Scene 42:風のささやき(前兆)
夜の森は、焚き火の赤い光に包まれていた。
ぱち、ぱち、と静かに薪が弾ける。
だが、その夜の火はいつもと違っていた。
煙が、まるで何かを避けるようにすうっと流れ、誰の顔にもかからない。
火の向きも一定で、まるで目に見えぬ手が“最適な燃焼角度”を調整しているかのようだった。
放浪学者:「……おかしい。湿度、気温、風向き――全部自然のはずなのに……」
エリザベート:「まぁ、ありがたいけどね。洗濯物も乾きやすいし。」
学者は眉を寄せ、炎をのぞき込む。
焚き火のゆらめきが、まるで生き物の呼吸のように一定だった。
放浪学者:「物理的に説明できない。風が……意志を持ってる?」
エリザベート:「風が働き者ってだけでしょ。うちのギルド、人気あるから。」
軽口を叩きながらも、彼女の目はどこか遠くを見ていた。
森がざわめく。葉が擦れ合い、夜の空気が柔らかく流れる。
ウサギのマルシュがぴくりと耳を動かした。
彼は何かを感じ取ったように、そっと夜風に顔を向ける。
その瞬間、焚き火の炎がふっと揺れた。
火の粉が舞い、風がそれを包み込む。
まるで、誰かが“挨拶”をしているように――。
エリザベートは、穏やかな笑みを浮かべた。
エリザベート:「……ねぇ、学者さん。」
放浪学者:「ん?」
エリザベート:「森が、息してる気がしない?」
風が答えるように、そっと頬をなでた。
夜は深まり、焚き火の音が心臓の鼓動のように静かに響き続けた。




