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真・Darker and Darker

掲載日:2012/08/08


『誰か俺を殺してくれ』

もしも、この世に神様がいて願い事を叶えてくれると言うのなら、こう願うだろう。

贅沢ではあるが、殺されるとしたら、女性に殺されたい。

暑苦しい男性が命を奪おうとすれば、俺は殺してしまうかもしれない。

それでは何の解決にもならないのだ。

だから、可憐な女性に痛みを伴わないように殺して欲しいのである。

そうすれば、この殺人衝動を抑えられない俺でも報われるのではないか、と昔から考えている。

そんな休日の昼下がり。



少し過去の話をしよう。

人間は物心のついた頃に見た映像を忘れない、と何かの書で読んだことがある。

例えば、三歳ぐらいの時にヒーロー戦隊を見て、『大きくなったらレンジャーか、仮面ライダーになる!』と、思うのが正常らしい。

しかし、俺は戦隊モノや仮面ライダーや消防車にはなりたくなかった。

小さい頃から、世の中を下に見る癖があった俺は、現実主義者だったので、そんなモノはただの非現実で、実現不可能なのを知っていた。

周りの子供は総じて、愚かな生物だと蔑んでいたし、大人も子供に振り回されていて、ただの役立たずだと思っていた。

随分と幼い時代から心が捻くれていたこの俺にも、唯一興味のあるモノがあった。

ある夏休み、両親は俺が手の掛からない子供であった為、心配もせずに放置して一時間ほど何処かへ行ってしまったことにより、暇を持て余す事態が発生した。

おままごとなど馬鹿馬鹿しいと蔑んでいたので、オモチャは特に欲しくもなかったし、それをわかっていた両親も俺にオモチャを与えなかったのである。

だから、一人で暇になった時、何もすることがなくなってしまったのだ。


捻くれた性格のせいか、友だちは全くと言っていいほど居らず、友だち100人出来るかな、という馬鹿げた歌にも呆れていたので、自ら周りに溶け込もうともしなかったので、基本的に一人で暇を潰すしかなかったのである。

しかし、その当時、友だちがいなかったことで後悔はしていなかったし、無理して作る必要もないだろうと、悟る程度には大人びていた。

一人で広い部屋に置いていかれた訳だが、不自由はしなかったことを今でも憶えている。

変人幼少期であったその当時、まだDVDは普及しておらず、VHSがまだまだ現役でバリバリ活躍していたのである。

親父はホラー映画が好きだった。

当然、俺は幼かったので、ホラー映画が恐ろしく、親父が嬉しそうにこちらを向いて、『ほらー、俺、ホラー映画観ちゃうぞ~』なんて変なダジャレを言えば、拒絶反応を起こし三十分程泣くという現象が完成していたのである。


ホラー映画を見ている間は母親に、絵本を読んでもらう事が多々あった。

数ある絵本の中で、その当時、若いながらも心に刺さった言葉が存在する。

それは、ヒーローが敵に立ち向かうも、弱すぎる故に全く歯が立たないという残念なヒーローのお話の決め台詞だった。


記憶が正しければ、ヒーローは困っている子供を助けようとするが、全く歯が立たず、それでもそれでも敵に立ち向かう姿に子供が同情をし、その子供が諦めを施した時に言う決め台詞であったはずである。


『ねぇねぇ、どうしてそんなにけがをしてもたちあがるの?』

その問いに対して、ヒーローは満身創痍ながらも飛び切りの笑顔で答えるのだ。

『人はきょうふに打ち勝ったとき、強さを手に入れる、だから、俺は何度倒れても、何度負けても、どんなに強く、勝てそうにもない相手であろうが、きょうふには負けないんだ、きょうふに負けてしまったとき、人は死ぬからね』

という台詞を見た時に、俺の今恐怖していることは『ホラー映画』だ、と閃き、いずれ、ホラー映画を克服しなければならない、と若いながらに決心した覚えがある。


しかし、それは一人で克服しなければならないことを分かっていた幼き俺は、親父のいるところではホラー映画に対して立ち向かう行為をしなかった。

いつか来る絶好のチャンスを待っていると、いつの間にか夏休みになってしまっていたのだろう。

そして、夏休みに一人取り残されるという普通に考えれば、軽い事件なのだが、普通ではなかった俺は今こそチャンス、これを逃しては、ホラー映画に勝てまい、と奮起して、いつも親父が見ているVHSに手を伸ばし、ビデオデッキに差し込み、親父のマネをして正座をし、テレビに釘付けになり、長年の好敵手みたいな感じでホラー映画と対面したのである。


