乙 .【 曼荼羅 】
コトシロは答えない。
ただ、ゆっくりとその右手を、
白鷺色の陶器のように冷たく、
無機質な質感の「狐面」へと掛けた。
それは「正体を暴く」といった
乱暴な挙動ではなかった。
それは、御簾を上げるかのように、
あるいは聖域の帳を静かに開くかのように、
極めて典雅で、逃れようのない儀礼であった。
――パキィ、と。
薄氷が割れるような乾いた音が、
静寂のスタジアムの隅々まで響き渡り、
二つに割れた面が、蓮の流した朱色の
血溜まりの中へと音もなく落ちた。
刹那、蓮の視界が「白鷺色」の閃光に塗り潰される。
そこに現れたのは、人間の顔ではなかった。
「……っ!?」
蓮の左目が、驚愕に凍りつく。
面の裏側にあったのは、
無限に続くかのような漆黒の空洞。
そしてその空洞を埋め尽くしていたのは、
「九地無の神体」
――幾千、幾万という**「石化した舌」**の群れであった。
江戸時代のハクに始まり、
明治、大正、昭和、そして平成。
九地無の里で、
この国の「平穏」という名の嘘を守るために、
声と自由を奪われ、根元から焼き切られてきた
歴代の生贄たちの舌が、そこにはあった。
それらは曼荼羅のように
幾何学的な紋様を描いて積み上げられ、
まるで意思を持つ土塊のように、
空洞の中でうねり、脈動していた。
一つ一つが、四百年の間、
この国に捧げられた無名の
少年少女たちの「声の墓標」であり、
熱を帯びた朱色の燐光を放ちながら、
冷たい石灰の熱を放っている___。




