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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第7節 命の天秤
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40.ロゼール

おかしい。

もう昼過ぎだよ。

朝食を食べた時点でもう兵隊たちは村に入っているはずなのに、まだ足音すら聞こえない。

村人の足音すら聞こえない。

不穏な雰囲気が漂う。

いつもなら昼食を食べてから少し経っている頃なのに、不思議とおなかはすかなかった。


「‥‥行くよ」

「どちらへ行かれるのですか?」

「村の入り口へ行って、様子を見る」

「大丈夫です、ロゼールはしっかり座ってください」


そして、安らぐような笑顔で私の顔を覗き込む。


「いま、皆さんがロゼールのために戦ってくれています」

「えっ‥?」


私が返答するまもなく、向こうからかすかに足音が聞こえる。

土を踏みしめるような音だ。

そしてすぐ、足音が少し遠くのほうで止まる。聞こえなくなる。

村人と誰かが言い争う声が聞こえる。


気が遠くなるような長い時間が過ぎて、また足音がする。

どんどん大きくなる。

近づいてきている。

急に私の心臓が飛び跳ねる。

嫌だ。

嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

来ないで。

私、罪と向き合うんでしょ。

嫌だ。

聖女にならなければいけない。

嫌だ。

来ないで。

フローラ。フローラ、助けて。

私にはフローラがいる。

大丈夫。

大丈夫だよね。


ずっと私の隣りに座って手を掴んでくれたフローラが、いきなり立ち上がった。

暖かい手がぶつりと離れた。


「そろそろ作戦の時間ですね」

「‥‥えっ?」

「大丈夫ですよ。わたくしを信じてください」

「ま‥待って」

「シリル、隠れますよ」

「いやだ‥」


2人は寝室の中に入って、ドアを閉めてしまった。

いやだ。

いかないで。


私を守るんじゃなかったの?

私のそばにいるんじゃなかったの?

お願い、フローラ。

返事して。

戻ってきて。


ドアが開く。

薄暗い部屋に、まぶしい光が一気に入ってくる。


私はイザベラの時も、その人と面識があった。

この前の日曜日も寝顔を見たばかりだ。

普段見慣れない軍服を着ていても、それが分かる。


国王陛下。


声が出ない。

心臓がせわしく飛び跳ねる。

苦しい。息が苦しい。

手足が痺れる。

いや。いや。いや。

私、聖女になりたくない。


「お引き取り願えませんか?」


すぐ、父が国王の前に立ちはたかった。

光の中で、2人の真っ黒な陰が交差して、1つになる。


「ここに赤髪の少女はいません。お引き取りください」


しかし私をひと目見たはずの国王は、その言葉を否定することもなく、ゆっくりと頭と背を下げた。


「これには多数の国民の命運がかかっている。我が国には‥‥いや、世界にはどうしても聖女が必要だ。聖女の望みは何でも聞く所存だ。はじまりの聖女ティーアンヌの名に誓い、決して不自由はさせない。少し話をさせてくれ。頼む」


元騎士の父は、それでも、国王の後ろ頭に大声を浴びせた。


「誰のせいでこうなったか分かりますかね?」

「儂のせいだろう。聖女のお言葉を聞き、国をあげて改善する所存だ」

「確かに約束しますか?」

「国の威信をかけて誓う」


父はため息をついてうなずくと、頭を上げた国王にもう一度言った。


「あの子はロゼールです。ただし、ロゼールの求めたものは受け入れてください。お願いしますよ」

「分かった」


父が国王の前をどいた。私からも、国王の顔がよく見える。


「‥‥あなたがロゼールか」


いやだ。怖い。怖い。怖い。

椅子に座ったまま、体が全く動かない。

縛り付けられているように、しびれたように動かない。


国王は、私の眼の前で跪いた。


「やっと会えた‥‥改めて挨拶しよう。儂はクローレン王国の国王、ガストンだ」


私の下で、フローラのように光り輝く金髪が動いた。


「ロゼールは王都に行きたくないと聞いている。我が国に何か不備があっただろうか。まずは我が国の至らないところを教えていただきたい」


私は何か言おうとした。だが足がすくんでいる。口が動かない。息が苦しい。息を止めているみたいに苦しい。腕が震える。座っているはずなのに足が痛い。頭がふらふらする。あるはずのない青白い光がいくつも見える。


