---あの姿を利用して、他人を見極めている感じがする。
それを告げようかどうかと一瞬悩んで、蓑は言葉を飲み込んだ。
「まぁ、悪い奴じゃねーし。姫様には武士がついてるし、大丈夫だろ」
「武士?ナイトじゃなくて武士なんだ」
「あぁ、隣のクラスだけどな。なんつーか、武士だった」
ふ~ん、としぐまは相槌を返す。
「まぁ、とばっちり受けなきゃ見てて楽しそうだな」
そんなことをしぐまが告げたとき、もうすぐ着くであろう食堂の入り口から先輩と思しき人が出てきて急げとせかされる。
どうやら、自分たちで最後のようだった。
結局歓迎会でも先輩方に既に噂で知られているらみあについて質問攻めにされたわけだが、おれだって今日会ったばかりなんだよ!と叫びたいのをぐっとこらえる蓑であった。






