Scene 46:風が笑う夜
夜の森は、焚き火の灯りに包まれていた。
ぱち、ぱち、と木の爆ぜる音が小気味よく響く。
そのたびに、炎がゆらめき、みんなの顔をやさしく照らす。
湯気を立てるスープの匂い。
パンを焼く香ばしい香り。
そして、頬をなでるようなやわらかな風――。
放浪学者が空を見上げる。
「……風、今日もいい仕事してますね。」
料理人が笑いながら言葉を継ぐ。
「煙が一度もこっち来ませんね。職人級の風ですよ。」
エリザベートは、湯気の向こうに月を見上げながら呟いた。
「風って、案外優しいね。」
すると、どこからともなく、声が返ってきた。
それは耳ではなく、心に触れるような音。
精霊(風の声):「火が優しいからだよ。」
一瞬、森の空気がきらめいた。
焚き火の炎がふっと強まり――
その中に、笑っているような影が見えた。
風が枝をすべらせ、草を揺らし、
そのまま夜の空へと溶けていく。
エリザベート:「……ありがとう。」
返事の代わりに、そよ風が焚き火を包んだ。
炎は穏やかに揺れ、まるで風と踊っているようだった。
マルシュがその音に合わせて小さく寝返りを打つ。
放浪学者は静かにページを閉じ、
「……風が笑いましたね」と呟いた。
焚き火が、やさしく、ぱち、と応えた。
――その夜、森は風と共に笑っていた。
火も風も、人も精霊も、ただ同じ時間を分け合いながら。
焚き火は燃やし、風は運ぶ。
その二つが出会った夜、森は静かに息づき、まるでひとつの生命のように脈打っていた。
火は人の心を温め、
風はその温もりを優しく包み込む。
そして――
誰も戦わず、誰も傷つけず、
ただ「穏やかさ」だけが森を守っていた。
それが、この世界でいちばん静かで、
そして、いちばん強い防衛線だった。




