Scene 16:帰還報告(胃袋に屈した兵たち)
王都・作戦本部。
石造りの壁に、冷たい空気と緊張が満ちていた。
扉が開き、泥だらけの偵察兵たちがよろよろと帰還する。
鎧は煤で汚れ、顔は妙に幸せそう――敵地からの帰還者とは思えぬ表情だった。
宰相は机を叩く。
「で、敵の様子は?」
兵士たちは、静かに敬礼してから答えた。
「……はい。敵は……おいしかったです。」
一瞬、沈黙。
空気が、時間ごと止まる。
「……おいしかった?」
「はい。スープ、パン、焼き魚。完璧でした。」
宰相の眉がピクリと跳ねる。
将軍は眉間にしわを寄せ、書記官はペンを止めた。
「……貴様、洗脳されているのか!」
「いえ、塩加減が神でした。」
別の兵士がうっとりとつぶやく。
「あと、焚き火の炎の揺れが……癒しでした……」
「気づいたら寝てました……」
将軍が頭を抱え、宰相は椅子を軋ませて立ち上がる。
「これは報告か! それとも食レポか!!」
「申し訳ありません! ですが、敵に敵意は感じませんでした!」
「むしろ、包丁を持っていたのに……優しさしか……!」
書記官が恐る恐る報告書を読み上げる。
「えー……“脅威度:不明”……“美味度:極高”……?」
宰相の口元が引きつる。
「誰が“美味度”なんて項目を作った!」
「現場判断です!」
「判断するな!」
だが、報告書の最後の一文だけは、なぜか誰も訂正できなかった。
『なお、敵は焚き火を囲み、楽しげに談笑していた。
――あれを“敵”と呼ぶのは、少々気が引ける。』
室内に再び沈黙が落ちる。
宰相は額を押さえ、ため息をついた。
「……まったく、胃袋から崩されるとはな。」
「どういたしますか、宰相殿?」
「決まっておろう。――追加の調査隊を出す。」
「次こそ、抗えますかね……スープに。」
「……香りで負ける気がする。」
その日以降、王国では妙な風評が広まる。
“焚き火に行くと戻ってこない病”
正式名称:胃袋同盟症候群(Campfire Syndrome)。
原因:スープの香り。
症状:任務を忘れ、幸せそうに眠る。