いよいよ始まり、最初は怖くて本能で目を逸らしてはいたが、映画が進むにつれ、何故かはわからないが、興味本心でのめり込んで行った。

そして、一番の盛り上がり、恐怖であるおっさんが若い女性を殺すシーンに差し掛かり、そのシーンをまじまじと見つめてしまうのであった。

当時から、こうすれば、人は怒る、こうすれば人は怒らない、こうすれば人は涙を流す、こうすれば人は涙を流さない、こうすれば人は喜ぶ、こうすれば人は喜ばない、こうすれば人は悲しむ、こうすれば人は悲しまないが分かる不思議な子供だったので、人を殺すシーンには大変興味を持っていたのだろう、テレビから目が離せなかった。

母親が料理をしているときに近づいて、このナイフを持っているときは危ないからどこかへ行ってなさい、と教えられたナイフをそのおっさんは若い女性の心臓に向けて一刺しした。


そして、こうすれば、人は死ぬ、とテレビの中の出来事ではあったが、確信したのである。

しかし、母親は怒ると怖かったので、ナイフに触れると怒ることを知っていた俺はナイフにだけは触れなかった。

それでは一生ナイフに触れられない、と考えた俺は、周りの子供たちがおままごとにオモチャのナイフを使っていたことを思い出す。

オモチャのナイフでは先ほどのシーンみたく、赤い何かが出ることはなかったので、危なくないという確証があり、これならイケる! と脳みそをフル活用し、考えた最大の閃きであった。


