Scene 4:初テント設営と焚き火 ――夜風と焚き火。これ以上の贅沢を、誰が知っているだろう。
夕暮れが、夜の深みに溶けていく。
森の空は群青、木々の間から星がひとつずつ瞬きはじめた。
その中で、エリザベートは黙々と動いていた。
白いドレスの裾を丁寧に折り上げ、地面に膝をつく。
手には小さな木槌、そして目の前には――完璧な角度で打ち込まれたペグ。
「……うん、やっぱり張り綱は気持ちいいね。」
その表情は、まるで春風を嗅ぐように柔らかい。
貴族の娘ではなく、“休日のおじさん”の顔だった。
テントを立て終えると、彼女は魔導ランプの灯りを落とし、
小枝を集めて、慎重に火を組む。
大きすぎず、小さすぎず――呼吸をするように自然な手つきで。
「火は生き物だからね。焦らせると拗ねるんだよ。」
掌をかざし、小さく呪文を唱える。
ふっと風が吹き、次の瞬間――
ぼっ、と
橙色の花が咲くように火が灯った。
夜の色が、ゆっくりと変わっていく。
森の闇に、柔らかな光が広がり、世界が一瞬、安心したように息をついた。
「これだよ、これ。」
焚き火を前に、エリザベートは目を細める。
ドレスもティーセットもいらない。
この火と、この静けささえあれば、十分だった。
「火があれば、生きてるって感じがするんだ。」
その声には、ほんの少し、遠い日の匂いがあった。
おそらく――前世で味わった、休日のキャンプ場の夕暮れ。
焼き鳥の煙とラジオの音が混ざる、あの懐かしい時間。
彼女は拾った枝を一本手に取り、薪の山を眺めながら独りごちる。
「薪の太さと、心の余裕は比例するんだよな。」
意味はわからない。
だが焚き火の音が「パチ」と鳴った瞬間、
なぜか妙に説得力があった。
火の粉が夜空に舞う。
星と混ざり、どこかへ消えていく。
小さなテントの前、エリザベートは頬杖をついて、
まるで長年の友人と語るように焚き火を見つめていた。
「……さて、明日は何を焼こうか。」
誰もいない森の中で、
その言葉だけが優しく響いた。




