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椎子がニートをつかうとき。

 ジリリリーン、ジリリリーン。


 今時珍しい黒電話の音が室内に鳴り響く、重厚感と高級感を併せ持つ木製の机の上を白く小さい手が横切り受話器を持ち上げる。


「はい、こちら『上原探偵事務所』」

「はい、そうです……承っております。はい、わかりました。それではお待ちしております。」


チンッ。


 黒電話特有の音が響き、通話を終える。充電中の赤いランプが点いているスマートフォンを充電器から取り外すとタッチパネルを操作し電話をかけ始めた。


「ふぁい」

受話器越しに起き抜けの声を聞かされ、顔の一部が引きつる。


何時いつまで寝ているんですか! 平日ですよ、普通の人ならもう会社に行って仕事を始めている時間です!」

視線を壁掛時計に向けると、時計の針が『九時十分』を指している。


「依頼が入りました、すぐに準備して来てください。いつも (・ ・ ・)注意していますが、ちゃんと髭を剃って、寝癖を直してくださいよ。第一印象はとても(・ ・ ・)大切です、清潔感のある格好をしてください」

再び、間の抜けた返事が聞こえてきて電話は切れた。本当に大丈夫だろうか? 溜息が漏れる。仕方ない、コーヒーでも淹れてあげるか。

いつもこんな感じで上原探偵事務所は営業開始する。


 午前十時、ご依頼者来客。

二杯目のコーヒーを淹れようとした絶妙のタイミングだ。鏡の前に立ち自分の姿をチェックする。スーツにネクタイ、顔の手入れよし、髪も問題ない。

入り口の扉が開く。


「お待ちしておりました、どうぞこちらへ」


 来客を応接用ソファーへと誘い、自分も相向かいに座る。来客は推定五十代の男性、上下ジャージを着用。格好だけでは裕福には見えないが、右手首に大層な時計を着けている。左利きか? いやそんなことよりあの時計だ! あの高級時計メーカーの品ではないのか? 生きている間に一度くらいは所有者となってみたいものだ。ふむ、だとするとあまり格好を気にしない資産家といったところか……これはイケる!?


「私が探偵の上原剛也です、あのプロ野球選手と同じ漢字を書きます『た・け・や』です! あれ? 野球はあまりお詳しくありませんせんか? では、説明いたしましょう」


オホン! 咳払いに折角の楽しみを邪魔されてしまった。


「剛也さん、そのお話はまた後日で! お願いします。」

「はい、そうですね」

――いいじゃないか、自己紹介くらい言わせてくれても。


「彼女は助手の」

オッホン! 再び咳払いで私のセリフが中断される。

わたくしは、秘書・ ・の上原椎子(しいこ)と申します。ご依頼者様のご連絡は私が対応いたしますので、お見知りおきを。」

助手もとい秘書は、来客用のコーヒーをテーブルに置き、一礼して私の後ろへと下がった。


「それでは、ご依頼をお話いただけますか?」

「探偵さん! ウチのミヤコがもう三日も帰ってこないんです!! いつもなら、家を出ても次の日には帰ってきていたのに、もう三日ですよ! 三日! どこかで事故にでも巻き込まれたのではないかと心配で、心配で!」

「確かに、それは心配ですね。ミヤコさんの顔がわかるようなお写真などはお持ちですか?」

依頼者から手渡された写真には、真っ白く綺麗な毛をした猫が写っていた。……ミヤコ、ミヤーコ、ミャーゴ。うん、猫だね。しかも名前はダジャレの一種か? 後ろから写真を覗き込み、椎子くんの秘書対応が炸裂する。

「可愛いお嬢さん……心配ですね、すぐにでも探してあげないといけませんね」

秘書対応での援護射撃ありがとう、しかし電話を受けた君はペット探しだと初めからわかっていたよね? どうして先に教えてくれない? 報告も秘書の大事な仕事だろ! 秘書の顔を疑心の目で見たが柔らかな笑顔しか返ってこなかった。


 さて、それでは早速。淹れ直したコーヒーのいい香りが鼻孔をくすぐる、褐色の液体を喉へと流し込む。起き抜けの体に染みるほろ苦さだ! うまい!


