Scene 3:辺境の森に到着 ――文明から離れた瞬間、人は本来の姿を取り戻す。
森は深く、空気が柔らかい。
湿った土の匂い、草を揺らす風、どこかで流れる小川のせせらぎ。
昼と夜の境目に、世界が一瞬だけ静止する。
その真ん中に、ドレス姿の少女――
いや、中身おじさんの元悪役令嬢エリザベートが立っていた。
「……うん。湿度60%、気温18度、風速1メルク。
テント張るにはちょうどいいな。」
それはどう聞いても“令嬢”の口から出る台詞ではない。
風の音が一瞬だけ止まり、木の上のフクロウが「ホ?」と首を傾げた。
エリザベートは裾をまくり、地面をコンコンと叩く。
「悪くない、粘土質だけど排水は良さそうだな。」
次に風向きを確かめるように、ドレスのリボンを指先で持ち上げる。
「北西からのそよ風。焚き火の煙、逃がせるな。」
最後に周囲を歩き、落ち枝を一本一本吟味する。
「これは湿ってる……これは良し……お、これ最高。乾燥してて密度がある。」
その様子は、まるでベテラン猟師。
だが姿は完璧に貴族令嬢。
そのギャップの大きさに、通りがかった野ウサギが「ピヨ……?」と固まっていた。
荷袋から取り出したのは、小型魔導コンロと折りたたみ式ポット。
王都では“下品”とされる野営道具たち。
だが、彼女にとっては宝物だった。
「さあ、設営開始っと。」
エリザベートは優雅に手を伸ばす。
指先が淡く光り、魔力で杭が軽やかに打ち込まれる。
だが打ち込まれるたびに――
「トントントン……ふふ、いい音だ。」
笑みを浮かべるその姿は、
まるでティータイムに花を生ける貴婦人。
実際やってるのは本格キャンプ設営である。
やがて、木々の間に一人用テントが完成した。
森の中に、ちょこんと佇む小さな布の家。
その姿はどこか頼りなく、けれど妙に居心地が良さそうだった。
「よし……初日から上出来だ。」
エリザベートは腰に手を当て、夕暮れの空を見上げる。
西の空には、まだわずかに陽光が残っている。
「火を起こして、スープを温めて……
ああ、なんていい日だ。」
鳥が枝の上で、もう一度「ピヨ……?」と鳴いた。
まるで「お前、追放されたんじゃなかったの?」とでも言いたげに。
「うん。追放されたけど、自由をもらったんだよ。」
誰にともなく呟いたその声は、
森の風に乗って静かに溶けていった。
やがて、焚き火に火が灯る。
ぱち、ぱち、と乾いた音が響く。
その光を見つめながら、エリザベートは小さく微笑む。
「……焚き火の火は、誰のものでもない。
ただ、寒い人が寄ってくるだけ。」
その夜、森の中で――
一人と一羽と一匹が、同じ火を囲んでいた。




