G線上の女神
その日の配信ライブには、前回と比べて三倍近くの視聴者がいた。コメントも多数寄せられたが、どれもこちらを称賛したり楽しそうにしているコメントばかりで平和だった。一度“女神様ー!またドラムを叩いてください!”というコメントを見かけたが、見なかったことにした。
5曲目には新曲『街恋』を披露したが、まずまずの反応だった。“これは!わしじゃ!わしのことじゃ!うおー!”と騒いでいるコメントは、見なかったことにした。
配信ライブは無事に終了した。
「ミミ、お疲れ。良かったよ、新曲の歌い方。完璧!」
「ふふ♪ありがと!なんか、変なコメントあったよねー。なんだったっけ…?」
「そ、そんなことより、投げ銭は?」
「あ、そうね!えっと、、60カーズね!」
「そっかー。前に比べて三倍くらい人が来てもそうなるかー。今日15万人もいたのになー。」
「まぁねー。前回投げ銭してくれた人はしてない可能性もあるし、チラ見の人もいるだろうからねー。ないよりマシと思ってあまり期待しないことね♪ほら、フォロワーは9万人まで増えてるわよー。」
「そうだな。ミミの言う通りだ。元々は拡める為の活動だしな。それで日本円で600万もらってるのに、贅沢すぎるな。ははは!金銭感覚壊れてきてるな。ヒミツのことを知ってくれるだけでありがたいって思うよ。ありがと!」
「ふふ♪わかればよろしい!さて、乾杯するわよー!」
「あ、あの……」
イブキを頭に乗せた女神が口を開いた。
「…あ!?ごめんアリア!すっかり忘れてた!相変わらず存在感消すの上手いねー……。」
「「す、すいません!アリア様!忘れてました!…っていうか、始めはアリア様にも向けてライブしてたのに、いつの間にか……。…そういうスキルだったり?」
「……そ、そんなスキルは存在しません。」
「あ…すいません…。」
「で、でも!…すごくかっこよかったよ!感動した、しました!ミミがあんなに歌が上手いなんて…ヒビキ君も、さっきまでの雰囲気とは全然違ってました。」
「ふふーん♪」
「あ、それはどうも…。」
「ひ、ヒミツって名前なんですか?!良いですね!名前の意味も考察しがいがありますし、カタカナ表記なのがまた良い…!投げ銭はこの世界の文化では、初めましての挨拶程度に投げるものですからね、あまり気にしないほうがいいです!もしもっと欲しいなら、MCで言うべきだと思いますが、それを言うのって、ダサくなりますよね。逆にそういう媚びる姿を見ると萎えちゃうファンもいますから、慎重に言葉は選ばないといけませんね。特に始めたばかりの頃は!ボクの好きな実況者は………………」
彼女はものすごく流暢に、テンポ良く話していた。おれは言葉というより、それをリズムとして聴いていた。
「………で、そうなると好評価は反比例しt…」
「あ、あの、アリア様?」
「ひゃ!…はい、なんでしょうか?」
「熱弁しているところ申し訳ないんですが、乾杯しますか……?」
「あ………はい。」
彼女は顔を真っ赤にしてミミの横に腰を下ろした。
おれは皿に料理を盛り付けながら彼女に質問した。
「それにしても、配信系の事情に詳しいんですね?」
「ぼ、ボクはゲーム実況がほとんどですけど、たぶん実況界隈は同じような風潮があると思います。」
「…へー。音楽とかは?」
「そ、そんな!詳しいことは知らないですし、現世の音楽なんて余計に…。」
「楽器とか触ったことありますか?」
「…昔、音楽方面の担当をしていた時があって、その頃にハープや琴は少々…。」
「え?!アリアそんなことしてたの?!知らなかったー。」
「へー…。……はい!ブリ大根!お待たせしました♪」
「「わーー!」」
(キューゥン♪)
「じゃぁ、早速乾杯しようか!ミミ!」
「任せて!…って、アリア…呑むの?」
「あの、、ヒビキ君から渡されて…。」
「ん?いいだろー?みんなで楽しもう♪あれ?もしかしてお酒呑めないとか?」
「だ、大丈夫!ボク呑めます。」
「………。」
「ミミ、どうした?」
「…あ、、そうね!乾杯するわよ!配信ライブお疲れ様と、アリアの来訪にかんぱーい♪」
「かんぱーい!」
「か、かんぱい」
(キューゥン♪キューゥン♪)
「うまぁ、っ!!!」
ミミが驚いていた。
