いち
廊下の端でカナブンが死んでいた。これで三匹目だ。どうしたのだろうか、今日は集団自殺にトライしたい気分だったのか。それとも今やられかけている私と同じように、この強力な暑さに殺されたのか。どっちなんだい、なんてご臨終されているカナブンさんに念を送りつつ、足を進める。おそらく後者だろうが、ということは私もしばらくしたらああなるのだろうか。なかなかぞっとしないなあ。よし、ご冥福を祈っておこう。私が死んだときも誰かに祈ってもらえるように。十分に祈りを捧げて、しばらくすると目当ての場所が見えてきた。皆はもう先についているのかな。私が一番最後だと重役出勤をする偉そうなやつだと思われるからできれば最後の一人は嫌だなあと思いながら、扉の前に立つ。少し躊躇したが、思いきって取手に手をかけた。それはそうと、普通にカナブンは気持ち悪くて嫌いなのでさっさと処分していただきたい所存であります。
「はーい皆さん、盛り上がってるかーい」
「うるさいドアを思い切り開くなうざい帰れ」
強い強い強い、一言目から強い。案の定、扉を開けると私以外全員揃っていた。とはいえ、全員揃っても四人なので、教室内には三人しかいなかったが。
「散々人のこと待たせておいてそのセリフで入ってくるのか谷原。そろそろ刺すぞ」
教室の端に座り、先程から私に対して人一倍殺気(というか殺意)を向けてくるのは、金髪にピアスじゃらじゃらで見るからにヤンキーって感じの内海湊くん。特筆すべきことはなし。見た目こそ目立つけど、ヤンキーの中で考えるとまあ没個性だなという感じだ。
「黙れ没個性代表」
「落ち着け、内海。クズに踊らされるな」
ドスの効いた声で圧をかけてくる内海くんを対角線上の席から諌めるのは長谷川英先輩。英と書いてあきらと読むが、初めて名前を見たときにえいくんと読んでしまい、それ以来私の中ではA先輩で通っている。中肉中背の黒髪でこちらも特筆すべき点はなし。強いていえば眼鏡の生徒会長だが、これもありがちというか、まんまなのでこちらも没個性である。というか、話が始まって十何行かでクズ呼ばわりされる主人公は私が初じゃなかろうか。
「俺が一つ年上だということを覚えていないかのような悪意に塗れた説明をどうもありがとう」
いえいえ、どういたしまして。ちなみにA先輩、お礼って言うのはそんなゴミを見るような目で行うことじゃないんですよ。
そして、そんな先輩からも内海くんからも離れて隅に座る一つ下の後輩こそ一ノ瀬薫……さんだ。何故私が敬称に迷ったかというと、彼女は、所謂トランスジェンダーというやつで、生物学上は女性だが、心は男性なのである。学校にもスラックスで登校してきている。彼、いや彼女、いややっぱり彼は、切れ長の目にサラサラの短髪、スラッとした体型で中性的な見た目で、文武両道で、お家は超一流企業の社長さんだそうだ。顔よし頭よし家柄よしの三拍子揃った学園の王子様である。人形のように整った顔に基本的に表情はなく、全く口を開かない。ちなみに、心が男性ではあるらしいが、だからと言って女性が好きなのか男性が好きなのかは分からない。これまで、どんな美男美女の告白も受けたことがないらしい。性的魅力を誰にも抱かないのかもしれない。興味はあるが、難しい問題なので、この辺で追求するのはやめようと思う。とりあえず、他の三人に習って私も教室の端の席に座ってみたが、何故三人がこんな話し合いに向かない座り方をしているのかは分からない。四隅を陣取りあってどうするのだ。そう思っているうちに、A先輩が口を開いた。
「もう夏休みに入ってしまうため、そろそろ自由研究のテーマを決めないとまずいと思って集まってもらった」
じ、自由研究だと…?!