「ロゼール、これまで儂らが嫌な思いをさせていたのならその全てを謝罪する。だから、教えてほしい」


私がイザベラだった時も、この国王の父は言っていた。

聖女は国の宝だ、と。

でもその時は、何もしてくれなかった。

私が聖職者や使用人に何度頼んでも、生活はよくならなかった。

本当に? 本当に私の言う通りにできるの?

信じていいの?

ねえ、フローラ。


「全てをあなたの望み通りにしたい」


嘘だ。

嘘を言っている。

私、二度と父やジャックに会えない。

フローラとも自由に会えないかもしれない。

王都に行くなんて、嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。


「なにか一言でも言ってほしい。言ってくれないと分からないのだ」


叫びたい。でも声が出ない。

どこからか笑い声が聞こえる。

誰のものかも分からない笑い声が聞こえる。

誰かが、笑ってるの。

嫌だ。嫌だ。嫌だ。

私、また殺される。聖女にされて殺される。

死んだ魚のような人生を送らされる。


「望むものは儂が全身全霊をかけて実現する。これだけは信じてほしい」


嫌だ。助けて。嫌だ。助けて。


「わが国はあなたの味方だ」


怖い。嫌。私は誰? 誰かが私を乗っ取ってるの? 私は誰?

体が動かない。

頭が痛い。

視界がかすむ。だんだん緑色になる。家のあちこちが光っている。

腕が痙攣する。息が苦しい。脚がしびれて痛い。


「頼む、あなたの手に国の命運がかかっているのだ」

「へ、陛下、ちょっと‥」


父の声が聞こえ‥‥たところで、「いい加減にしてください、お父様」とドアがばんと勢いよく開く音がする。

‥‥えっ、今の誰‥‥?

私はふらふらする頭で、そちらを振り向いた。

フローラが寝室から出て、国王と対峙していた。後ろにはシリルが姿を現している。


当の国王は、寝室から来た2人を見て固まっている。

それを見越してかフローラは、ゆっくり国王に近づいて‥‥違う、私の隣まで来て、一礼する。


「申し遅れました。わたくしはフローラでございます。わたくしは聖魔法を使っておりませんが、ロゼール様のお手伝いをさせていただいております。‥‥そしてまたの名を、クローレン王国の第三王女、ディアナ・ベルハイムと申します」

「‥‥ディアナ‥‥! 生きていたのか‥!」


はっと我に返った国王が、体を私に向けながらも、フローラに顔を向けてぼろぼろと涙を流していた。国王の大きな体が動きかけたところで、それを遮るようにフローラは空いた椅子に座って私の肘をくいっと引っ張った。


「お父様、わたくしの婚約者を紹介いたします」

「‥‥えっ?」

「わたくしは現在、ロゼール様と結婚を前提にお付き合いしております。すでにロゼール様の両親からも承諾をいただいております」


えっ。待って。どういうこと。


「わたくしは以前よりロゼール様の活動にお付き合いしておりましたが、先月のある日の夕方、この家で告白されました」


まって。まって。まって。

あれは‥‥。

ただの寝言って言ってたはず‥‥。


「友達としてではなく恋人として好きと、ロゼール様は間違いなくおっしゃいましたよね」


悪魔のような笑顔で、私の横顔をしっかりと見ている。

違う。あれは‥あれは違う。違う。違う。

聞こえてたの‥‥?

