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それでも尚、神に媚びる  作者: 羽曳オトカ・A
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シーラカンスと僕



「ヒビキ?いつまで倒れてんのー?そんなに強く蹴った覚えはないわよ。起きなさーい。」


感傷に浸っているおれをよそ目に女神は母親みたいな起こし方をしてきた。

ゆっくりと起き上がって、おれはエレキギターに目をやった。



「ところで、このギター相当古そうですけど、いつ手に入れたんですか?メーカーの名前も聞いたことないですし…。」


「失礼な!そんなに古くはないわよ!大体、700年前…くらいかな。」


「はぁ?!」


「私も別の者から譲り受けたものなんだけどねー。確かその者も500年くらい使ってたはずだから、たぶん1200年前くらいじゃない?それができたのは。私もギター練習したんだけどねー、指が全然弦に届かなくてすぐやめちゃったんだよ。」


彼女は平然とその事実をおれに伝えた。


「はぁ??!エレキギターなんて、できてまだ100年も経ってないっすよ!?」


「それは地球の話でしょ?天界にはずっと前からあるの!」


「それにしては形が似過ぎてませんか?!」


「だからー、さっきも言ったじゃん。神が作った魂達は基本的に神と同じものを作るって。例外もあるけど、向こうで流行してるものに似たものはこっちにもいっぱいあるの!」


「あーそっか。ならスマホとかも?」


「あれは例外。そもそも電話機なんてものが作れたことに驚きだわ。開発者は神クラスの天才よ。ただ、私達神はテレパシーみたいなものが使えるから、全く必要じゃないんだけどね♪」


「へー。そういうものが。」


「あと例外で言えば、ボルガライスね!!」


「ぼるがらいす?」


「君、日本人なのに知らないの?オムライスの上にトンカツ乗せて、デミグラス的なソースを惜しげもなくかけた…ああ…なんて罪深くて多幸感のある料理なのかしら……♪」


女神は恍惚の表情を浮かべている。


「…っていうか、君も食べてたじゃない。ライブ終わった後のサービスエリアで。」


「え?……あー、あれか?福井県のどっかで…」


「それよ!福井県のソウルフードよ!あれを開発した人はまさに天才ね。天才過ぎるが故にスリップノート行きするかも知れないわ。」


「そんなめちゃくちゃな…。」


「あの至高の一品をヒビキが食べているのを見て、私は早速近くのレストランでそれをシェフに作らせたわ。……あの味は、、、もう…ああ…♪」


「あははー…はい、それは分かりましたよ。」

(この人めちゃめちゃおれのこと見てるな。よっぽど危険人物なのか、おれ。)


「め、女神様?そんなうっとりした顔はやめてですね、このギターいつから触ってないんですか?」


「…え?あ、あー!そうね!んー、私が練習に飽きたのがそれを貰ってすぐだから、700年前くらいかな?♪」


「…700年間もメンテナンスせず、弦も張りっぱなしって……」


「やっぱり…そんなギターじゃダメかな…?」


「…おもしろ!」


「面白い?」


「どんな音するのか、聴いてみたいですね!」


「…君、好奇心だけは人一倍あるよね。こんな変人にする予定じゃなかったんだけどなー。」


ため息をつきながら女神は肩を落とした。


「あの、弾いてみていいですか?」


「当たり前でしょ?それはもう君のものだよ?」



おれはギターに近寄ってネックを手に取った。


「あ…」


「ん?どうかした?」


「いや、なんか…これ、すごく手に馴染むというか…初めて触った感じがしないというか…。」


その感触は、今まで何年間も弾き続けた自分のレスポールギターと全く同じだった。


「そう?それなら良かったわ。じゃぁ、早速何か弾いてみてよ?」


「はい…ピックは?」


「え?あー、はいはい。えーっと…どこだっけ?」


「あ、ないならいいですよ。すぐおれのポケットに…。」


いつもポケットには数枚のピックを入れていた。いつでも弾けるように。


「じゃあ、弾きますね?」


「おー♪ワクワクだねー♪」


6本全ての解放弦を一気にストロークした。



(ギャ€^」・°〒×ーん)



酷い不協和音が鳴り響いた。


「…。」


「…。」


「…あの、クリップチューナーとかあります?」


「何それ?」


彼女は、苦笑いしているおれの顔を不思議そうな顔で見つめた。


「ほら、音程合わせるやつで、ギターのヘッドにクリップするやつですよ。」


「そんなのあったかなー?」


女神は空中に呼び出した鞄の中をまるで四次元ポケットを漁る猫型ロボットのように“これでもないあれでもない”と探していた。


「…んー、っていうかさー、音程合わせるくらい自分でしなさいよ。」


「いや、ある程度近づけることはできますけど、正確には無理ですよ!」


「うわー、神経質。だから病むんだよ。」


(本当に一言多い神だなこの女。)


「ま、まぁ、とりあえずある程度に近づけておくんで、その間に探してもらえません?」


「えー?めんどくさい!」


「いやいや!探してもらわないとちゃんとチューニングできないですって!」


「それって、正確に合わないといけないの?ひとりで弾くのに。」


「そりゃーそうじゃないと駄目ですよ!」


「なんで?」


彼女はキョトンとした顔をしている。


「だって、、綺麗に鳴らないでしょ?ズレてるかも知れないし。」



「…?機械見て合わせなくても、君が気持ち良ければいいんじゃない?」




ハッとさせられた。ずっと、何年も音楽をやってきていたから、チューナーで合わせることが正解になっていた。いや、それはバンドをするには必要なことなのだけど、知らない間に正解を決めつけて、機械が示すマルかバツかを盲信していた。