「まかせろ…酒呑みの作るブリ大根ほど美味いものはないんだよ!」
おれはしたり顔でそう言った。
「……美味しい。すごく…!こ、これは…やばい、です!!!」
「あはは!アリア様も気に入ってくれてよかったです!」
そうやってブリ大根のおかげで晩酌はどんどん進んだ。
「それで!ヒビキはこれからどうするつもりなのよ!?」
酔いの回ってきたミミがおれに絡むように言及した。
「いや、どうするもなにも、神殿の言い分は最もだし、気長にやっていくしか……」
「そんなこと言う甘えん坊の人生舐めたクズ男だから君はねー!」
「あはは、、まぁまぁ。…でも、やっぱりバンドはしたいからリズム隊が欲しいところかな…。」
「りずむたいー?」
「ドラムとベースのことだよ。…バンドにとってはそれが一番肝心になってくるんだ。リズム隊がしっかりしてたら上物と呼ばれるおれ達はそれに乗っかるだけ。息の合ったリズム隊がいれば最強だと思うんだけどな…。」
「そんなのコープランドにいるかい!」
「あははー、……個人的には、アリア様みたいな方がベースだと嬉しいんだけどな…。」
「…っ?!」
黙々と箸を進めていた女神の肩が上がった。
「アリアー?この子は引っ込み思案なの!そんなことできるわけないし、ベースなんて弾いたことないわよ!」
「そうか?ベースは初めてでもちゃんと他の弦楽器を弾いてたならある程度理解するのは早いだろうし、リズム感もいい気がするんだけどなー。」
「あぁん?あんたにアリアのなにがわかるってのよ!!この子は表舞台に立てるような子じゃないの!」
「…んー、それならやめたほうがいな。残念だけど。」
「ほら!アリアからもこのクズ男に何か言ってあげなよ!!」
おれ達のペースよりは確実に遅い女神は、二本目の缶酎ハイを両手に持って下を向いていた。
「……ック、いいよ。」
「…アリア?今なんて…」
「…ック、ベース?あんまり知らない楽器だけど、ボクでいいならやってあげるよ〜♫ック!」
ヘラヘラ笑いながら彼女は答えた。酔っ払っているようだ。
「まじすか!?なら!ベース教えるんでやってくれますか?!」
おれはしゃっくりの多くなった女神に近づいた。
「ちょっとヒビキ!この子は…」
「……ヒビキ君が手取り足取り教えてくれるなら、ボクも頑張るよ?」
「……はい?」
「配信ってさぁ、やってみたかったんだー♪…ック、ヒミツに入って、それが叶うならやってあげるけどぉ、ヒビキ君がぁ、ちゃんとボクのこと優しく手を取って教えてくれるなら?やってもいいかな♪」
「……はぁ、それは教えますけど…。」
「ウフフ♪なら、お礼に教えてあげようか?ボク達神の子どもの“作り方”♡」
急に酔った女神が身体を寄せてきた。
「え、ええ?!」
「…ウフフ♪可愛いね?ヒビキ君達はギターとかのことを“竿”って呼ぶらしいね?ボクは別の“サオ”に興味があってさー…。」
身体を寄せた女神は少し蕩けた狸顔をおれの顔にゆっくり下から近づけてきた。脇腹の少し上あたりに彼女の柔らかい胸部が当たる感触がして、太ももには彼女の指先がいやらしい手つきをで這っていた。
「あ…ちょっと…アリア様?」
「人間の子どもの作り方は良いよねー?身体同士がが一体になって、お互いの神経を刺激し合って……あんな行為を神としたら、貴方は色んな意味で堕ちちゃうかもね?♪ねぇ、ボクが堕としてあげようか…?」
「は、はぁ……?」
何か気配を感じてミミの方に目をやると、明らかに背中にに豪炎を激らせながらこちらを睨んでいた。
「ひーびーきーーー!!何まんざらでもない顔してんのよ!?変態エロ野郎が!!ボケ!タコ!」
「し、してないわ!早くアリア様を引き離してくれよ!」
「そんなこと言いながら顔真っ赤にしてるじゃない!なーに胸当てられたくらいで喜んでんのよ!ガキがよー!」
「そ、そんなことどうでもいいから、早く引き離してって!」
ミミは渋々酔っ払った女神の肩を掴んで勢いよく引き離した。
「アリア!こんな男たぶらかしても何の得にもならないんだから、やめときなさい!」
(酷い言われようだな…)
「…あれー?ミミはボクとヒビキ君が仲良くするの嫌なのー?」
「違うわよ!仲良くするのと今のは全然別物でしょ!?」
「それなら、ミミがヒビキ君の代わりになって、ボクを慰めてよ…?」
