プロローグ
プロローグ
ごめん。マジで悪いと思ってる! でも私も仕方なしに送ったわけで。許して!
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「素戔嗚尊よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける」
やくもたつ 出雲八重垣いづもやへがき 妻つまごみに 八重垣つくる その八重垣を
そこに人あり。三十三の天皇、古事記に記されたり。神々のそのまた昔、古事記に始まる歌詠みの、はじまりの歌は須佐之男なり。須佐之男は海神、嵐神、農耕神の三の神を司る。
其の者、質より出てて、神宮二十四社のことわりなり。歌は十人といろの個々性を持つ。
誕生し今、古事記は完成した。其の、なんと美しきことか。
其は何は神宮二十四社の神になるのか?
例えば無になり、二十まで生きて、其を成人と呼ぶように。
我はぞ事に願う。次世こそ安定なり、次世こそは安定なり。
http://××××××
放課後の教室で、女子生徒たちがわいわいきゃあきゃあとなにかを騒ぎ立てている。
授業中は居眠り三昧の彼も、さすがの騒がしさに目をぱちりとこじ開けて、騒がしさの元凶を一瞥し、くあっとあくびをかみ殺した。優しげな面差しをやや歪ませながら、眠たそうなまなこをぱちぱちとしばたたかせる。
「なにしてんの?」
「天野には関係ないじゃん」
「あるし。安眠妨害」
「授業中ずっと寝てたくせによく言うわ」
あきれつつ、女子生徒がスマホの画面を彼――天野武弘に向かって差し出した。
「なになに……」
書かれた文字を読み上げて、武弘は眉間にしわを寄せて渋い顔をした。
呪いのビデオ、ならぬ、呪いのメールである。今時メールなんて使うものも減ってきたというのに、人の悪意はいつの時代も古臭い。
武弘も呪いのビデオのことはよく知っている。母親や父親からよく聞かされてきたことで、昔流行ったフィクションである。
それに、先日、友人の彼女が呪いのメールを受け取ったからと、武弘のところにもそのメールが回ってきたばかりだった。
呪いのビデオよろしく、十三人の人間にこの呪いの文を見せると助かるらしい。
友人からすれば、彼女を助けたい一心で武弘のアドレスを彼女に教えたのだろうが、武弘としては、長年の友達のアドレスをこうもあっさりと彼女に教える友人の軽薄さに苦笑したものである。
その、今時に似つかわしくないメールを見て、女子生徒たちはきゃあきゃあと盛り上がり、さて次はだれに回すか、だれだれちゃんはもうもらっていたとか、だれだれちゃんは嫌いだから送っちゃおうとか、そんな、他愛ない時間のはずだった。
「……ん?」
女子生徒が盛り上がるさなか、武弘はとあることに気づいた。
「ねえ、もう一回見せてもらえる?」
「なに。天野しつこいよ?」
「あ。じゃあ、俺にもその不幸のメール送っていいよ」
「そういうことならオッケー。助かる」
武弘としては、呪いのメールなんて信じていないのだから、それを送ってこられてもなんら不都合はない。
本当ならば、女子生徒にもう一度メールを見せてもらえたらよかったのだが、女子生徒の面倒そうな態度に、武弘はやや気後れした。結果、呪いのメールを送ってくれ、などと、普通の人間からすれば、『少しずれてる』言葉を投げた。
「さて、帰るか」
一日中、朝から晩まで武弘は授業をまじめに受けたことはない。なぜなら武弘にとって勉強はどうでもいいこと、人生の一時、ほんの一瞬だけの付き合いの、なんでもない日常の一コマだからだ。
武弘は勉強に興味がない。だけれど、進学先は既に合格を得ている。武弘の将来の夢は、調理人。コック。だから武弘は、勉強に意味を見出せず、ただなんとなく、毎日を過ごしていた。
家に帰り着く頃に、程よく先ほどの女子生徒からのメールが届く。
「お、来た来た」
メールを開く。昨今はメールなんてクーポンかメルマガか、詐欺しか送られてこないというのに、不幸のメールはごみ箱に捨てずに大事に読み込むなんて、人間は物好きだ。
「やっぱり。俺ん時はURLなんてなかったよな」
武弘が気になったのは、文末のURLである。これがもし、ウイルスかなにかのアドレスだとしたら、武弘のスマホは、いや。武弘とつながるすべての人間に迷惑がかかる。
しかし、スマホにはセキュリティソフトを入れてある。いくらなんでも、呪いのメールにそんなウイルスが仕込んであるとも思えない。URLもいたって普通の文字列である。ありがちな、動画サイトのそれだ。
「少しくらいなら……」
