第5話 怪物
先の件で、飯の量と頻度が大きく減らされた。
当然、檻の中の人間は衰弱していく。
叫ぶ元気も無く元気もなくなり、事態は鎮静。
1ヶ月か、2ヶ月か、更にもっとか。
──結果として、体の弱い者から餓死していった。
腐敗臭が神経を逆撫でする。
でも、それにさえここの人間は慣れてしまった。
レクスのいる檻でも、また1人、女性が死んだ。
「チッ。まーた商品が死んだぜ」
「仕方ねぇよ。もう少しで競売が始まる。それまでの我慢だ」
2人組の傭兵が、遺体を回収する。
また別の人間が、入れられる。
減っては補充し、減っては補充する。
本当に商品のようだ。
初めて会った時から、ゴーダは一回りも痩せた。
どうやら、双子に自分の飯を分けているらしい。
レクスも、殆ど飯には手を付けていない。
体質的に、食べなくても問題ないからだ。
その事には、誰も気付いていない。
唯一ゴーダだけが、訝しんでいるようだ。
その事には触れられず、また刻一刻と時間だけが過ぎる。
ある時、檻の外が騒がしいことに気が付いた。
見張りだけじゃない。普段は見慣れないスーツ姿の男女も、あちこちを走り回っている。
「動いたか」
脅える子供たちを他所に、ゴーダが呟いた。
「……あんた、何か知ってるのか?」
起き上がり、ゴーダに問いかける。
まさか反応するとは思わなかったのか、一瞬呆けるも、直ぐに肩を竦ませた。
「お前も勘づいてるだろうが、ここは地下深くにある人身売買用の商品の保管庫だ。商品は言わずもがな、俺たちな。んで、上にはオークション会場がある。腐ったお貴族様タチの吐き溜めだ」
それは……なんとなく、察していた。
ここ数日、傭兵の誰かが歩くと、妙に香水臭かった。
ほとんどの者は気付いていないが、鼻の効くレクスにはわかる。
香水をつけた匂いじゃない。
誰かとまぐわった時についた、残り香だ。
恐らくこの近くで、香水を見に纏えるくらい身分の高い者と出会っている。
今まではなかったのに、日に日に多くなっていた。
つまり、この付近に貴族やそれに準ずる者が集まっているということだ。
「暇つぶしに、雇った傭兵と享楽にふけり、ガキがメインの人間オーディションに集まる馬鹿貴族共。──俺はそれをぶっ壊しに来た」
ゴーダは、獰猛な獣のように牙を見せて笑う。
前に言っていた怪物退治も、そういう意味だったのだろう。
あの時は興味がなくて聞き流していたが、ようやく理解できた。
黙って聞いていると、ミランとリランがゴーダの服を握った。
「おじちゃん。私たち、どうなっちゃううの……?」
「おうちに帰りたいよ、おじちゃん……」
体が震え、目に涙を浮かべる双子。
ゴーダは彼女たちから不安を取り除くように、頭を撫でて快活に笑った。
「大丈夫だ。絶対、俺が助けてやっからな」
「「! ぅ、うんっ……!」」
双子は見つめ合い、小さく笑った。
もう、体も震えていない。
3人の様子を見ていると、金属音を立てて傭兵が檻の扉を開けた。
「次、お前らだ。出て来い」
鞘から剣を抜き、鈍く光る刃で脅してくる。
だが、そんなものは必要ない。
ここにいるほとんどは、もう抵抗する気力もないからだ。
虚ろな目で、ただ黙って檻を出る。
両手両足を鎖で繋がれているから、逃げようにも逃げられない。
今はただ黙って、流れに身を任せる他なかった。
カビ臭い洞窟を抜け、階段を上る。
次第にカビではなく、人の醜悪さからにじみ出るすえた臭いに変わっていった。
階段を上りると、鉄檻の中に繋がっていた。
檻の向こう側には暗幕と、隙間から光が射しこんでいる。
まるで、希望の光みたいだ。
暗幕の手前で待たされていた少年が、スーツの男に連れられて暗幕の向こうへ消える。
突然、幕の向こう側からざわついた声が聞こえた。
傭兵が鍵を開け、1人の少女を外に出す。
また1人、また1人と暗幕の向こうに消えていく。
そうして……今度は、双子の番になった。
1人ずつではない。2人まとめて出品されるらしい。
「おじちゃん……」
「大丈夫、心配しなくてもいい。絶対、助けてやるからな」
「「……うんっ」」
手を繋いで、外に出る2人。
最後には、レクスとゴーダだけが残された。
無言で待つ男2人。
が、次の瞬間――レクスの鼻腔を、鉄臭さが掠めた。
「……血の臭いだ」
「ッ! オルァ!」
ゴーダが立ち上がり、回転蹴りで鉄柵の扉をぶち抜く。
傭兵や黒スーツが止めに掛かるも、それすら容易に殴り飛ばし、暗幕の向こうへ消えた。
レクスも嫌な予感がして、ゴーダの後について行く。
眩いスポットライトが網膜を焼く。
暗闇の向こうには、仮面を着けた無数の醜悪たちが笑っている。
そしてステージ上。
胸から血を流している、身動き一つしないリラン。
彼女の亡骸を抱いて呆然と涙を流すミラン。
血がべっとりとついた剣を手に、仮面を着けた男が高らかに嗤う。
「ひーひっひっひっひ! やっぱり双子はいい! 片割れを失った悲しみ! その絶望で涙する顔! ひぃぃぃいいいあぁ~~~~……絶頂するゥ……!!」
ようやく、ゴーダの言っていた本当の意味がわかった。
ああ――確かに、怪物だ。
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