Scene 38:魔法実習、崩壊
リリィ・ハーゲンは、王立学院主席。
魔力制御の天才であり、数々の理論を築いた学術界の星。
――だった。
少なくとも、焚き火に出会うまでは。
昼下がり。
森の風がやわらかく流れ、焚き火が「ぱち、ぱち」と小さく笑うように燃えている。
その音に合わせて、リリィは杖を掲げた。
リリィ:「ふふ……見せてあげましょう。学院式《焔の安定化》。」
彼女の魔力が空気を揺らし、焚き火がゆるやかに大きくなる。
炎の舌が風を舐め、周囲の温度がほんの少し上がった。
が――
リリィ:「……あれ?」
炎が、柔らかく彼女の魔力に“返事”をした。
それは制御不能な暴走ではなく、
あたたかく包み込むような、呼吸の一致。
リリィ:「ま、魔力循環が……落ち着く……!? なにこれ……」
彼女の頬が紅潮し、体の芯がゆるむ。
魔力が拡散し、思考が溶けていく。
エリザベート:「ああ、それ“焚き火の呼吸法”ですよ。」
リリィ:「ほ、呼吸法!?」
エリザベート:「そうそう。焦らず、吸って吐いて。あと、スープ飲んで。」
差し出されたスープを半ば無意識に口へ運ぶ。
とろりとした温もりが喉を通ると同時に、
彼女の瞳の焦点が――完全に溶けた。
夜。
焚き火の前で、リリィはノートを開いていた。
ページの端には、震える文字。
『火は感情と共鳴する。
つまり感情とは……魔力?(要研究)』
下には、さらに追記がある。
『要研究(明日またスープ飲む)』
彼女の表情は真剣そのもの。
だが、完全に“学院の理論外”へと足を踏み入れていた。
その夜、ギルドの誰かが呟いた。
「……また一人、“焚き火沼”の住人が増えたね。」
焚き火は嬉しそうに、ぱち、と火の粉を散らした。