普段なら、こんな冒険はしない。危ない橋なんて渡るのはごめんだ。武弘は安定を第一に生きてきた。今の高校だってそこそこの偏差値で、授業さえ出ていれば単位はもらえる。ただし、テストの出来によっては留年を言い渡されるらしいが、武弘が知る限り、留年した生徒を見たことがない。
だが今日の武弘はいつもとは違った。どうしてもこのURLが気になって仕方がない。しかし念には念を、武弘は試しにリンクアドレスを慎重にコピーして、検索をかける。
「……なになに? エラー画面が表示される? なにも表示されない? 真っ暗な画面が出る?」
武弘の他にも同じようにURLを覗き見た人間が多数いるようだ。だがどのクチコミでもなんの解決にも至らない。ただの悪戯のURL、少なくともウイルスではないようだ。
とはいえ、不穏なことに変わりはない。武弘は少しだけ迷ったが、好奇心にはかなわなかった。
震える指でURLをタップする。
「……! なん……?」
しかし、エラー画面が表示されるのみで、そこにはなにもなかった。ふうっと息を吐き出して、武弘はごろんとベッドに横になる。
「なんだよ、子供だまし」
だが、ここで思い出したのは呪いのメールの最初の文である。単なる呪いのメールであれば必要ないだろうに。もしかすると、この文章がなんらかの暗号をなしているのでは。
武弘は起き上がり、今一度スマホの画面をにらむように見る。
「……三十一……? URLの最後にその文字を加える?」
呪いのメールの最初に記載された数字に違和感を覚えた。もしそれがなんらかの意味を持っていたら。もしそれが、暗号だったら。
そう安易に考えて、しかし武弘はスマホをベッドに投げ捨てた。ばかばかしい。なにが暗号だ。
武弘はふっと息を吐いて、一階のキッチンへと駆け下りていく。武雄の料理好きは、ひとえに両親が共働きだからだ。幼いころから料理にいそしんできた武弘にとって、調理の道を志すことはごく自然なことであった。
悶々とする夜に限って、睡魔が訪れることはない。武弘は結局、ほとんど睡眠をとらぬままに翌朝を迎えた。
学校に向かう途中も、考えるのはあの呪いのメールのことばかりだ。三十一とあのURL。
あのメールに書かれていた数字だ。呪いのメールに、なぜ古事記が使われている。しかも、最初の一文だけが、異種だ。
結局、学校についても武弘は居眠りすることを忘れて、授業中にまた、あのURLを打ち込んだ。末尾に三十一の数字を付け加えて。
「よし」
震える指でタップする。昨日とは違い、ちゃんと『繋がった』
『パスワードをご入力ください』
ビンゴだ。武弘の鼓動が速まっていく。パスワード、パスワード。武弘は思い出す。呪いのメールに書かれた和歌、それがいの一番に頭に浮かんで、須佐之男(susanoo)と打ち込んだ。画面が切り替わる。心臓が耳から飛び出んばかりに脈打つのがわかった。
『♪』
いきなり流れた音楽に、慌ててイヤホンをオンにする。武弘は周りをうかがいながらもスマホの画面から目を離せない。音を聞かれたかもしれないという心配よりも、その動画に釘付けで、武弘はどっどっど、はやる心臓を抑えることができない。
『おやおやおや』
男の声だ。いや、男なのかすらわからない。よくあるボイスチェンジャーを通した声だったからだ。その声が、武弘のスマホ――動画を撮っているカメラに向かって話しかける。
動画はどこかの建物の中を映しており、そこには男の足と女の子の足が映りこんでいる。人の顔は一切見えない。
背後には時計やがれきが積み重なり、どうやらそこは使われていないなにかの建物のようだった。
『君はここにたどり着ける――』
『た、助け――』
プツン!
「うわあ!」
思わず武弘はスマホを投げ出していた。クラスメイトが武弘に注目する。昼休みとはいえ、教室で試したのがよくなかった。しかし武弘はそれどころじゃない。
男の声にかぶさって聞こえたのは、若い女の声だった。なんなんだ、今のは。なんなんだ、これは。
「天野~? 珍しく起きてると思ったらなんだなんだ?」
「え、いや……」
「ってことで。天野。次の数式、お前が解けな」
げらげらとクラス中が笑いに包まれる。しかし武弘は笑えなかった。もしかすると、これは本当になにかの暗号なのかもしれない。これは誰かのメッセージなのかもしれない。
だとしたら、早く警察に知らせなければ。数学の式なんて解いている場合じゃない。
「せ、先生、俺、早退……」
「また仮病か?」
「いや、ひとの命が」
「そうやってオマエはさぼってばかりで。進路決まったからって、出席日数足りなければ留年だからな?」
普段の行いが裏目に出る。武弘は結局、学校を早退することができなかった。




