金魚花火
おれがコープランドに来てから1週間が経った。それまでに稼いだ金額は約24カーズ。オリジナル曲を作ってから平均して4〜5カーズは稼げるようになった。日本でなら異常な金額だが、おれが稼がなければいけない額の3,000カーズにはまだまだ遠く及ばなかった。
宿は、なんだかんだ言いながら甘い女神が家に泊めてくれるようになった。寝る場所はソファの上が中心で、あれから女神の部屋では寝ていない。
曲を作る時の夜だけはいつもの草原に行った。それがうまくいったのか、新しく二曲ができた。ハイテンポでマイナー調の『コイン』と、優しいバラード調の『息吹』。自分にしては信じられないスピードで曲ができていて、少し怖さすら覚えた。たぶん、コープランドの空気がいい方向へ作用したんだと思う。
ここへ来て八日めの朝、草原で寝ていると女神に起こされた。彼女は寝ぼけ眼のおれに言葉を投げかけた。
「たまには丸一日休んだら?ここへ来てから毎日作曲したりストリートしっぱなしで喉も疲れてるでしょ?」
「んー、さすがに天界だからあんまり疲れは感じないんですよねー。」
「君ね、、そうやってチリが積もって現世で病んだのは誰?」
「……あはは…。相変わらず痛いところをつきますね、、。」
「一週間に一回くらいは休むこと!いい?」
「…でもなー、そんな悠長なこと言ってて良いのかな…。」
「良いのよ♪息抜きも仕事の内よ?」
「…んーまぁ確かにそうですね!今日はゆっくりします!……とはいえ、休みの過ごし方なんて知らないし…まぁ、寝るか。」
「おーい!私は何しにここへ来たと思ってるの!?街中を案内するわ!」
「えー?別に良いっすよー。めんどくさい。」
「ほんと自堕落な生活を好むねー君は。ほら!起きなさい!行くわよ!」
女神がおれの手を取って無理やり起こした。
「…ったく、わかりましたよ、。……ところで、“指一本触れるな”とか言ってませんでした?
女神は急いで手を離した。
「……この揚げ足取り!!あんたも前私を部屋に運んだでしょ?!知らないとでも思った?!」
「いや、あれは仕方ないっすよ。誰かさんが酔っ払ってソファで寝てるんだから。」
「うー、うるさい!ほら、さっさと行くよ!」
相変わらず、一日に一度はこんな言い合いを彼女としていた。相性は良くなることはないみたいだ。
女神はおれを街の中心へ連れて行った。ストリートで来た場所もあったけど、こうして改めて見ると風景が違って見えた。この街は本当に美しい。
歩きながら彼女はコープランドが八つの地区に分かれていて、今おれ達がいる場所が“ハチノクニ”と呼ばれていることをおれに教えた。
映画館があった。上映中の映画は地球のものだらけで、現世にいた時CMで見た最新作もあったが、リバイバル上映のような、昔の名作が多く上映されていた。“風の谷の”アニメや“天空の城”など、有名アニメ制作会社の映画もあったが、興行収入トップ作品が並んでいなくて、女神にそれを尋ねると、“神様が中心で出てくる作品は、住人の神に対するイメージが変わる恐れがあるので基本的に上映されない”と言っていた。ただ、映画館で上映されないだけで自宅で観たりすることに規制はないらしい。
女神は露店にあった“メルカ”という別の星のスイーツを買ってくれた。彼女はメルかを見つけるとつい買ってしまうらしい。
喜んで食べてみると歯が浮くほど甘く、クッキーとシュークリームの間のような食感だった。
メルカをちびちびと食べながら街中を歩いていた。
「あのー、質問いいですか?」
「んー?なにー?」
「天界って、税金はないんですか?」
「あー地球にはそんなのがあったわねーそんなの。ここにはないわよ?」
「マジかよ、すごいな天界。……でも、なんていうか、神への供物的なやつはいるんじゃないかな、とか…。」
「なんでコープランドに来てまでそんなもの払わなくちゃいけないのよー。ここに来る人なんて、充分前世で神に何らかの捧げ物をしてるわよ。君なんかと違ってね?」
「……おれだって結構参拝には出かけてましたよ。」
「まぁね、その部分“だけ”は認めてあげるわー♪」
「“だけ”…って、、。……それにしてもあと約2,980カーズか…このまま弾き語りストリートだけじゃほど遠そうですよね…。」
「まだそんなこと考えてるの?!今日は休みなんだからそういうの考えるのはナシ!休む時は思いっきり休む!」
「その通りですね…!よし!どこいこうかなー?…ってあれ?女神さんは休みなんですか?」
「私は今も仕事中だよー?」
メルかを頬張りながら淡々と話している。
「…街中ぶらぶらしてスイーツ食べるのが仕事?」
