風の情景
女神らしき謎の女性はおれの目の前でしゃがみ込んで震えていた。
(ざわざわ…)
“なにあれ?”
“いじめ?”
“神殿に通報するか?”
周りに少しばかりの人が集まってきた。
「い、いや!ちょっと待ってください!おれは…!」
「〜フフーン♪ヒビキー!見てこれ!この世界では珍しくブリの解体ショーが目の前で行われていたから……ん?何してるの?」
何も知らないミミがご機嫌で戻ってきた。
「ミミ!聞いてくれよ!この方と残り一本の大根をちょうど同じタイミングで…」
「……ん?アリア?」
ミミはおれの話をスルーしてしゃがみ込んでいる女性に話しかけた。けれど、何の返事もなかった。
「え?ミミ、この方誰か知ってるのか?」
「ええ。まぁ、前に会ったタマと同じような関係ね。」
「ってことはやっぱりこの方も女神様?」
「当たり前よ。アリアはすごく優秀な神だよ?少し見た目が幼くて怖がりだけどね♪」
「こ、怖がりって、、」
しゃがみ込んでいたその女神が少しだけ顔を上げた。
「……………み、ミミ?」
「アーリア♪久しぶりだね!何でそんなに泣いてるの?」
「……こ、こ、この殿方に痴漢されましたーーー!!ぅぇーん!!」
見知らぬ女神はおれを指差しながら確かにそう言って、ブリの切り身を持ったミミに泣きついた。
「………ハア?」
ミミは直立しながら首を回しておれを腐ったみかんを見るような目で見つめた。
「ちょ、!そんなわけないだろ!冤罪だー!!!!」
買い物を済ませて三人でスーパーの自動ドアを潜った。
「ひ、ヒビキ様…この度はボクの勘違いで、ご、ご迷惑をお掛けしました…。」
あの後ミミが仲介をしてくれて、おれが怖い人間ではないことと、“恐らく痴漢ではない”ことを説得した。
「い、いえいえ…そもそもコープランドにそんなことする人はいないと思いますけどねー…あはは。」
「あ、貴方からはコープランドの住人の気配がなかったので、危険人物かと思いまして……。」
「え?!そんなことわかるんですか?!」
「さっき言ったでしょ?アリアは優秀だって。」
「へー優秀だとそんなことが……ところでミミさん?いつまでそんな目でおれのこと見るんでしょうか…?」
「……痴漢アカン。」
「だから!何でお前が一番信じてくれないんだよ!」
「…まぁ、君は現世でもそういう反則はしなかったもんね…相手に一応の同意はさせて、自分だけが悪くない状況を上手く作ってたからねー。」
「的確にすごく嫌な言い方するよな…。」
アリアという女神がこちらを向いた。
「ひ、ヒビキ様は、ミミと仲良しなんですね…。最近、噂になっていたミミの彼氏というのはヒビキ様でしょうか…?」
「アリア!彼氏じゃないわよ!勘違いしないで!こんな痴漢魔の魂と私が…!」
「だから痴漢なんて生まれてこのかたしたことねーんだよ!その呼び方やめろ!」
「…うふふ♪」
「何笑ってるのよアリア!」
女神が微笑んだ。その顔は、確かに神であろう気品と美しさを兼ね揃えていた。
「…あの、女神様、大根譲ってもらいましたし、ブリもこんなに買っちゃったんで、どうせなら女神様もご一緒にブリ大根食べませんか?」
「ちょっと!何勝手に誘ってんのよ!君はただの居候でしょ?!それにk…」
「いいだろ?別にご飯一緒に食べるくらい。」
「それはいいけどー、…アリア、どう?」
「……ぼ、ボクがいたらお邪魔になりませんか?」
「そんなことはないわよ?アリアが緊張しないなら、私は歓迎するけど…。」
少々の躊躇いが見えつつ、アリアという女神は何かと葛藤していた。
「で、では、…是非、喜んでご一緒させていただきめしゅ!」
噛んだ。
ミミの家に誰かが訪問したことは今まで一度も経験していなくて、この部屋に別の誰かの声が聞こえることは、新鮮というか、不思議な感じがした。
アリアという女神はおれがこの世界に来る以前、何度かこの部屋に訪問したことがあるそうで、イブキとも仲が良さそうだった。
おれはブリ大根の下拵えをしながら、ミミから彼女のことを紹介してもらった。
彼女の名前は“アリア=コリン”。
昔からのミミの友達らしい。
非常に人見知りでおとなしい性格だけど、次期神殿に行く神候補の噂で名前が挙がるほど周りからの評価も高いようだ。
だが、基本は根暗でいつも自分の部屋に引き篭もり、趣味の落語を聴きながら日本のレトロゲームに興じる毎日を過ごしているそうだ。出会った時、パーカーのフードを被っていたのも、できるだけ誰かと目が合わないようにするためだったかららしい。かなり独特な女神だと思った。
「でねでね!アリアには特技があるんだよ!」
「み、ミミ、あれは…」
ミミは空中に映像を出しておれの目の前に持ってきた。
「ほらほら!アリア♪目瞑ってー!」
「ううう…」
「ミミ?これは、、何だ?」
「それはね、日本のレトロゲームの全BGMが収録されているリストよ。その中から適当に何か選んでタッチしてみて!」
「はぁ?」