無事に恐怖を乗り越えた幼き俺は、オモチャのナイフが非常に欲しかった。

こうすればこうなることは分かっていたので、試しに親父にオモチャのナイフと人形が欲しい、と願い出てみたのである。

すると、いつも何も欲しなかったのかが功を制したのか、意図もたやすくオモチャとナイフが手に入ってしまい、これは簡単だな、と味を占めた。

環境が整った俺は、オモチャのナイフでホラー映画さながら、人形をよく刺していた。

力がなかったので、人形には全くのダメージもなく、それに出ると思っていた赤いなにかも全く出なかった。

非常につまらなく、ナイフとオモチャを投げ捨て、それ以降はナイフとオモチャを触ることなく、幼稚園を卒業しても触ることはなかった。



小学生になり、卒業するまで何も起こらなかった。

ナイフとオモチャには興味がなくなり、そんなことどうでもよかったのだろう。

中学生時代には先生が恐ろしく、怒られるという行為が世の中で一番怖かった俺はそれを克服することもなく、平穏に学生生活を過ごし、平穏に中学校を卒業した。

受験をし、高校に通い、普通に高校生活を過ごしていた時、何かの授業で少年法を習ったのである。

徐々にホラー映画のシーンを再現してみたくはなっていたが、『少年法が聞くので、人を殺しても死刑にならない』

というのを知り、人を殺しても意味はないのだな、と悟り、何もしなかった。


高校生になり、普通に過ごす内に、やってはいけないことを覚え、それを純粋に護るようになり、平穏を貫き通す平和な生徒として模範になりつつあった。

が、しかし、人間の性というモノはどうやっても抑えられないらしく、抑えれば抑えるほどにやりたくなっていく自分が心の中で暴れ始めていたのである。

ある日、母親に聞いてみた。

『人を殺すのは、どうしていけないことなの? だって、テレビではおっさんが平然と若い女性を殺していたよ? あれはいけないことなの?』

そうすると、母親は宥めるように諭した。

『そうよ、あれはいけないことなの。法律というモノがあってね、人を殺すと、死刑になって、地獄に落ちきゃいけないの』

『でも、少年法では死刑にならないって聞いたよ?』

と反論すると、母親はまたまた諭した。

『確かに、少年法に護られるけれども、やってはいけないことなのよ』

『ふーん、少年法ってすごいんだねー』

母親は諭したつもりだったろうが、むしろ、それは逆効果であった。

人を殺せば、死刑になる、しかし、少年法に護られている内は死刑にならない、というのが特別な感じを示しており、憧れるようになった。

高校生の俺は、じゃあ、少年法に護られなくなれば、死刑になるのだな、と思い知り、それなら、護られている間の高校生活をエンジョイしようと頑張った。

ある夏休み、テレビで自殺のニュースが流れた。

『高校生の男子が自らの首を切り、自殺』

自殺というモノが何かよく知らなかった俺は母親に質問をしてみたのである。

『ねえ、ねえ、自殺ってどういうモノなの? もし、僕が自殺したらお母さんは悲しむ?』

再度、母親は諭した。今思い出すと、よく諭す母親である。

『当たり前よ、自分で命を絶つなんてしてはいけないモノなの』

それも逆効果であり、今度は自殺について興味が湧いたのであった。


高校生であり、幼稚園児ではなくなった俺は、ナイフを触っても怒られることはなかったが、突然ナイフを触るものだから、変な目で見られることはあった。

そして、家で一人になったとき、ニュースでやっていたように、首にナイフを当てようとしてみた。

どんどん近づける内に、死を確信し、それが怖くなって仕方がなかった俺は少し当たったところでナイフから手を放した。

ニュースで自殺した高校生はよくこの恐怖を物ともとせず、首を裂いたな、と尊敬した記憶がある。

それと同時にこの恐怖は乗り越える必要がないな、と悟ったのだ。


自殺は恐ろしい、と覚えた俺は、それからナイフを触るとナイフは人を傷つける、と先行してしまい、自分も傷つけてしまう、と思うようになり、それがあまりにも怖いので、ナイフに触れることはなくなった。