女神は今度ミミの方に顔を近づけた。
「はぁ!?ちょ、ちょっと!!アホアリア!!離れなさい!!こ、コラ!変なところ触るなー!!!」
「ウフフ♪ミミのキモチイイところなんて、ボクにはすぐにわかるんだからね♪」
「あっ……も、もう!ヒビキ!この子離して!」
「………。」
「何見惚れとんじゃクソボケ変態エロ河童!!」
「…あ!は、はいはい!」
おれが女神の肩を持って引き離すと、そのまま女神は床に寝転がって眠りについてしまった。
「ミミ…何だこれは…?」
「ハァハァ……この子、普段は全然そんなこと言わないし大人しいのに、少しでもお酒が入ると急にエッチになるのよ…。これで何人の男が…いや、女も含めて、どれだけアリアに堕とされたかはわからないわ。この子も次の日になると全部忘れてるし…。」
「は、はぁ?!そんなこと知ってるなら早く言えよ!」
「言おうとしたし止めようとしたわよ!でも、この子今日すごく楽しそうだったし、久しぶりに会ったからその酒癖もなくなってるかなって期待しちゃったのよ。」
「…楽しそう、だったのか。」
「…かなりね。アリアが私の家に来ることは何度かあったけど、他に誰かが来るとわかったら、それが知り合いだとしてもすぐに帰ってしまったからね。多人数の輪の中に入るのが苦手なのよ。今日だって君がいるのに、家まで来て…この子なりに楽しいというか、君に少しは心を許したんじゃない?」
「へー…。まぁそれなら、嬉しいけど…。」
寝てしまった女神の方を見ると、スヤスヤと気持ち良さそうに寝ていた。まだ顔は赤かった。
「…とは言え、もうこの子にはあんまりお酒を呑ませないほうがいいわね。」
「……だな。」
「なに残念がってんのよ、ど変態。」
「ざ、残念がってねーよ!……で、アリア様はいつ起きるんだ?」
「そんなの私が知るわけないでしょ?明日の朝じゃない?」
「……おれ、ここで寝るわけにはいかn…」
「ダメに決まってるでしょ!君の性に対するだらしなさはよく知ってるんだから!」
「そこまでだらしなかったかなー?あはは…」
「ああん?」
「………すいません。」
「…イブキの部屋もきっと今日は無理だろうし…ま、まぁ私の部屋の床で寝かせてあげても良いけど?」
「…んーいつもの草原で寝ても良いけど、夜中にミミがアリア様に襲われる可能性考えたら、おれもいた方がいいのかもな…。わかった。今日は部屋にお邪魔させてもらうよ。」
「そ、そんな風にお願いされたら、し、仕方ないわね!特別に今日だけ!寝かせてあげるわ!ただし、私に指いっp…」
「了解了解。いつになったら信用してくれるんだよ…。」
片付けを済ませて2人で女神をソファの上に運び、寝室へ向かった。
電気の消えた寝室には、特別に綺麗な月みたいな光が差し込んでいた。
相変わらずミミはおれから離れるようにベットの端で横になった。
「……なぁーミミ、もう寝たか?」
「………かなり寝てる、かな。」
「なんだよその言い方。…アリア様が言ってたことって、本当のところどうなんだろうな…。」
「…なんのこと?」
「“ベース弾いてくれる”って話だよ。」
「…ヒビキの負けね。」
「は?」
「…しりとり。」
「……?わけわかんないけど、ベースの話だよ。」
「…よかったら明日もう一度あの子に聞けばいいんじゃない?」
「いやー、まぁ聞くだけ聞いてみるか。たぶんリズム感かなりいい気がするんだよな、アリア様。」
「…まぁね。」
「淡白な返事だなー。」
「……またヒビキの負け。」
「さっきから何なんだよ…。もう寝るからな?おやすみ。」
「……おやすみ。」
ベットの上で、おれから離れて端のほうにいるミミがどんな顔をしていたかもわからない。少し布団に口を埋めながら静かに話していたことと、窓に差し込む光に照らされて壁に映し出された彼女のシルエットがやけに小さかったことだけはわかった。
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルはヨハン・ゼバスティアン・バッハ氏の楽曲より拝借致しました。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『それでも尚、神に媚びる』をよろしくお願い致します。




