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序章

 騒ぐ子どもらの元気な声、井戸端会議をして楽しげに笑う奥様方の笑い声に、商品を精一杯売り込む男たちの声などで、今日も今日とて、江戸の町は明るく活気溢れ、生命力に溢れている。

 ここでは裏の冷たさも、生命の駆け引きもないように思える。

 ーーーただ、その分

「はあ……」

 商売の駆け引きが難しい。

 賽ノ地で忍稼業をしていたこの赤い襟巻きの男、『比良』は今、生活に困窮していた。

「足揉み屋の何がいけないのか。解せぬ」

「そんなのきまってらあ」

 頭をひねっていると、麻呂眉の愛らしいぽっちゃりでふんわりした表情を見せる、普通の猫より体躯のある猫を撫でまわしている子どもらが笑いながら言った。

「兄さん、女の人には金を取らねえで、男にはふんだくってんだもの! そりゃあ客もこないってもんだ」

 そう言って笑われる。

 比良は薄っぺらい笑みを浮かべた。

「客が来ない。わたしが好きなきゃくも来ない。なんちゃって……うげ」

 上から重たいものが現れ、首がもげそうな程の衝撃を受ける比良。

 呻きながら上を見れば、目つきの異様に悪い、頬にあるタトゥーが特徴的な黒猫が頭にのっかっていた。視界の端に揺れる尾が二本。どこかけだるそうに揺れている。

「おい変態」

「これは夜刀殿」

 頭の上から降りないままで彼は話を続けた。その話を聞き流しつつ比良はどうでもいいことを思う。

 人にもなれる、モノノ怪とも違う、二股の猫とは……結局その存在は一体どこにあるのだろう、と……。

 ふと、真横を綺麗な黒髪を高く結い上げた少女が駆け抜けていった。

 江戸の事件を記事にし、皆に配布する彼女の名は確か『朝陽』といったか。

「……」

 比良は足にそっと目を向ける。

 足首は細いが、しっかりと大地を蹴っているその脚力の強さ。がむしゃらに頑張っているようにも見えるが、可愛い靴を履いてオシャレを忘れていないその心。

「良い」

「死にたいようだな」

 後頭部に冷ややかな殺気を感じる。正気に戻った比良が謝るよりも先に、鋭いものがえぐい感じに頭を襲った。

 



「どうした比良。わざとらしい包帯なんぞ頭につけて」

「酷いん」

 姫将軍右腕『権左』

「おい、ハゲ。俺の服一式どこだ」

「また無くしたのか!! 何回目だと思ってるんだ夜刀!!」

 姫将軍左腕『夜刀』

 二人はこの江戸城主二十三第将軍『翠蓮』にお仕えする、刀だ。

 将軍という身分にありながらその身に『夜叉』の血を継ぎ、生まれ落ちた姫はここでは忌み嫌われ、一線を引かれている。その身の上のせいで肩身の狭い思いもしているだろうが、我が出会ってから『辛い』や『悲しい』などという感情をみせたことがない。

 たまに二人と酒を飲み交わした時に、ぽつりと聞かされた姫さまの昔話を耳に入れると過去はそうでもなかったようだ。


 『今ではお強くなられた、けど本当に姫さまが心より笑えるよう、俺たちが支えなければいけない』


 そんな風にハゲは言っていた。悪意のない、心よりの想いなのだろう

 見えない絆が、私の古傷を抉る。

 だから、それを誤魔化したくて「そんなに神経すり減らしているから、ハゲになるんですよ」と言ったら、「これはハゲじゃなくて、スキンヘッドだから!!」と頭を押し付けられたっけ。


「比良!」

「ハゲ」

「おい、比良ぁああ!!」

 名前を呼ばれて条件反射に「ハゲ」と言ったら、同じように条件反射で殴られた。超痛い。

「痛いん」

「あそんでる場合じゃないだろハゲ」

「俺か!? 俺が悪いのか!!」

「ハゲ殿、声量下げねば気取られますよ」

「う、む……む」

 彼は納得のいかぬ顔をしていたが、腕を組んで黙った。

 三人こっそり、城の外で誰も来ないようなところで話し合っているのは、ちゃんとした訳がある。

「で、どうだった」

 ハゲの問いかけに比良は頷いた。

「江戸より少し南に下った町に行けば、甘い苺を取り扱っている店があるとのこと……ロウソクは蝋燭屋で小さい物を用意できるか聞いてみたら、可能だそうで」

「苺とそれは近いうちに取り寄せ出来るか」

「はあ、一応可能ですが」

「ケーキ作ってる店があるんだ。いっそ、そこで買ったらどうだハゲ」

「それはダメだ夜刀!!」

 夜刀殿が大声が不快に感じたのか、ゆっくりと尻尾を揺らしている。あの二つに別れた尻尾は、どうなっているのだろうか。ちょっと足で踏んでみようとしたら鋭い目で睨まれた。

「前回ケーキを望まれた姫さまに、俺はお線香ケーキを……!!」

「聞くだけで不味そうですね」

 ハゲ殿にスイッチが入ったらしく拳を握って、急に天を仰ぎ始めた。

「俺は心に決めたのだ! 今度こそおいしいケーキを姫さまに召し上がって頂くのだ!!」

「だから、買えばいいだろう」

「それじゃ意味がないのだ!!」

 お忍びという言葉を知らなさそうな程、熱弁しているハゲに比良は小さく距離を取り、気づかれぬようにその場を去った。

 あの人に付き合うのは楽しいが、熱弁しはじめたあの人は暑苦しい。

 それに、夜刀殿も気づいていただろうが

「姫」

 彼女のフォローもしておかねば。

「おわ! い、いつのまに背後に」

 あんだけ大声出せば、そりゃ気づかれますよハゲ殿。比良は小さく笑って美しい新緑の色をした女性、翠蓮姫に「しー」っとこどもがやるような動作を見せた。

「仮にも忍ですので」

「そのくせ、あまり私の傍に居ないようだが?」

「我がいなくとも、優秀なのが二人いますから」

 人型になった夜刀殿に殴られるハゲ殿の図を見ながら、比良は遠い目をした。

「ふふ、そうだな。お前は足ばかり見ているからな」

「たまには胸も見ますが」

「蹴るぞ」

「ご褒美です」

 真顔で見ると、さすがに仰け反られた。

 背後に殺気を感じる。

「ん?」

 振り返るのと同時にハゲに殴られた。

「貴様! 目を離したらすぐ姫さまにちょっかいかけよって!!」

「すこーし近づいただけじゃないですかぁ」

 そして今度は猫がいない。

 自由だ。

 ここは自由でいい。

 楽しそうに笑う姫に、痛いほどまっすぐな右腕に、隠し事の多い猫。

 江戸は太陽の町だ。

 みんなが笑い、みんなが全力で、精一杯自分の人生を謳歌している。

 あぁ、なんて……痛いほどに、暖かい。



「折角倒れたので、ちょっと姫様踏んでもらってもいいですか?」

「ふん!!」

「ぎゃああああああ!! ハゲ殿の足で踏まれても嬉しくな……いでででで!!」

 しかし、下から見上げるアングルも悪くないということは、さすがに口にするのはやめておこう。

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