Scene 32:商会の視察
森の奥。
焚き火の煙がゆるやかに立ちのぼり、陽光に溶けていく。
今日もエリザベートは、木の枝で火を整えていた。
焦げすぎず、燃えすぎず。
ちょうどよい“人間関係”のような火加減を見極めながら。
エリザベート:「……よし、今日もいい感じ。」
そこへ――。
カラカラと車輪の音、甲冑のきしむ金属音。
森には不釣り合いな、王都仕立ての隊商が現れた。
荷馬車の側面には金の紋章。
「リーベル商会」のエンブレムが朝日に光る。
護衛が二列に並び、中央の馬車から一人の男が降り立った。
黒い外套、冷ややかな眼差し。
リーベル商会の若き会頭――クラウス・リーベル。
クラウス:「あなたが“焚き火ギルド”の長ですか?」
エリザベート:「まあ、勝手にそう呼ばれてるだけだけどね。」
エリザベートは火ばさみを置き、灰を払うように立ち上がる。
どこかのんびりしたその姿に、クラウスは少し眉をひそめた。
クラウス:「灰を分けていただきたい。相応の金は払う。」
エリザベート:「灰、ですか?」
彼女は焚き火の下へしゃがみ、灰をそっと掬い上げた。
白く、やわらかく、そして――微かに光っている。
手のひらに乗せると、じんわりと温もりが伝わってくる。
エリザベート:「……これ、そんなに欲しいんです?」
クラウス:「魔術師たちの報告によれば、極微量の魔力反応があるとか。
肥料、あるいは護符の素材として使える可能性がある。」
エリザベート:「へえ……。でもこれ、火が気まぐれで残した“おまけ”みたいなもんですよ?」
クラウス:「おまけにしては、高く売れる。」
その言葉に、森の精霊たちがふっと笑ったように風が揺れる。
焚き火が小さく「ぱちり」と鳴り、クラウスの靴先に灰が舞った。
エリザベート:「……売るほどの灰はないけど。
火は、燃やすためにあって、儲けるためのものじゃないですから。」
クラウス:「理念か。それで腹は膨れるのか?」
エリザベート:「灰は森に返してます。腹は、昼ごはんで膨らみます。」
その即答に、クラウスは一瞬だけ言葉を失った。
彼の常識では測れない答え。
だが、奇妙な説得力があった。
焚き火の火が、ふわりと彼の横顔を照らす。
その暖かさに、冷徹な商人の心がわずかにほぐれたようだった。
クラウス:「……なるほど。“灰の源”は金ではなく、心か。」
エリザベート:「まあ、焚き火ですし。火って、結構まじめなんですよ。」
風が笑い、火が応える。
その瞬間、クラウスの視線の奥に、
わずかに“興味”という火種が灯った。
――商会の視察、第一日目。
それは、金では測れない取引の始まりだった。