洗った手をタオルで拭きながら画面を見ると、事細かに状況が書かれたタイトルが大量に並んでいた。
適当に曲をタッチしてみた。
“…ヂ”
「メガマンツーエアマンステージテーマ。」
「………え?」
「メガマンツーエアマンステージテーマ。」
「………ミミ、、まだ再生して一秒も経ってないんだが……。」
「ウフフ!♪大マジよ?他も押してみて!」
“…ヂャ”
「時計塔無印鋏男登場テーマ。」
“…ヂ”
「プリンセスオブペルシャメインテーマ」
“…ヂャラ”
「超配管工島迷いの森ステージセレクト…いい選曲ですね、さすがその時代に生きた日本人。ふふ…♪」
“…………ヂャ”
「…クロノトリ中世マップ移動画面テーマ…ボクが好きなゲームばかり…。」
「……………。」
「…次はまだですか?」
「……………………キモっ。」
「っ!!???(ガーーーン!)」
「ちょっ、ヒビキ!!!」
「あ!す、すいません!アリア様がさすがに凄すぎてドン引きしてしまって、つい出来心というか…」
「…い、良いんです……。ボクみたいな根暗オタクは世界の隅でひっそりと有線のコントローラでピコピコしていれば…。」
「い、いやいや!でも、どちらかと言えばおれもそっち派なので。。」
「…え?!」
「そうよーアリア。この男はバンドマンのくせして部屋に引き篭もって一人でパーティゲームをできる強者よ!」
「…ひとりでパーティゲーム……そうなのですか?!」
「いや、まぁ…。今流した曲も、好きな曲だったから選んだし…。」
「なんと、!と、いうことは、!ヒビキ様も、キモいですか?!」
「そりゃおれなんて、アリア様の比べ物にならないほどキモいですよ。…っていうか、神が人間に“様”つけるのやめてくれませんか?はは…。」
「し、失礼しました!では、ヒビキ君。ボクもヒビキ君は同志ということでよろしいのですか?」
「まぁ、レトロゲームの知識はアリア様ほどないけど、同志といえば同志ですね。」
(ガシッ…)
段々と近寄ってきていた女神がおれの手をグッと掴んだ。
「同志よ!!ミミから離れてボクの眷属になりませんか?!」
「アリア!私の魂をスカウトしないで!」
「ご、ごめんなさい!つい出来心で…ふふ♪」
「あー、あはは!」
「…なんでふたりして笑うのよ?何か面白いことでもあった?」
「たぶん“出来心”って落語のサゲの言葉だからだよ。さっきおれが“つい出来心”って言ったからそれに被せてその言葉使ったんだよ。」
「何それ?…あーそうか、君も落語はたまに聴いていたね。」
笑っていた女神がおれの方を急いで見つめた。
「な、な、なんと!落語まで?!」
「いや、ほんのちょっとだけですよ?」
(ガシッ…!)
「同志よ!!!あぁ、今日はなんて素晴らしい日なのでしょう。やっぱりミミとは離れt…」
「アリアー?いい加減しなさいよー!?」
「ご、ごめんなさい!」
「ったく!タマといいアリアといい、なんでこんなクズ男を従者にしようとするのよ!」
「た、タマと会ってるんですか!?」
「ん?前に居酒屋でねー。なんでそんな嫌そうな顔するのよ?タマとは仲良かったでしょ?」
「は、はい。まぁ少しは…。」
「……?」
その後、少しだけおとなしくなった彼女をそっとして、おれは料理を完成させた。
「よし!いい感じ!」
「いい匂いー♪早く食べたいねー!アリア!」
「は、はい!すごくいい香り…お腹が減ってきました。」
「はは!じゃ、早くお皿に盛り付けますね!」
「何言ってんの?ヒビキ。ご飯の前に配信だよ?」
「…え?今日はもうやらないものかと思ってたけど、、」
「えー?君が昨日やるって言ってたからなんとなくアカウントからアナウンスしちゃったんだよー。」
「えぇ?でも、アリア様を待たせることになるぞ?」
「だから止めようとしたのに君がアリアを誘ったんでしょ?」
「あー、そっかー。。…アリア様、あのーもう少しだけ待ってくれませんか?たぶん四十分くらいで終わるので。」
「え、ぼ、ボクなら平気ですけど、配信っていうのは、ゲーム配信ですか?」
「アリアの趣味に合わせないでー。配信ライブよ。音楽の。」
「それは、ヒビキ君が?」
「ふふふ♪じゃぁアリアはイブキと一緒にカメラの映らないところでライブ観ててくれる?」
「あれ?ミミは?」
「ふふふー♪まぁ観てて♪」
「さて、ライブの準備できたし、やりますかー。」
「今日もやるわよー!」
おれ達ヒミツの、画面の向こう側へ向けたライブは、今日は少しだけそばで座っている女神にも向けられた。
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルはSFCゲーム『クロノ・トリガー』の作中BGMより拝借致しました。光田康典氏作曲の美しい作品です。ご存知の方も多いでしょうが、そちらも是非。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『それでも尚、神に媚びる』をよろしくお願い致します。




