Scene 8:流れ着く者たち
森の朝は、静かに賑やかになっていった。
最初は一つだった焚き火が、いつの間にか二つ、三つ。
それは誰かの噂が、風に乗って歩き出したからだ。
「焚き火の煙が上がる場所に行くと、飯が出るらしい」
王都の片隅、酒場の隅っこで囁かれ、
街道を渡る旅人が、半信半疑で森を目指す。
やがて辿り着くと、確かにそこには――
火のそばでスープを煮る一人の“悪役令嬢”がいた。
最初にやってきたのは、王都を追われた元料理人。
王の晩餐で塩を入れ忘れ、皿ごとクビになった男である。
「もう貴族の味はうんざりで……野菜の煮汁が一番だ」
「わかる。素材の声を聞け、ってやつだな」
二人の会話が合うのは、料理でも哲学でもなく“火加減”だった。
次に現れたのは、精霊信仰者。
新しい宗教改革に追われ、神殿を出された女。
だが、彼女の言葉は森に妙に馴染んだ。
「この木々には、小さな火の精霊が宿っているのです」
「あー、それ多分、ただの湿気。」
「……けれど湿気もまた、精霊の恵みです。」
「なるほど、ポジティブだな。」
焚き火の煙が、二人の間をやわらかく流れていく。
三人目は放浪学者。
テーマは「野外生活における精神的回復効果」。
研究しすぎて大学を追い出された。
「人はなぜ、焚き火を見つめると過去を忘れるのか」
「うん、それはな、単にボーッとしてるだけだと思う。」
「……深い。」
彼はそう言って、ノートを取り出し、何かを熱心に書き始めた。
書いている内容はたぶん、焚き火の温度と幸福度の相関だ。
そして、気づけば森に小さなテントがいくつも並んでいた。
誰が指示したわけでもなく、誰がまとめ役になったわけでもない。
ただ、空いたスペースを見つけると、誰かが自然と杭を打つ。
「杭を打つ速さに、生き様が出るんだよ」
エリザベートがそう言うと、皆が「なるほど」と頷いた。
理解している者は、おそらくいない。
だが、火を囲めば理屈は要らない。
昼は鍋を囲み、夜は星を見上げる。
焚き火の周りには、失敗した者たちの笑い声が絶えなかった。
誰も強くはない。
誰も立派ではない。
けれど、テント設営だけは異様に速い。
ある夜、レオン(放浪騎士)がぽつりと呟いた。
「……これ、なんという集まりなんだ?」
「うーん、キャンプギルド?」
「……軽いな。」
「いいじゃん、軽くて。」
その名は、誰に決められたわけでもなく、
自然に森に根づいていった。
焚き火の光が、木々の間で瞬く。
小さなテントが並び、白い煙がゆっくりと空へ登る。
だがその煙を、遠くの偵察兵が見ていた。
「報告します! 辺境で新興勢力を確認!
敵軍、複数の拠点を構築中!」
……ただの夕飯の煙である。
「さて、明日はカレーだな。」
「カレーとは何だ?」
「心を煮込む料理だ。」
「……深い。」
焚き火が、またひとつ、夜空を照らした。




