Scene 51:軍の報告書
朝靄の中、鳥の声が静かに響いていた。
王国軍の陣地――と呼ぶにはあまりに穏やかなその光景。
兵士たちは皆、地面に敷いた毛布の上で安らかに眠っており、
焚き火の跡からはまだほのかに香草の香りが漂っている。
副官は目をこすりながら起き上がり、周囲を見回した。
鎧は整然と干され、武器はまるで洗ったばかりのように輝いている。
副官:「……誰も戦っていない、ですよね?」
兵士A:「むしろ、癒やされました。」
兵士B:「あの雑炊、もう一杯食べたかったなぁ……」
将軍クルスは額を押さえながら立ち上がる。
彼の顔には疲労の色ではなく、熟睡明けのすがすがしさがあった。
クルス:「……我々は、勝ったのか?」
焚き火のそばで朝食を作っていたエリザベートが振り返る。
笑顔で、何でもないことのように。
エリザベート:「いいえ、食べたんです。」
その言葉に、誰も反論しなかった。
だって、本当にそうだったから。
数日後。
王都に届いた報告書の表紙には、大きな文字でこう記されていた。
『辺境森・極めて快適。士気安定。戦意消失。』
その一行に、上層部は頭を抱え、
文官は「報告書というより旅行記だ」と嘆いたという。
だが、兵士たちの間では――
「もう一度、あの森に行きたい」という声が絶えなかった。
そして、誰も知らない。
その裏で、風と焚き火が新しい防衛線を完成させていたことを。
食卓という名の防衛線
戦の翌朝。
森は、まるで何事もなかったかのように静かだった。
焚き火の跡からふわりと灰が舞い上がり、
朝日を受けて、金色の光の粒へと変わる。
木々の間を抜ける風が、それをやさしく運んでいった。
――剣は抜かれず、矢も放たれず。
倒れた者は一人もいない。
ただ、満腹のため息と、温かな笑い声だけが残った。
「……結局、誰も勝たなかったな。」
「いや、“食べた者”が勝ったんですよ。」
そう呟いた兵士たちの笑い声が、
まるで森そのものの安堵の息のように響く。
やがて、焚き火の最後の炎が小さく瞬き、
その中心に淡く残る光が、まるで告げるようだった。
――食卓こそ、最強の防衛線。
火が心を温め、風が香りを運ぶ。
それは、戦を越えた世界の調和。
そして今日も、森のどこかで。
ひとつの焚き火がぱち、と笑う音がした。