「何を呑気にしているんですか? 早く準備をしてください。行きますよ!」


椎子くんは、愛用しているオレンジの斜めがけショルダーバックに必要な荷物を詰め、ロングのダッフルコートを着て、シックな装いで外出の準備を終える。肩から頭に紐を通し、バックを斜めに担ぐ。

 それにしても……寂しいな。なんて不憫だ、とも言いたげな視線を目前の可愛らしい女性の一点に向ける。


「どこ見てるんですか!? セクハラで訴えますよ!」


非難の目もほんのり染まる頬も可愛らしい。

軽装派の自分は、携帯と椎子くんに負けないくらい寂しくやせ細る財布を胸にしまい行動を開始する。


 夏が終わり、外は秋の気配。深まる秋の風に体を震わす。


「とりあえず、あそこの喫茶店で温まりませんか?」


「あなたは一体何の為に外に出てきたんですか? まずは種田さんの所に聞き込みに行きますよ」

あの動物屋敷か……、動物に好かれない俺にとっては地獄なんだよな。


 古き良き趣を残した木造平屋建て。老人は今日も動物達に囲まれ幸せそうだ。中は椎子くんに任せて俺は生垣の外の警備に徹しよう。


「やぁ、椎子ちゃん。またペット探しの依頼かい?」

しわがれた声の主が椎子に話しかけた。


「はい、そうなんです。種田さん、この子を見かけませんでしたか?」

依頼者から預かった写真を見せて、動物屋敷の主に尋ねる椎子、それを外から見守る俺。


「この子なら昨日いたね、トラと一緒に来てたからトラのねぐらに行けば会えるかもしれないね」

さすが! ご近所迷惑もかえりみず動物達を養っているだけのことはあるな! このじいさんはできるじいさんだ! ミヤコちゃん探索隊は有益な情報を得て次なる目的地へ。


 郊外の廃屋、人は住めたもんじゃないが猫達にはちょうどいいのかもしれない。人が寄り付かない場所は動物達の格好の住処と化す。鳥も犬も猫も自由にその廃屋を利用している。またまた俺には難度の高い場所であるワケだが……。この建物を使用しているであろう猫を見つけ後をつけていくと建物のの裏手に来た。適度な形に空いた穴に猫が吸い込まれていく。


「さすがの椎ちゃんも、あそこは通れないね」


「裏口の鍵が空いているので問題ないみたいですよ」

二、三回裏口の取っ手を回すとすんなり開く扉。無機物といえども、もう少し空気を読んでくれくれないものか……カッコ良く扉を蹴破って突入する、タフガイの見せ所だというのに!

 中も廃屋らしい荒れ方だ。隙間という隙間から植物たちが自己主張していて、人類がいなくなった後の世界に取り残された気分にさせてくれる。一部屋過ぎると、これまた何もない空間の広がる部屋に出る。そこはまさに猫達のパラダイス! その中に『一つ』異物が紛れている以外は。


「なんでこんな所にアタッシュケースが? しかもまだ新しい」

この箱の守護者のようにアタッシュケースの上にまるまっている猫。大きい中型犬くらいはある大きさの猫、きっと脇を持って持ち上げると異様にビローンて伸びて長い胴体してるんだろうな。


「剛也さん、ミヤコちゃんいましたよ」

有能な椎子くんはいつの間にか目的の猫をゲージへと収めていた。そして、同じくこの空間に似つかわしくない異様な物に気づく。


「何です? そのアタッシュケースは?」

さぁ? なんだろうね。椎子くんは異物とその上にまるまる猫の前に屈むと、考えてる時のお決まりのポーズ、右手で左手の肘を持ち、左手の親指で下唇を押さえる仕草で考察を始めた。


「とりあえずは中を改めないとダメね。トラさん、お願い! 少しだけそこをどいてください」

猫と同じ目線で、手と手を合わしお願いする。猫は、低い鳴き声を一声響かすとのそりのそりと動いてくれた。


「おお! 椎ちゃんの思いが通じた! まさか、椎ちゃんがこんな特殊能力を隠し持っていたとは!!」

一生懸命な思いなら、動物にだって届くんですよ。サラリとすごいこと言っちゃう椎子くん。ほんと、感服しちゃいます! 

