Scene 34:焚き火交渉会(昼食付き)
森の昼下がり。
柔らかな陽光が木々の隙間を抜け、焚き火の炎に反射して揺れていた。
リーベル商会の隊商たちは、最初こそ緊張した面持ちだったが――
今はもう、焚き火を囲んで湯気を眺めている。
木の器から立ち上る香り。
香草スープの甘く温かな匂いが、空腹をやさしく刺激する。
クラウス:「……これは、何のスープだ?」
料理人:「森の恵みです。根菜と茸、それに少しの焚き火の煙。」
エリザベート:「味の秘訣は“焦らない火”。」
クラウスは匙を止めた。
焦らない――
商人として、そんな言葉を聞いたのは初めてだった。
クラウス:「……この味、なぜ王都では再現できない……?」
料理人:「焦らないからです。」
エリザベート:「火も、金も、急ぐと焦げます。」
焚き火が、ぱちり、と音を立てた。
その音が妙に胸に響く。
クラウスの手帳には、びっしりと数字や取引条件が書き込まれていた。
だがそのペン先は、いつの間にか止まっていた。
目の前の景色を見てしまったのだ。
光る灰、香るスープ、笑う人々。
“効率”や“利益”では測れない温度。
放浪学者:「これはもはや交渉ではなく、“火の説法”ですな。」
エリザベート:「おかわりありますよ。」
クラウス:「……いただこう。」
彼は静かに器を差し出した。
その顔には、王都で見せた冷徹な計算の影はもうない。
スープを飲むたびに、肩の力が抜けていく。
焚き火が、心の中の何かをほどいていく。
やがてクラウスは、微笑んだ。
それは、金貨ではなく――炎の揺らぎを見て生まれた笑み。
クラウス:「……火を囲むと、不思議だな。
欲よりも、余白が増えていく。」
エリザベート:「いい取引ですね。」
森の風が吹き抜ける。
火が、静かに応えるように揺らめいた。
――その日、クラウス・リーベルの帳簿には、
新しい一行が加えられた。
「焚き火:利益なし、満足度∞」




