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“このフレーズが弾き終わったら終わりか…”
そんなことを考えながらアウトロのフレーズを弾いていた。
そんなに難しくないフレーズを一音一音正確に、気持ちを込めてアルペジオした。
目線をギターから客席に向けた。
1,000人を超える満員の観客が、手を上げたり目を瞑って聴いていたり、涙を流したり、それぞれの聴き方をしていた。
“それでいい。おれ達の音楽は、決まった行動なんてない。それぞれが好きな聴き方をすればいいんだ”
最後、2弦の13フレットを弾いた。
これで終わりだ。
おれ達が10年続けたnumbの解散ライブが終焉した。
マネージャーが予約した居酒屋は、いつもより高そうな個室だった。
スタッフや関係者も顔を出していて、ほぼ店は貸切だ。自分を含めたメンバーは、最後の打ち上げを4人でテーブルを囲むことにした。
「ライブ中はさすがに泣きそうだったけど、まぁ解散って半年以上前に決まってたからなー。心の準備は万端だわ。」
ドラムのヨウが染み染みと話しながら酎ハイを飲んでいた。
「そうだよなー。まぁ、1,000人キャパのホールでライブできるくらいまでは行ったし、、幸せなことだよ。数年間は音楽だけで生活もできてたわけだしね。本当に感謝しかないな。」
ベースのコウヤも手元のグラスを見ながら笑った。
「そうだな。うん。でも、やっぱりもっと大きい舞台に立ちたかったのが本音だけどね。ははは…。」
ギターボーカルのノゾムがぐいっと口元のビールジョッキを傾けた。
「…ごめんな?みんな。」
「いや!シュンタロウだけの責任じゃないよ!それは何度も話したじゃんか!」
「そうだぞーお前だけじゃないって。誰かがいつか切り出してた話をお前が1番初めにしただけ。」
「2人の言う通り。もう謝るのはやめよう?」
「…うん。ありがとう。」
おれもビールジョッキを傾けた。
本当にいい仲間を持った。喧嘩別れではなく、仲の良い状態でテーブルを囲める今この瞬間が幸せだった。
「そういえば、みんな結局これからどうすんの?」
ノゾムが話を切り変えた。彼は続けて話し始めた。
「僕はもう少し音楽をやりながら、他のことにも色々挑戦してみようかなって思ってる。コウヤは確かー…。」
「実家の家業継ぐよ。ちっさな商店だけど、親父が“解散するなら継げ”ってうるさくてな。」
「オレはスタジオで仕事やってくつもり!…あれ?シュンタロウは、何するんだったっけ?」
ヨウはそう言って、不思議そうにこちらを見た。
「んー、まぁ、なんか、もう少し考えようかな、はは。」
おれはお代わりしたビールジョッキに手をかけた。
「あー…まぁ、ライブの収入もあるし、もう少しくらいなら、考える時間あるし、いっぱい考えないとな。」
3人はそんなことを言いながら、本当は色々察していているのに話をまた変えて、楽しい打ち上げは続いた。
打ち上げは遅くまで続いた。
泥酔したメンバー達とタクシーでホテルまで向かった。それぞれが部屋に入ったことを確認し、おれは近くのコンビニで強めのお酒を3本買って、ホテルのすぐそばにある公園のベンチに座った。
深夜2時の冬の東京は、雪がいつ降ってもおかしくないくらいの寒さで、おれはコートを脱いでお酒を飲んだ。
このバンドに全て捧げた。高校を卒業してから10年以上、音楽のことだけを必死に考えてきた。
曲を作ることが苦しくて堪らなくて、自分を傷つけるみたいに毎晩アルコールを摂取した。
それでも、死ぬことに畏怖して神社でよくお祈りをしていた。バンドが売れるようにと、何度も願った。
もう未練はない。充分だ。神に媚びるのはもう飽きた。
このまま寝たら、明日ニュースにでもなるかな。サヨナラできるかな。
そんなことを考えながら、おれは3本目のお酒を飲み干した。
ベンチに横たわって、ゆっくりと目を閉じた。
(ドン…)
鈍い音が聞こえた気がした。
これが、最後の心臓の音なのか。
(おーい!起きろー!)
遠くから呼ぶ声がする。
誰かおれに気付いて救助しているのだろうか。もう寒さの感覚さえなくなった。
(おーい!!ヒビキ!!起きろ!)
“響きとは…?”
おれはゆっくり起き上がりながら目を開けた。
さっきまでとは打って変わって暖かい空気と美しい自然の景色が目の前にあった。戯れる小鳥、横を見ると色鮮やかな花畑。遠くの方には小さな滝が虹を作っていた。それはまるで、子どもの頃に美術館で見た天国の絵のようだった。
そして目の前には、青みがかった黒色の、腰まであるロングヘアーに、その髪と同じ色の瞳、漫画でしか見たことない羽衣をかけた女性が腰に手を当てて立っていた。
スラっと細い足から頭の方まで見てみると、おおよそ自分より少し小さいくらいで、年齢も、たいして変わらない程度、少なくとも子どもと呼ばれる年齢は超えているように見えた。
「やっと起きた。遅い!」
女性はなぜか怒っているようだ。
「は?え?あの、ここは、あれ?夢?なにこれ。」
おれは自分の顔をペタペタと触った。手に違和感はなかった。自分であることは間違いないらしい。
「ヒビキ、色々説明しないといけないことが“多々多々多々”あるんだけど、ひとまず、先に伝えさせてもらえるかな?」
「響き?…僕っすか?いや、僕のなm…」
彼女の口角が少し上がった。如何にも悪いことを言いそうな顔だ。
「嘘つき。」
お読みいただきありがとうございます。
今タイトルは今をときめくMrs. GREEN APPLEさんの楽曲から拝借致しました。
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とはいえ、私自身そういうことをしてこなかった者なので、しなくても全く問題ありません。
これからもよろしくお願い致します。