おんがくのじかん
ステージ裏、少しだけ会場の音が遠くなるあたりでビールケースを逆さに置いて私達は腰掛けた。
「よいしょー。あー疲れたー、早く乾杯したいー!」
「す、すいません。ボクのせいで…それで、あの、ヒビキ君の昔って…。」
「そうねーどこから話そうかなー。まぁ、ハッキリ言っちゃうと、彼は現世で心をぶっ壊したのよ。」
「こ、壊した?心を?」
「うん…。ヒビキは繊細な子だからねー、ひとつの言葉を話すだけで“相手に変な伝わり方をしていないか”、“誤解されるようなことを言わなかったか”とか、すぐ考えちゃうのよ。」
「……す、すごく、わかります。」
「アリアならきっとそうよね…。で、現世でやってたバンドがどんどん人気が出て来て、正式なデビューまで漕ぎ着けたんだよ。」
「…やっぱりすごい人なんですね、ヒビキ君。」
「んー、そうなんだけど、本人は“周りのメンバーが上手いからそこまでいけた”って思い込んでたわけ。」
「…。」
「まぁ、実際他のメンバーは上手かったのよ。それで、ようやく辿り着きかけたデビューっていうスタート地点で周りを見渡すと、自分より上手い人が山のようにいたのよ。」
「そ、そんな、ヒビキ君のギターは…」
「アリアはどう思う?」
「え、だって、すごく、良い音で…。」
「そう。私もそう思う。彼は私達から見ると上手に弾いてるように見えるけど、プロの世界って上手い人なんてわんさかいて、それと比較すると、お世辞にも上手いとは言えないわね。あの子は自分の下手さを痛感して、練習に没頭したのよ。好きだった趣味もやめてね。」
「あ、だから趣味のことも…。」
「きっとそうね。そうしていくうちに、どんどん変な沼にハマっていってね…。リズムの正解も音の正解もわからなくなってきたのよ。」
「…そんなに……。」
「その内に段々心を閉ざしていってね。ライブ前は誰とも喋らないし、動いてないのに汗だくだし、震えも止まらない。それでも、デビューまでもう少しだから頑張らなきゃって…そんな日が続いたのよ。」
「…ぼ、ボクなんかより、よっぽど怖い思いをしてたんですね…。」
「心を落ち着かせる薬を飲みながらなんとか騙し騙しやってたんだよね。周りにいる人達も優しくてさ、みんなでヒビキのことを支えながら、頑張ってたんだよ。」
「………。」
「でも……薬で騙してるだけだから根本的な解決にはなってなかったのよ。なまじバンドの名前だけは世の中に拡がっているから、街で急に知らない人から声をかけられたりしてね。それを喜ぶ人もいるんだろうけど、ヒビキは“いつも誰かに見られている”って被害妄想に走っちゃって…。」
「…辛い。」
「そうね、そんな日が続いていくうちにどんどんすり減っていくヒビキをメンバーは見てられなかったんでしょうね。“そんなに辛いなら解散すれば良いだけだ、人生が終わるわけじゃない。しっかり自分の気持ちを整理して今後のことを考えよう”って…。」
「……素敵な方達ですね。」
「……あの子は本当に甘ったれだから、そんなみんなの優しさが、その時の彼には一番辛かったのかもしれないね。あの子はその翌日に有名な自殺名所に立っていたのよ。わざわざ始発電車で二時間かけてね。」
「え?じ、自殺しようとしたんですか…?」
「違うのよ。気付いたらそこにいたの。私もその時の彼の心の中を覗いたけど、確かに自殺する気なんてなかったわ。自殺名所には私達ですら知らない魔力みたいなものがあるのかもね…。そこで我に返ったヒビキは、バンドを辞めることを決意したの。」
「……そうなんですか。」
「…これだけ聞けば、ヒビキは辛い思いしたと思うかもしれないけど、こんな経験は誰だって通り過ぎているものなのよ、上に行く気持ちがあるなら。…少し厳しい言い方をすると、ヒビキにはもっと上にいるアーティストみたいに我が身を何度も谷底へ投げ出す勇気がなかった、とも言えるわね。」
「………。」
「音楽って、楽しいものなのにね。日本語だと“楽”って字まで入ってるのに、苦しみ続けながらやるものではないよ…。私は、ヒビキに音楽を心から楽しんで欲しいんだ。だから、彼が楽しいと思えることは、この世界ではなるべくさせてあげたい。」
「…み、ミミは、なんでそんなにヒビキ君に詳しいんですか?普通いろんな魂を見てたらそんなにひとりに詳しくならないかと…。」
「え?あ、あー!それは、最近私の魂が無機物ばっかりで見ててつまんなかったからさー!」
「あー、そういうことって、たまにありますよね。」
「そうそう!…それで、アリアはヒビキが“メンバーにしたい”って言った相手なの。だからできればあの子と楽しくライブをやってほしい気持ちはあるわ。ただ、あなたがあの時のヒビキみたいに苦しんでライブステージに立つことは、私も彼も望んでいない。私達はいくらでも待つし、いくらでも練習に付き合うつもりよ。だから、メンバーではいて欲しいかな。」
「………そうですよね。ぼ、ボク、ヒビキ君と初めて二人で合わせた時、すごく楽しかったんです。それで、ミミが歌ってくれてもっと楽しくなって…ボクも音楽が好き。楽しめるために、少しだけハードル超えてみます!」
「うん!それでいいさ!よし!じゃぁ、楽屋に戻ろ!乾杯じゃー!」
「ぼ、ボクもですか?!」
「当たり前でしょー!あ、、でも、飲む量は少しだけにしてね?」
「……?はい!」
私達は楽屋に戻った。
(ガチャ…)
「ヒビキー乾杯しよー!」
“良い飲みっぷりやねー兄ちゃん!”