「バカ!違うわよ!私の仕事の九割以上はトレースした私の分身がこなしてくれているわ♪」
「うわっ、それ反則臭くないっすか?」
「反則なんて言い方しないで!トレーススキル使える神はみんなやってることよ!」
「……なんか、この世界一番満喫してるのって神様達ですよね?」
「そうよー♪神の特権なのだ♫…で、どこ行きたい?」
「…あはは!特権なら使わないとですね!んーそうだなー……水族館とか?」
「あるわよ!とびきりでかい水族館♪君も絶対に気に入るわ!」
彼女に連れられて歩いて十分もしない所に水族館はあった。確かに、野球場は軽く超える面積の水族館、デカい。
入館料の50ロゼスを支払って館内に入ると、見たこともない美しい世界が広がっていた。プラネタリウムのような半球が全てガラス張りになっていて、そこをカラフルな魚や大きな魚が無数に泳いでいた。小魚の群れが天の川に見えた。
「すっげぇ……美しい…。」
「そうだね。私もこの場所が大好き。見て、あれ。」
「ん?あー、熱帯魚。カラフルで綺麗ですよね。」
「あれは、ただ綺麗にしたいからカラフルにしてるわけじゃないの。敵から狙われ難くするためとかもあるけど、大きな理由は、無数にいる同じサイズの魚の中から同種族を見つけやすくするためよ。」
「へーそんな意味が。」
「どんなに紛れていても“僕はここだよ”、“誰か僕を見つけてよ”、“僕は仲間だよ”って言いたくて伝えたくて…そう願っているうちに、次第に色が付いたのよ。私達もそんな進化の仕方をするなんて予想外だったわ。…神の想像を超えたからこそ、彼らは美しいの。」
この女神は、時々すごく神様らしい顔つきになって話す。でも、そんな話が嫌いじゃなかった。むしろ好きだった。
「…めちゃいい話ですね。」
「ここにいる魚達は全てトレースで魂はないけれど、確かに生命を感じる。彼らの生命力が強い証拠よ。」
「……ですね。」
館内はどこを歩いても美しい風景ばかりだった。
順路も終盤に差し掛かった頃、おれの大好きなコーナーが、今まで見たことのない迫力の水槽で出迎えてくれた。
薄暗がりの中に微かなブルーライトを当てられたクラゲ達がふわふわと水中を漂っていた。
「……。」
「声も出ないかい?あはは!君は本当にクラゲが好きだねー♪」
「……クラゲには脳みそないって、本当なんですか?」
「…ええ、本当よ。」
「…なんで神様はこんな生物を作ったんですかね?考えることもなく、ただ美しくふわふわと浮遊し続ける…超自然体。」
「私も知らないわ。ただ、脳を入れ忘れたわけじゃないことは確かよ。クラゲ達はちゃんと、何らかの狙いを持って作られたわ。」
「へぇ…。」
「…たぶん、君の言う“美しい自然体”をその神は作りたかったんでしょうね。」
妙にその言葉がしっくり来た。おれはその後、何も話さずクラゲの水槽を眺め続けた。
「ほら、そろそろ行くわよ?君に見せたいものがあるんだ。」
女神は笑いながらそう言った。彼女に連れられて次の部屋へ入った。
「…女神さん、これって…。」
「そうよ。…君がずっと見たがっていたもの。」
その真っ暗な水槽の中には魚はいなくて、幾つもの火花が弾けてぽたぽたと下にゆっくり落ちていた。
「……金魚花火………。、」
「……どう?この水族館気に入った?」
「……。」
「おーい、、あれ?泣いてる?」
「な、泣いてませんよ!」
この部屋の中が暗くて良かった。確かにおれは泣いていた。正確に言うと、涙が勝手に溢れていた。
ずっと生で見たかったこの景色が、信じられないほどに美しかったことと、この景色をおれが見たかったことを知ってくれている誰かがいたことが、堪らなく嬉しかったんだ。
館内を充分に楽しんで外へ出た。
「いやー!ありがとうございます!ほんとに、目の保養になりました!癒されるー!」
「ほぉー君がそんなに素直になるとはねー?」
「おれはいつも素直ですよ!」
「あはは♪じゃぁ次はどこへ行こうか?」
「そうですねー…欲しいものがあって、、少しだけ贅沢してもいいですか?」
「お!良いねー!たまにはパーっと散財するのもアリアリ!で、何が欲しいの?」
「エフェクターっす!」
彼女は“また音楽のことー?”とガッカリしながらウダウダと文句を言っていたが、少し嬉しそうな顔もしていた。
2人でシティエストの楽器屋へ向かった。
お読みいただきありがとうございます。
本タイトルは大塚愛さんの楽曲から拝借致しました。静かで美しい曲ですので、そちらも是非。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからも『それでも尚、神に媚びる』をよろしくお願い致します。