違う。違うって言いたいのに、私の口が全く動かない。


「わたくしは最初驚きましたが、ロゼール様のお気持ちが大変嬉しかったのです。そしてわたくしも熟考のすえ、ロゼール様をお慕いするこの気持ちが友情ではなく異性に向けるような愛情であると気付きました。ですので、その気持ちをお受けいたしました」


そんな私の顔を、フローラは丁寧に、そして乱暴に掴んだ。

フローラの顔が近づいてくる。

待って。何してるの。

私は金縛りにあったかのように、体が動かない。


フローラの一番熱いものが、私の口にくっつく。

柔らかくて、心地よくて、そして一度くっつけたら二度と元に戻れないもの。

だめだよ‥フローラ。

そんな言葉が、塞がれた口から出てこない。

唇だけなのに、まるで私の全身が包まれたように熱い。

好き。大好き。フローラ、愛してる。


フローラはそっと顔を離したところで‥‥改めて、国王を見た。


「‥‥さてお父様。2つ前の大聖女セレナ猊下と恋仲になった男は次々と殺されたと聞いております。ロゼール猊下と恋仲になったわたくしも死刑になりますか?」

「‥‥‥‥い、いや、それは‥‥」


国王はたじたじで、片手を少し上げただけで蝋人形のように動かない。

フローラの顔は笑っていた。まるで罠に引っかかった獲物を見るような目つきだった。


「わたくしはロゼール猊下が正式に聖女になったあとも、逢瀬おうせを繰り返す覚悟でございます。ですが遅かれ早かれ見つかると思います。せっかくお父様とお会いできたのに死刑なんて悲しいですね。残念ですが‥‥」

「ま‥ま‥‥まて‥‥わ、わ、分かった‥‥恋人は死刑にならないよう取り計らう‥‥」

「わたくしとロゼール様の愛を認めてくださりありがとうございます。そのお言葉は忘れないでくださいね。それと、もう1つ‥‥」


フローラは熱い手を私から離して、立ち上がった。

そして、平手を国王に向けた。

えっ、何するの?


フローラが何か呪文を唱える。

私がいつも唱えている呪文だ。

それを暗誦したフローラの手が光って‥白い光が国王を包み込む。

少しだけしてその光は消え‥‥国王は自分の両手を見て驚いている。


「お父様のお体に瘴気がまだ残っていたので、全快させました」

「ディアナ‥‥、ま、まさか‥‥」


私はフローラに声をかけられない。私も驚いているからだ。

何で。どうして。

フローラ、使えなくなったって言ってたよね。

使えるはず、なかったよね。


「わたくしは聖魔法が使えるので、ロゼール様と一緒に聖女になります」


そう言い放ってからフローラは、硬直した私の頭に抱きついてくすくす笑っていた。言葉のふしふしに黒さを感じる。でも瘴気のような黒さではない。


「聖女になったら二度と家族とはお会いできなくなると聞きました。わたくしもせっかくお父様にお会いできたのに、もう二度とお会いできないのは悲しいです」

「わ、わ、分かった、家族とも自由に会えるよう取り計らう!」

「それから、聖女は王都一箇所にとどまらず、好きな時に好きなところへ滞在できるようにも」

「分かった! まて、分かった! 何でもやる!」

「そのお言葉、わたくしは絶対に忘れませんよ」

「分かった、分かった、分かった!」


余裕ある笑みを見せるフローラとは対称的だった。国王が全快したはずなのに息を荒けている。脚がしびれたようで、近くの兵士に腕を掴んでもらいながらくらくらと立ち上がっていた。


「‥‥‥‥条件は何でも呑む。だから聖女になっていただけるか‥‥?」

「もちろんです。ロゼール様はどういたしますか?」


フローラが差し出してきた手を、私はゆっくり握った。フローラが握り返してくれる。熱い。包みこまれるよう。

さっき寝室に行った時はどうなるかと思ったけど‥‥今なら私のためにやってくれたことだと思える。大丈夫。フローラは私を守ってくれる。確信できる。

私は立ち上がって、フローラの隣に並んだ。


「はい」


まだ怖いけど、フローラがいてくれればきっと大丈夫。

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