“やっぱり良いギター弾く男は飲みっぷりも良くなきゃなー!”
“ほれほれ!兄ちゃん!姉ちゃんが帰ってくるまでワシらが付き合ってやるから!もう一杯!”
“ほれ!たこ焼き屋から差し入れのたこ焼きと、これはワシの好きなスルメイカや!”
“楽屋イカ臭くしたら姉ちゃん怒るんやろかいな?ギャハハ…!”
「うわ!酒臭っ!!なにこれ?!ちょっと!狭いプレハブの楽屋になんでこんなにおっさんがいんのよ!」
“おー!主役のお帰りだぞ!”
“待ってました!歌姫ちゃん!”
“姉ちゃんも呑めるんかー?”
目の前で酒盛りしているおっさん達が私の方を見て一気に拍手した。
「ちょ、なにこれ?!ヒビキ!どこいるのよ!?」
おっさん達の輪の中に彼を見つけた。
私は彼を輪の中から引っ張り出した。
「ミミ〜、おれはな?ふたりが帰ってくるのを待とうとしたんだヨォ〜。なのに、この人達が押し寄せて来て…っていうか、関係者じゃないのにここに来て良いの?」
“なーに言ってんだ!?ワシらはもう兄ちゃんと呑んだんだから、立派な関係者だぞ!”
「こういう意味不明なこと言うんだよ〜。」
「酒臭っ!どんだけ呑まされたのよー。もう!せっかく三人で乾杯しようとしたのに!」
「み、ミミ…。」
私の服を軽く引っ張りながらアリアが私を呼んだ。
「ん?なに?」
「…た、楽しそうだから、このまま混ざっちゃお。うふふ♪」
アリアはこういう場所が特に苦手なことは知っていた。きっと、彼女も変わろうとしているんだ。私は、それが嬉しくてたまらなかった。
「…よーし!なら私も参戦してやるわい!かかってこいおっさん共ー!ほら!ヒビキも行くわよ!」
「マジかよ〜。おれは三人でしっぽり…」
「アリアがこのままやりたいって!」
「お、おお?!!それなら!それなら、おれも何も気にせずやったるぞ!」
「ぼ、ボクも頑張る!」
「「アリアは呑みすぎないように!!」」
ヒビキとハモッた。
「は、はい…。」
「じゃあ!私から改めて!今日は初めてヒミツがゲストとして呼ばれたイベントです!キッズフェスという場にこーんなに酒臭い場所があって良いと思ってるの!?」
“““うぅ、それは……”””
「……ふふ!あって良いのだよ!なんたって今日は特別な日だ!大人が笑えば子ども達も笑う!コープランド中に笑いを響かせようじゃないか!」
“““おおおお!!!”””
「いくよー?カンパーイ!!!」
“““かんぱーーい!!!”””
私達はそれから楽屋で騒ぐだけ騒いだ。“アンコール”と言われて歌も少しだけ歌った。
フェスは知らないうちに終わっていて、次第にその笑い声が会場にまで響いて、どんどん人が押し寄せて来たので、楽屋を出て外で呑んだ。保育士さん達が私達を落ち着かせようと駆け寄って来たけれど、結局ミイラ取りがミイラになって、保育士さん達も呑み始めた。すると、それを見ていた子ども達も駆け寄って来て、結局そこが後夜祭会場みたいなものになっていた。
私はおっさん達と呑み比べをして、ヒビキは子ども達に囲まれながら保護者のおばさま達と楽しそうに話していて、アリアは綺麗な女性の保育士さんの手を引いて森の中に入って行ったような気がしたけれど、見なかったことにした。
私達が初めての野外フェス出演した日の夜は、ずっと笑い声で包まれていた。
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルは笹口騒音ハーモニカさんの楽曲より拝借致しました。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『それでも尚、神に媚びる』をよろしくお願い致します。




