Scene 2:追放の旅路 ――自由へ向かう護送車。空気だけが軽い。
馬車の車輪が石畳を離れ、土道をきしませながら進む。
護送の兵士たちは沈黙していた。
まるで葬列のように重苦しい空気。
……ただし、その原因の半分は、荷台に乗る“元令嬢”のテンションにあった。
「あ~、風がうまいなぁ。やっぱり王都の空気は埃っぽくていかん。
この辺からが本物の空だ。」
木漏れ日の中で、ひとり満足げに深呼吸するエリザベート。
ドレス姿なのに、完全にキャンプ前のリラックス顔である。
対する兵士Aは小声で囁く。
「……なあ、本当にこの人、断罪された貴族なのか?」
「ああ。殿下の婚約者候補だって話だ。」
「嘘だろ。あの……弁当箱、持ってきてるぞ。」
そう、彼女の膝の上には布に包まれた小さな包み。
中身は、昼のうちにこっそり厨房から拝借したパンと乾燥スープ。
完全に旅支度である。
(よし、これで初日はいけるな。
あとは火と風向き、それと夜の気温……)
脳内ではすでにキャンプ設営チェックリストが走っていた。
追放への恐怖? そんなものは存在しない。
むしろ“宿泊地の下見”レベルのワクワク感。
夕陽が赤く空を染める頃、馬車が王都の境界門を抜けた。
遠くに見えるのは、青黒く沈む森の稜線。
その光景に、エリザベートは目を細める。
「あの~、ちょっと寄り道して森のほうで降ろしてもらえます?」
御者が手綱を引く。
「……は?」
「夜風が気持ちよさそうで。」
「……いや、あなた今、追放されてるんですよ?」
「ええ、だから早めにキャンプ地を確保したいなって。」
御者、完全に理解を放棄。
後ろの兵士たちは顔を見合わせるしかない。
「……なあ、これ、本当に罪人なんだよな?」
「……もしかして、こっちが誤送かな?」
結局、彼女の希望どおり、森の入口で馬車は停まった。
橙色の光が木々の影を長く伸ばす。
夕焼けが静かに消えていく。
エリザベートは荷台から軽やかに降り、
スカートの裾を整えながら、護送兵たちに会釈した。
「送ってくださって、ありがとうございました。」
「い、いえ……こちらこそ。」
何を返せばいいのかわからず、兵士Bが戸惑っていると、
彼女は包みを開け、パンを一つ取り出す。
「これ、余った分です。焼くとおいしいですよ。」
「……パン、ですか?」
「ええ。直火で炙ると香ばしくなるんです。次の休憩のときにぜひ。」
兵士は無言でそれを受け取った。
礼を言うより早く、彼女は肩に小さなリュックを背負い直す。
「では、私はここで。」
「ま、待ちなさい。辺境の森は魔獣が――」
「大丈夫。火があれば、だいたい仲良くなれますから。」
笑顔でそう言うと、
彼女は軽く手を振り、森の中へ歩いていった。
カサッ、と草を踏む音。
やがて姿が木々の影に溶けていく。
馬車の上で、兵士Aがぼそりと呟く。
「……なあ。」
「なんだ。」
「あれ、本当に追放か? ……ただのキャンプじゃないのか?」
「……知らん。」
二人の頭上で、空が群青に染まっていく。
夜風が吹き抜け、馬のたてがみを揺らす。
遠く、森の奥で――
一瞬だけ、橙色の小さな光が灯った。
それは、焚き火の始まりの火だった。
――この夜、王国の記録にはこう残る。
「罪人エリザベート・フォン・アルメリア、王都を出たのち消息不明。
ただし北の空に、不思議な煙が観測された。」




