Scene 37:潜入、焚き火の地へ
――王立学院、主席魔術師リリィ・ハーゲン。
任務:辺境の“焚き火ギルド”潜入調査。
冷静沈着、理論主義、感情に支配されぬ完璧な才媛――
……だったはずなのだが。
森に足を踏み入れた瞬間。
「……っ、ぬかるみ!? あ、あああああっ!」
靴が泥に埋まり、次の瞬間にはテントのロープに足を取られ、
見事に転倒。
頭上でウサギのマルシュが首を傾げ、
その口に――彼女の草本メモ帳が半分消えていた。
リリィ:「や、やめなさいっ、それは研究資料っ!」
マルシュ:「ピィ。」(もぐもぐ)
そこに現れたのは、焚き火の赤い光の中から歩いてきた女性。
金髪、端整な笑み。
だがどこか“中身おじさん”な雰囲気をまとった令嬢、エリザベート。
エリザベート:「ようこそ、ようこそ。肩の力、抜いていいですよ。」
リリィ:「わ、私は観察に……ち、違います! 取材に!」
エリザベート:「了解。観察者さん、まずはお茶どうぞ。」
差し出されたカップから漂う香りは、
緊張を一瞬で溶かす不思議な温かさを持っていた。
気づけば、リリィは焚き火を囲む輪に加えられ、
ギルドの“生活魔法講習”に半ば強制参加していた。
「洗濯魔法の効率化」――魔力で泡立てるより、
手で押すリズムのほうが早いと教わり、軽くショックを受ける。
「火の湿度管理」――
薪と空気の“会話”で温度を測るとかいう、理論外の概念。
「虫除け草のブレンド術」――
エリザベートが言う。
「魔法で追い払うより、香りで仲良くしたほうが早いですよ。」
リリィはノートに震える手で書き込む。
『この人たち、理屈じゃなく世界を回している……!』
夜の森に焚き火の光が揺れ、
“潜入”のはずが、彼女の心はすでにほぐれ始めていた。
――こうして、王立学院主席による“ゆるすぎる潜入調査”が幕を開ける。




