一 クズニート路頭に迷う
テーマ:ニートが就職して生活していく物語
小野原愁哉さんに捧げる
「ビールを買ってきてくれ。お前もそろそろ外に出ないか。ゲームに打ち込む時間があるなら、人と会って、ちゃんと話をする訓練位したらどうだ」
父一郎が厳かに言った。言葉をかけられた哲郎は一瞬、顔を歪めた。一郎は哲郎の父親である。この家において、父親の言うことは絶対である。だが。だが、と哲郎は否定した。俺のことなど、お前に解るか。ゲームは自分の人生の縮図なのだ。だからゲームをやめるわけにはいかない。さらに自分はこれから自室に篭ってネットゲームをやるんだ。だから行けない。口が裂けても言えなかった。
二月の寒空の下、哲郎はコンビニへと歩いていった。
哲郎は世間一般で言うところの、ニートである。働けない。働く気が起きないのだ。うつ病とかそんな立派なものではない。ただやる気が無い。それだけだ。働くことに何の意義がある。生きるためには確かに食べる、寝る、その二つの欲求を満たす必要がある。さらに細分化された欲求は、ITが主流となる現代社会において、ネットをやること、ネットゲームで楽しむことに区分される。逆に言えばただその欲求さえ満たされていれば、別に働く必要はない。哲郎はニートになって五年である。引きこもりになってからはそれ以上の年月が経っていた。筋金入りのニートであった。
コンビニは二十四時間営業。夜半を過ぎた頃だとしても開いている。
レジのかごを持って、真っ直ぐとビールのある冷蔵庫の前まで移動する。父親の大好きな銘柄のビールを手に取る。エビスとローマ字で書かれてある。それを五、六本かごに放り込む。それから、直ぐ後ろに位置するつまみ用の商品棚に振り向く。ナッツやチーカマ、裂きイカなどのおつまみ類をいくつかかごに入れる。そのままレジに持って行く。今の時間、来客自体少ないのでレジはがらがらだった。レジの店員が哲郎の顔を一瞥すると、商品のバーコードを読み取っていった。哲郎は二十歳を過ぎているから買うのに何の問題も無い。便利な世の中になったものだ。
「一応、念のため身分証を提示してもらえますか?」
びっくりした。何のことか一瞬判断つかなかった。暫瞬、カード入れから運転免許証を取り出した。こんなこともあろうかと、父親から強制されて取得させられたものだ。十八歳の夏を無駄にしたいい思い出だ。
帰り道、星がきれいだとネオンで見えもしない星を探したりしながら歩いていると、前方から何かが弾ける音が聞こえた。暫瞬、鈍く轟くような音が響いた。それが爆発音だということに気づいたのは、現場に駆けつけた時だった。
「な! 家が、跡形も無くなってる……!」
哲郎が全てを失った瞬間だった。
「親父……、おやじぃぃぃぃ!」
哲郎の頬には自然と涙が流れていた。意識して流したものではない。無意識のうちに落ちていった涙滴だ。哲郎は自分でも驚いていた。涙なんて流せるものなのか。最近では極端に接触を断っていた家族、その死に対して涙を流すなんて。しかし、その流す涙の重さが家族の繋がりだった事を知った哲郎は、自身の無力を感じ脱力した。
翌日。警察の張った黄色いテープが張り巡らされていたが、死んだ四人の家族である事を告げると、すんなりと通してくれた。哲郎は警察ではないので、焼け跡からは何も解らない。鑑識が作業している横で、呆然と佇んでいるだけだ。
「………………。あれ? 何だ?」
哲郎がそれに気づいたのは、ほんの偶然だった。土中にせんべいの缶が埋まっていたのだ。それだけは無傷のようだった。どうやら土に埋められていたお陰で、表面爆破からは逃れられたようだった。哲郎はすぐさま飛びついた。何か、遺書めいたものが入っていないか、と思ったのだ。
考えてみたら父親が急に自分に用事を言い渡すなんて、おかしいと思った。確かに、父は絶対主権者の頑固者だが、ビールぐらいなら自分で買いに行く。それを、引きこもりの自分に言い渡したのだ。何かないか、と思わざるを得ない。
案の定、箱の中身はキャッシュカードに銀行の預金通帳、土地の権利書、それから保険証券まで入っていた。生命保険のあれだ。見ると父を筆頭に母も姉も家族全員が入っていた。恐らく受け取りは相当な額になるだろう。これを自分に残すために事故に巻き込まれたのか? それにしては話が巧すぎる。その時、出てきた遺書があった。「哲郎、お前だけでも生きてくれ。お前に遺産をすべて残す。これで自立してくれ。俺たちが死んだことには触れないでくれ。やつらには注意するように」
「やつらって何だよ!」
哲郎のその叫び声に反応したのか、警察官が駆けつけてきた。
「何か見つけたのですか?」
ここで素直に提出すれば、没収されるのは目に見えている。だが、家族の遺品なのだからかえってくる確率もある。哲郎はそれを、警察を信じてみることにした。
「遺言状か……」
警察も不審な顔色を浮かべながら受け取り、鑑識が袋につめていった。
「こりゃ、自殺で決定だな」
警察の無責任な断定の言葉が哲郎の耳に聞こえてきた。それは小さな独り言だった。だが、哲郎の耳には確かに届いていて、それを許容する寛容さを持ち合わせていなかった。
「か、勝手に自殺って決め付けるな!」
なけなしの勇気だった。それを否定する警察。
「すいません。けれど、遺書がある以上は自殺と見て間違いないでしょう」
論より証拠。遺書がある以上は自殺以外のものではない。暗にそう言っていた。
「自殺なんて……自殺なんて……あの、親父が…………」
そう言って涙を浮かべる哲郎に、あることが脳裏を過ぎった。
「もしかして、親父のやつ、俺を逃がすために? そのために、あんな……」
涙が自然と溢れて海になりそうだった。今となってはもう遅いが、哲郎にとって父親とは憎くても憎み切れない存在だった。
「親父ぃ」
哲郎は後悔した。今まで父母、それから姉や兄にも辛く当たってきた。気分の悪い時など、家庭内暴力をすることもあった。引き篭もってからは、彼らと顔を合わせることもなくなっていた。人と接することが怖い。そう言って、食事を運んでくる母親以外には誰も信じることが出来なかった。食事は常に扉の外においてあるものを食べた。家族が、他人が怖かった。しかし、それ以上に愛してもいた。しかし、両親と兄弟に嫌われるのが怖かったのだ。それが、父親が自分を残そうとするなんて。その時になってようやく、家族たちの愛を感じた。哲郎の目からは涙が溢れていた。彼は静かに泣いていた。
ちょこっと様子見投稿。その内続き投稿するかもね。
現在三章執筆中。