Scene 18:焚き火病(王都に蔓延)
それから、ほんの数週間のことだった。
王都を包む朝靄の中――。
街角では、やたらと枝を拾う人が増えていた。
広場の噴水前では、貴族の令嬢が真顔で言う。
「……この石畳、ペグが刺さらないのよね。」
人々は囁く。
“焚き火に行くと戻ってこない病”が流行っている、と。
症状は多岐にわたる。
急に森へ行きたくなる。
火を見ると落ち着く。
無意識に鍋をかき混ぜ始める。
パンを炙る角度にこだわり出す。
ある商人は、会議の途中で薪を組み始め、
ある兵士は、夜警中にスープを煮出した。
王都の医師たちは、頭を抱えた。
治療法を求められても、返す言葉がない。
「原因不明。ただし――患者の幸福度は高い。」
その報告が、さらに混乱を招いた。
街では小さなブームが起こる。
「焚き火風カフェ」や「疑似キャンプ療法」なるものが登場し、
王都の夜にオレンジ色の光が点々と灯る。
それを見て、宰相は机を叩いた。
「……感染が、都市部にまで……!」
「いえ、あれは“癒やし”と呼ばれております。」
「癒やしだと!? これは国家の根幹を揺るがす“癒やし”だ!」
すでに兵士の半数が「転属希望:辺境勤務」と書き始めている。
誰も命令を無視するつもりではない。
ただ――焚き火の温もりが、恋しいだけだった。
老医師がぽつりと呟く。
「この病……治す必要、あるのかね。」
報告書 第18号:王都感染状況
感染源:辺境キャンプギルド
感染経路:噂と香り
致死率:0%
幸福度上昇率:300%
現状:国民の半数が「焚き火したい」と回答
こうして、王国史に残る奇病が名を刻む。
“焚き火病”――またの名を、平和の炎。
そして、誰もまだ知らない。
その炎が、やがて“王国再編”のきっかけになることを。




