Scene 7:朝のスープと放浪騎士
朝靄の森に、白い煙がすうっと立ちのぼる。
湿った空気の中、焚き火の匂いとスープの湯気が混ざって、
辺境の静寂をほんのりと温めていた。
エリザベート・フォン・アルメリア。
元王都の悪役令嬢――中身おじさん。
いまはただ、木のスプーンを片手にスープをかき混ぜている。
「うん、今日の仕上がりは上々。スパイス比率、昨日の反省を生かしたね。」
(誰も聞いていないが、言いたいことは言うスタイルである。)
そこへ、がさり、と草の音。
剣の柄を軽く握る音がして、木立の陰からひとりの男が現れた。
鎧は錆び、マントはほつれ、顔は疲れ切っている。
だが、立ち姿だけは妙に堂々としていた。
「……貴殿、ここで何をしている?」
声は低く、まじめそのもの。
おじさん令嬢は振り向きもせず、スープをひと混ぜ。
「スープ作ってる。」
「……辺境に魔物が出ると聞いた。討伐に来たのだが……」
「ああ、それ多分リスの足跡。」
沈黙。風の音だけが間を埋める。
「……毒は入っていないだろうな。」
「心の毒なら、多少あるかもな。」
焚き火の火が、ぱち、と笑ったように弾けた。
男はため息をひとつつき、
やがて腰を下ろした。
鎧の音が、どこか寂しげに響く。
「……久しく、まともな食事をしていない。」
「じゃ、なおさら食べとけ。冷めると味が落ちる。」
木の椀を手渡すと、騎士は戸惑いながらも受け取る。
一口すすり、ふっと表情がほどけた。
「……うまい。」
「だろ? 戦場より、味付けの調整のほうが難しい。」
森の朝は、ゆっくりと光を増していく。
二人のあいだに流れるのは、
緊張でも警戒でもなく――ただの湯気と、静かな満足。
やがて騎士は、ぼそりと呟いた。
「……貴殿、名は?」
「エリザベート。いまはただのキャンパーだ。」
「……俺は、レオン。放浪の身だ。」
「じゃ、放浪キャンプ仲間だな。」
ふたり、目を合わせて小さく笑う。
それは“ギルド結成”の瞬間にして、
ただの朝食の風景でもあった。
ウサギのマルシュが、隅でにんじんをかじりながら見ている。
火の粉がひとつ、静かに舞い上がった。
「……さて。食ったら、薪でも拾うか。」
「ああ。辺境の魔物は、腹を満たす煙に弱いらしい。」
――この日、後に“キャンプギルド”と呼ばれる奇妙な集団の、
最初の一幕が生まれた。