ナイフに触れることなく、無事に大学受験を終えた俺は、目立つこともなく、少年法に護られない歳を迎えた。



成人した時に、人を複数殺して死刑になった男のニュースを見たのである。

その際に、死刑になる手っ取り早い方法は人を複数殺すこと、と知った俺は何だか面倒臭くなり、人を殺すシーンを再現する気も起きないまま、大学生活を平穏に過ごしていた。

サークルに入っていたが、人との繋がりが昔から面倒臭く、好まない俺は、合コンとかいう女性とわちゃわちゃする行事にも参加しなかった。

最初の頃はそれでも、何度か誘われていたが、毎回断っていたら、話しかけられなくなってしまった。

サークルをよく知らなかったので、興味本位で参加したが、開けてみれば何一つ面白くなかったことに失望した一回生の夏である。

失望してから大学生活に興味がなくなり、そのまま就職するまで何も起こらず、卒業を迎え、無難に就職をした。



歳を取るにつれ、殺人衝動が増していくスパイラルであった。

ホラー映画を見てから既に二十年が経っていた。

なのに、まだ再現出来ていない。

その反動か、一人暮らしをしているのだが、部屋にある人形は全て殲滅状態である。

綿が無法地帯、原形も留めておらず、それを片付けてもいないからこの部屋に人を招く事は不可能であろう。

まさに無惨の極み也、と言ったようなところか。

この部屋が気持ちを深遠に落とし、殺人衝動だけが地上に上がってくる要因なのである。

風呂には入っているが、最近衝動を抑えられず、髪を掻き毟る癖がついてしまったので、ぐっしゃぐしゃを極めてしまった感じで落ち着いている。

初出勤になるのだが、スーツは清潔だし、何も問題なかろう。

よし、時間も間に合う。電車に乗らなければならないから、急ぐとしよう。




記憶が正しければ、二十三歳の夏。

仕事も慣れて、髪形は衝動が一層ひどくなり、ぐっしゃぐしゃのままではあるが、上司に好かれたのか、合コンに誘われたのである。

これは好機だと思い、本来なら群れるような場所は大の苦手なのだが、見知らぬ女性がわんさか揃うと聞いて、断る必要性が皆無だったので思い切って参加してみることにした。


会場に着いたのはいいが、長年の願いであった殺人を実現可能になったので、自然と顔が綻んでしまっていた。

傍から見れば、変人そのものである。

前に座った女性と仲良くなり、部屋に誘い、そこで殺そう。

そう、誰でもよかったのである。

二十年前から、再現したかった殺人のシーンがやっと手に届きそうで、それどころではなかった。



名は奈緒美さんと言った。

しかし、名前などどうでもよい。

歳は二十五と言った。

しかし、年齢などどうでもよい。

好きなタイプは優しい男性と言った。

しかし、好きなタイプなどどうでもよい。

趣味は音楽を聴くことと言った。

しかし、何を聴こうがどうでもよい。

デートをするなら遊園地がいいと言った。

しかし、どこでデートをしようがどうでもよい。


心の中で『殺人』の二文字が狂喜乱舞し、それどころではなかったのである。

今すぐにでも殺してしまいたかったが、いくら何でもTPOは弁えるのがマナーであるからな。

相槌を打ち、無難な言葉を返していくだけのルーティーンワーク。

この数時間で次へと繋げなければならないので、少しは喰いつく。

要所要所を突いていけば、何とかなるに違いないと踏んでいたので、要所要所をしっかりと、突いていった。

常に笑顔を装えば、好印象を与えるという事前調査をしてきたので、常に笑顔で応対をすると、相手も楽しそうであった。

距離を徐々に詰めて行こうと目論んでいたが、心が躍る今、それはただの地獄に過ぎない。

恐怖を乗り切るのが人間だと二十年以上前に弱気ヒーローから教わった覚えはあるけれども、地獄を乗り切れ、とは教わっていない。



計画通りに事を進めるのが得意である俺は、合コンを終えて電車で帰り、自室で女性と飲むところまでは託けた。

電車が脱線しなければ、確実に成功するルートではあるだろう。

二駅ほど乗れば、我が家に着く。


二駅乗って、北口から徒歩三分か四分か五分のところに俺の住むアパートがある。

電車内でどうでもいい世間話をし、駅を出てどうでもいい世間話をし、笑顔を忘れずに歩いていると、目的地が見えてきた。

そこが俺の部屋、と紹介して、扉を開けようと思ったが、全く掃除をしていないことに気が付いたのは遅すぎる事態であった。

一応、釘を刺しておこう。

「部屋すごい汚いけど、引かないでね」

汚いというよりも殺伐、それでいて無惨の方が正しい気はするのだが、一旦、忘れよう。

「部屋が汚いぐらい、どうってことないよ」

彼女は屈託のない笑みを強烈な眩しさと共にぶつけて来た。時に、純粋は凶器である。

畏れ慄いて驚異的なスピードを記録し、部屋を去る光景は一応、用意しておこう。



最後にもう一度釘を刺して、パンドラの箱を開ける。

「想像を絶すると思うけれど、掃除するの忘れていただけだから」

「忘れちゃうことはよくあるから、仕方ないよ」

すかさず飛び切りの笑顔をこちらに向けてくる彼女は聖母のような存在である。

しかし、聖母であろうが、殺害のターゲットには変わりない。

むしろ、これほどまで性格の良いと、今すぐにでも絶望の淵へと誘い込み、惨殺してやりたいぐらいだ。

焦りは禁物。

この言葉を心に刻む。

殺し急いで、殺せなかった、など言語道断。

計画的に事を進めて、細心の注意を払い、実行するのだ。

でなければ、長年の夢が叶わないではないか!