 椎子はアタッシュケースを探り、開こうと試みたが鍵が掛かっており開かず。


「う~ん、とりあえずだけど……警察に連絡してください、こんな所にある時点できっとろくなものじゃないですので」


「とりあえずじゃあ国家権力の犬は動いてくれないよ、それ相応の事態でもないと」

その時、俺達の後方でガタガタと大きな音がした。玄関だろうか? 無理矢理に扉を開け誰かが侵入してきたようだ。


「仕方ないですね、中身が何か直接聞いてみるとしましょう」

椎子くんは俺の背中を押し、中身が判明次第警察に連絡するようにと言い奥へと追いやった。


 踏み込んできた侵入者(俺達も人のことは言えんが)は、椎子くんを視界にとらえると驚きの表情で固まった。


「だ、誰だ、あんた!?」

冷静な表情に腕組をし、仁王立ちで迎える椎子くん。


「あなたこそここで何をしているの? 荷物でも受け取りに来た? 例えば、コレとか?」

体を横にずらしてアタッシュケースを相手に見せる。ヨレヨレのワイシャツに無精ひげの男はとてもわかりやすく表情が変わった。


「これを何処に運ぶよう指示されてるのですか? 公共のゴミ箱? 駅構内? それとも特定の施設?」

男が狼狽えているのが目に見えて分かる。


「何にせよ、この危険物をあなたに渡すわけにはいきません。今ならまだ間に合います、警察に出頭してください」

「うるさい!! あんたには関係ないだろ! 俺には後がねぇんだ、黙ってそいつを渡せ!」

身勝手な男の言い分に椎子の怒りが燃え出す。キッ、と鋭い目つきで男を睨んだ。


「あなた一人がどうなろうとあなたの自由です、しかしその行動が無関係の人まで巻き込む可能性があるのであればそれを見逃すことはできません!」

遠くからサイレンの音がする。意外と早いご到着だ、日本警察も舐めたもんじゃないな! 殺気立った男は、思いも寄らない事態に次に自分が取るべき行動が分からず狼狽する。迷った末、逃亡を図ろうとする男より早く警察が乗り込んできた。二十代前半に見える若い刑事は、毅然とした態度で立っている女と怯えた表情の男を見比べ、迷わず男の身柄を確保した。男は特に抵抗することなくおとなしく警察官に連行されてった。


「爆発物処理班! すぐに作業をお願いします!」

刑事より少し遅れて入ってきた重装備の警官達は手早く爆弾の処理に取り掛かった。


「お嬢ちゃん、怪我はなかったかい?」

若い刑事は椎子と目を合わせるために少しかがみ込んで話しかけた。優しい声のかけ方は子供に話しかける大人の話し方だ。それは間違いなく、椎子くんの怒りに触れた。椎子くんの顔が引きつる。刑事が差し出した慈愛に満ちた手を払いのけ、名刺を刑事の顔の前に掲げ、叫ぶ。


「私は小学生でもなければ子供でもありません! 『上原探偵事務所』所長の上原椎子、二十三歳。ワインとチーズの味が分かる大人です!」


「まぁまぁ、椎ちゃん。刑事さんも悪気があったわけじゃないし、ね? それだけ椎ちゃんが可愛いってことで収めない?」


「叔父さん、仕事中は『所長』と呼んでくださいっていつも言ってますよね?」


「椎ちゃんだって仕事中は『叔父さん』って呼ばない約束だろ」


急に始まった口喧嘩に事態が飲み込めず、二人を交互に見ている刑事。

数分後、この刑事は上原椎子に詫びを入れることとなるのであった。


 この一件以来、刑事が上原椎子を気に入ってしまい、上原探偵事務所に入り浸るようになる。


それはまた、別のお話。





椎子が剛也を呼び出す時、それは事件の始まり。



素行調査に浮気調査、人でもペットでも何でも探します。ご依頼の際は是非『上原探偵事務所』にご連絡ください。


探偵、上原椎子が全力で調査させていただきます。



短編としましたが、内容が全然短編向きじゃないのでなんかバッシバシ編集された話みたいになりました。ただ、主人公(ニートの方ではありません)の可愛さを少しでも理解してもらえればおkな作品です! ということでお願いします。(作者はキャラ推しで話を書くのが好きです)

長編にしてもっとしっかり書きたい気持ちもありますが今のところは無理そうです(´・ω・`)

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