音楽に正解なんかないのに、正解を作ってしまっていたんだ。


「…分かりました。」


1、2分かけてゆっくりとチューニングをした。ペグの調子も悪くなかった。



「…よし!じゃぁ改めて!」


今度はGコードを作って6弦全てを一気にストロークした。



(〜〜♪)



気持ちいい風が横切った。

その錆びた弦から出た和音は、今まで自分が聴いたどんなGコードよりも気持ちよく鳴り響いた。

少し3弦が低いかな、1弦が高いような…一瞬頭によぎったそれを音と風が攫っていくようだった。

気持ちのいい音の響きと異様に手に馴染むネックの感触だけが残っていた。



(パチパチパチパチ…)


「おー!綺麗ー!さっきのも悪くなかったけど、こっちの方が良い感じに聴こえるね!」


彼女は拍手しながら嬉しそうにこっちを見ていた。

たったひとつのコードだけで喜んでくれた。拍手してくれた。それが、すごく嬉しかったんだと思う。


「さっきのは不協和音でしょ。気持ち悪いですよ。」


「私そういうの知らないけど、あれはあれで良かったじゃん♪」


純粋無垢に笑っているその顔から、心の底からそう思っていることが分かった。いつからおれは不協和音を不正解だと、気持ち悪いと思うようになったんだろう。彼女はきっと、さっきの不協和音のまま続けても今みたいに笑っていてくれたのかも知れない。


「ね!ね!じゃぁアレ弾いてよ!君がよく弾き語りしてた魚の曲!」


「魚の曲って…あー、あはは!そうですね!分かりました!確かにバンド名にも曲にも入ってますね!サカナ!」


「アレ好きなんだよねー。」


「おれもです…。」



女神のリクエストした曲のワンコーラスを歌って、2番へ少し長めの間奏をアレンジで入れた。


始めは嬉しそうに聴いていた彼女の笑顔が、少しだけ悲しくなった。


「…曲は、神の真似じゃないんだよ。」


「え?」


アレンジした間奏を回しながら、2番に入らず彼女の話に耳を傾けた。


「“神が作ったから人は神と似たようなものを作る”ってさっき言ったけど…音楽は、なぜか同じものが生まれないんだ。」


「へー。そうなんですか。」


「…昔からエレキギターがあっても、それを使って曲を作った神は少なくてね。みんなオペラとか讃美歌みたいなのが好きで、…エレキギターは多くの神に見放されてるんだ。」


「へー。まぁそうですよね。イメージ的には。」


「…私はね、音楽のジャンルとかよく知らない。激しいのも好きだし、ピコピコしたのもヘンテコなのも好き。でも一番好きなのは…少し切なくて、なのに多幸感があって、そういう、誰かを救える“美しい曲”なんだ…。それをエレキギターとか、エレキベース、ドラムで作り上げていくのを見るのが…大好き。」


初めて彼女が心を開いた気がした。悲しそうな笑顔は、優しい笑顔になっていた。その顔が今までで一番神様らしく見えた。


「…僕もです…。」


「…ぼ、ぼく!?気持ち悪っ!」


「う、うるさいなー!本当に女神ですか?!口悪すぎますよ。2番いけないじゃないですか、急に語り出して!」


「…ふふ♪ほら早く歌えよー2番!」



そのままアウトロまでを弾き終えた。


(〜♫)


「…はー、フルコーラスの歌詞よく覚えたなーおれ。もう忘れてると思ったのに。」


(パチパチパチパチ………!!!)


女神はさっきの拍手より大きな音を立てて笑っていた。


「いいねー!!はい!これ!」


「え?」


受け取れと言わんばかりに差し出された手は何かを握っていて、おれはその下に手のひらを置いた。そこに乗せられたのは一枚の白いコインだった。


「これは?」


「それはね、100ロゼスコイン!天界初めての報酬だよ!日本で言うと、大体1,000円くらいね♪」


「……。」


じっとそのコインを見つめることしかできなかった。思い出した、音楽をしてお金を貰うって、こういう感覚だった。

会社の誰かがチケットを売ってくれて、観客が自然と来てくれて、知らない間に口座に振り込まれていたお金をギャラとして貰うようになって、音楽でお金を貰う感覚が薄れていた。


天界初めての観客からの“投げ銭”。これだけは使わないようにしようと心に決めた。


「…どうしたの?」


「あ、いえ!」


「それでボルガライス食べにでもいく?」


「……んー、ならもう二曲歌うんで、もう100ロゼスどうですか?お客さん?」


ニヤリと笑ってみせた。


「えー?どうしようかなー♪…なら、私のリクエストに応えてよね!」


「それは勿論ですよ?何にしましょうか?」


「えっとねー、前弾き語りでやってた、あの、なんだっけ?絵描きさんの曲……」


「あーそれは、たぶん…………」


そうやって会話と弾き語りを混ぜながら彼女のリクエストに五曲も応えた。


だだっ広い草原で優しい風に吹かれながら行った天界初ライブは、観客は一人で、収入は200ロゼスだった。





お読みいただきありがとうございます。

今回のタイトルは、私が敬愛するサカナクションさんの楽曲から拝借致しました。

この物語が気に入ってくれた方は、ブックマーク、評価に星をつけていただけると幸いです。

とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。

これからもよろしくお願い致します。

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