その歳月、数えるに二十年。

最大の好機を逃がす訳にはいかない、これを失うと、次へと繋げるのは不可能であろう。

だから、しっかりと、人を殺すという行為を至極全うにやり遂げる。


「なんだこれ!」

脳内を落ち着かせて、現実へと戻ると、彼女は驚いていた。

無理もない。

『無惨』の一言で片付けられるような部屋を瞬時に受け入れる人間の方が可笑しかろう。

それでは、二十年の思いをぶつけるに値しない。


「クマの人形をこんなにするなんてヒドイ! かわいそうだよ!」

どこかがズレているのかもしれない。

「ちゃんと縫ってあげなきゃ!」

どこがズレているのであろう。

「裁縫セットとかある? 今すぐに直すからあれば頂戴!」

どう考えてもどこかズレている。



「部屋はいいよ、そこに座って。お茶でも入れるからゆっくりと話をしよう」

まるで赤子を扱うかのように、優しく諭す。

「いいの!? 君がいいって言うのなら、気にしないけど」

「今度、ちゃんと人様を上げられるように掃除しておくから、いいよ」

常に笑顔を心がけ、相手と目線を合わせ、優しく諭す。


すると、彼女は落ち着いて、用意した座布団の上に、ちょこんと座った。

湯飲みを二つ置き、俺も座った。

彼女はこちらを見つめ、口を開いた。

「君のことをよく知りたいな」

何を知りたいのかは知らないし、興味もないが、この問い掛けには答えなければなるまい。

「話せば長くなるけれども、大丈夫?」

もはや、釘を刺すのは恒例行事。

「いっぱい話を聞きたいから、いいよ」

飛び切りの笑顔で返答するのも恒例の行為。


「何の話をしようかね、うん。根底にある、闇の話をしよう」

俺を語るには欠かせない、心の闇の話である。

「簡単に言ってしまえば、俺は寂しかった。何が寂しかったって、人を愛するという行為が欠如しているから、心から冷たい人間になってしまったのだ。

周りの人間は、全てが愚民に見えていたし、群れることが嫌いだった俺は、全く友だちが出来ずにいた。

小学校から今の今まで、友だちが出来たことなんてなく、俺は孤独を極めて、自然と周りを遮断していたんだと思う。

一人で何でも出来る子供であったし、一人でも苦じゃなかった子供だったから、その当時は何も考えずに平穏な生活を過ごしすぎていたのかもしれない。

年月を重ねるに連れ、孤独が押し寄せてきたのは否めない。

孤独という意識を消し去る為に、それと平行し、俺の心の闇は育っていたのだろう。

深い深い、闇は順調に育ち、抑えられなくなってしまった。

幼い頃に、ホラー映画を見て、憧れたのが殺人である。

人の性を誰も咎められないのと一緒で、俺が持つ殺人衝動を止められる人間は、理性を外してしまえば、神でも止められないのであった。

大学生になった頃、サークルを遮断し、とてつもなく暇になった時期を迎えた。

暇な時間を無駄にするのは嫌いな性分な故、考えごとばかりしていたんだ。

愛というテーマは非常に深く、面白い事例で、考えごとが捗ったのだろう。

日々、何が愛なのか、何が愛でないのかばかりを追求している俺が存在していたのである。

何がなんだか分からなくなり、愛という言葉がゲシュタルト崩壊してしまった。

そして、斬新なテーマを欲することで打開策を見出そうとしていた。

『殺人』と『愛』を結びつけることは可能なのか、不可能なのか。

このテーマがアタマに思い浮かんだ時、景色が変わり、停滞していた脳内も活発化し、全てが捗ったのである。

『人を愛する』と『人を愛しすぎる故に、独占したくなり殺してしまう』を結びつけたのは非常に活気的であった。

そうすると、『人を愛することは人を殺すことである』という結論に辿り着く。

愛した女性の絶望を手に入れることは、全てを手に入れたようなモノである。

人は油断した時、死を意味する、という言葉を見たことがあるが、偉大な先人が言うのならば、そうなのだろう。

大学での暇な期間、悩み苦しんだ答を今ここで、実行させてもらおう。

何の罪もないし、嫌いになった訳でもないけれども、君を殺して、二十数年を捨て、光ある新しい人生をスタートさせる。

何遍も言おう、俺は君を愛した、故に殺してしまう。さようなら、Good-Bye 愛した人よ」


愛を知らなかった俺にはこの手段でしか、愛を確かめられない。

愛を知らなかったのは俺のせいではないし、教えられなかったのだから、仕方あるまい。

恨むなら、運命を恨め。

偶然、引き合わせた相手が狂人であったことを呪え。

そういう星の下に生まれた自分を、憎むが良い。




絶望の表情を肴に酒が飲めそうなぐらいに、最高であった。

これが、この感覚が殺し、か。

未だに手は感動のあまり、震えている。

アタマは冴えている。

今、何かを問いかけられたら即座に反応が出来そうな程度には冴えている。

ポケットから煙草を取り出し、火を灯し、吸う。

口から吐いた煙はもくもくと天井へと上がって行く。

心と体を落ち着かせ、事態を把握する。

ふむ、死体が転がっているな。



「そうか、俺が殺したのか」

いつになく冷静であったし、戸惑うこともなかった。思っていたよりは、感動しないモノだな、としか思わなかった。

これが、初めて犯した殺人の詳細である。

そして、ここから新しい人生がスタートした。

朝日とともに、鮮烈な殺人衝動を抑えつつ、俺は生きてきた。

それから、五年が経つ。

ちょうど、今日で初めて犯した殺人から、五年。




いつの間にか二十八歳になっていた。

まだまだ昔のことは鮮明に思い出せる程度に、若い。

俺は行為に至る前、必ず初心を忘れないよう、五年前の殺害を思い出すことにしている。

あれから色々と試したが、もっともしっくり来る方法は、首を手で絞める。

一番温もりを感じられる方法であるし、冷たくなるのが手に取って分かる方法だから、これが原点であり、頂点だろう。

人形を跡形もなく破壊することはしておらず、現在は一人殺害する毎にオブジェを作るのに嵌っている。

作品にその彼女の名前をつければ、創作意欲が湧いて来るのだ。

作れば作る程、特徴的な形になり、センスも磨かれ、不思議な魅力を放つようになって、今では全ての作品を平等に愛している。

最初の頃は、偏った愛情だったが、増えていくにつれて、全てを愛することが可能になった。

一人殺す毎に、その体からどこか一部分を切り取り、オブジェにつけている。

常に新鮮な状態を保つよう、手入れは怠らない。どんなに忙しかろうが、手入れだけは怠らない。でなければ、状態が悪くなってしまう。

愛を具現化したこのオブジェだけは何があっても死守するだろう。それだけは神に誓ってもいい。

現在、九十九個あり、次で記念すべき百個目である。



そして、今日はその記念すべき日である。

彼女を待っている間、シミュレーションをしていた。

どうすれば、殺せるのか。

油断させれば、簡単に殺すことが可能だ。

そこまでの流れを何回も脳内で繰り返し続け、準備を終えて、インターホンが鳴るのを待っている。

耳を澄ませば、ヒールが地面を蹴る音が聴こえる。

気持ちのいいリズムで地面を蹴るのは彼女ぐらいであろう。

昂る心を抑え、悪意を悟られないように静を貫く。

これが、非常にムツカシイ。



インターホンが鳴り、聞き覚えのある声がし、小窓から彼女を確認し、招き入れる。

五年前とは違い、床はとてつもなく綺麗なので、何も驚かれない。

あの反応を楽しんでいたところがあるので、これはこれでなんだか寂しいモノだな。


彼女は靴を脱いで、畳に足を踏み入れた。

辺りを見回し、ある場所で視線を固定した。

固定したまま、彼女は俺に見向きもせず、話しかけた。

「ねえ、あれなんなの?」

人の芸術に指差してあれ呼ばわりとはひどいじゃないか。

大人である俺は、芸術をあれ呼ばわりされたぐらいでは憤慨しない。

「ん、それは俺の唯一の趣味だよ、ただのオブジェさ」

ちょっと落ち込んでいるので、そっけない態度を取ってやった。

「ふーん、なんだか悪趣味だね」

彼女はこちらに見向きもせず、悪趣味と吐き捨てた。

なんとまあ、ひどいことを仰る。

大人である俺は、丹精込めた芸術品を悪趣味と斬り捨てられても憤慨などしない。断じて、しないのだ!

「趣味は色々あるじゃないの、そんなに変かな?」

「変、すごく変……で、このネームプレートはなんか意味あるの?」

なるほど、鋭い。

ううむ、妙だな。もしや、鋭いのではなく、彼女は何かを知っているな?

それは、流石に考え過ぎだろうか?

念には念を、の精神でやって来たはずではないのか。芸術を貶されたことで動揺でもしていたのか、俺!

考えろ、考えろ、考えろ。脳みそをフル回転させるんだ、脳みそを。

一から整理しよう。

今までの女性で、あのオブジェにここまで喰い付いて来るのは存在しなかった。

それをどう捉えるかが鍵である。ただの無関心なのか、それとも好奇心なのか。

困ったことに、その両方でない場合はどうする。

鋭い彼女ならば、俺が何をしている人間か気が付いている可能性がある。

常に二手三手前を見据えていたし、その可能性は大いにあり得る。

だとしても、そこで問題が発生するであろう。

どういう動機で突き止めたか、だ。ただの正義の味方か? ただの慈善事業か?

探偵でも雇ったのか? いいや、俺は疑われるような動きは一切して来なかったはずだ。だから、五年も捕まらずにいるのだし。

それでは、ただの偶然か?

それならいいのだが、簡単に終わりそうな気配がしないのが気になる。


重要なモノを見落としていないか、それを考えろ。

彼女はずっとオブジェのことを気にしていた。

最後にネームプレートを見ていたな、確か。

ネームプレートを見ることに何の意味がある、それを考えよう。

俺の趣味で、殺した女性の名を付けてはいるが、何か意味があるのか。

確か彼女は初めて作ったオブジェをまじまじと見ていた。

パズルが揃った感じがしてしまった。ふむ、そうか、それは困る。非常に困るぞ。

最悪の結論を導き出したが、そうなってしまうと、俺は死にかねん。

百人を達成してから死のうと考えていたのに、その前に殺されるのは勘弁である!



違う可能性はない訳じゃないので、発破をかけてみよう。

「ねえ、もしかして、俺を殺そうとしてる?」

直球過ぎたか。

彼女はその目を赤くし、泣いていた。

無言のまま、最初に作ったオブジェを指差し、鞄から何かを取り出し、それを向けた。

何かの正体はリボルバーであり、刹那、オブジェを貫く音が部屋に響いた。

「おいおい、俺の芸術作品を傷つけないでくれるかい」

彼女は睨んだ。

そして、口を開いた。

「単なる偶然で、親友を殺した犯人を見つけられるとは思わなかったし、見つけたくなかった」

「ふむ、やはり、そうか」

この状況で俺に勝ち目はあるか、答は簡単だ――――ある訳がない。

ナイフは銃より強し、という諺を聞いたことがあるかね? いいや、俺はないね。


「単刀直入に質問をしよう。君は、俺を殺すのか?」

彼女は無言になった。

「それでは、続けよう。確かに俺は君の親友を殺した。それを否定する必要はないし、むしろ、感謝している。

君の親友と出会ってなければ、百人近くの女性を殺すことも出来なかったからね。

感謝をしているし、これからも殺人はやめない。俺の人生は殺人によって華を添えられているのだから」

彼女は震えるだけで、言葉を発しない。

「そもそも、復讐なんて馬鹿げたことやめた方がいいよ。

もしも、俺を殺したとする。したところで、何も解決しないじゃないか。

何を生むっていうのかね、復讐から! 君は罪悪感を背負って生きなければならなくなる、それだけはやめた方がいい。それかすぐに自首するべきだ。

女性を九十九人殺した男を殺した英雄と囃し立てられるかもしれないけれども、人を殺せば俺と同じムジナになってしまうぞ! それでもいいのか。

それでもいいという覚悟があるのなら!

今すぐに俺の心臓を打ち抜くがいい!

元々、この世に未練などなかった身。いつ死のうがそれは俺の勝手よ」

彼女は銃を構えた。

俺へと向けているが、引き金を引く指は震えている。



「覚悟があるのか。さあ、俺は近づいた!

ここが心臓だ、思いっきり打ち抜いて見せろ。

でなければ、俺は今すぐに君をぶち殺す! そうさ、親友のようにな!」

彼女の目付きが変わった。

「それは、最期の言葉と受け取ってよろしいのね?

私はアナタのことが好きでした、でも、愛より憎悪が勝ってしまったの。

この引き金を引けば全ては終わる、さようなら、Good-Bye 愛した人よ」






彼女は引き金を引いた。

銃声が鳴り響く。

心臓を打ち抜かれ、意識が遠のく。

俺は――――死ぬ。

さようなら、Good-Bye 愛した人生よ。



非常に疲れましたが、前置き長いかも。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心情描写が細かく、登場人物の視点が非常にわかりやすかった [一言] 久々につるさんの小説を拝読させていただきました。 やっぱりすごくうまいなあ、と感じましたね。
2012/08/10 13:49 退会済み
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