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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第1節 悪夢の終わり
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3.テランス

俺――テランスはホリア村で生活しているが、かつては王城を守る赤髪が特徴的な騎士だった。任務として王城内の見回りをよくしていた。


出会いは突然だった。俺はその晴れた昼もいつものように王城の中庭を見回っていた。すると噴水のへりに座っている女性がいた。こちらから見ると噴水の反対側になる。銀色の長い後ろ髪を伸ばして、上品に座っていた。絵になるなあ。俺は気がつくと、そいつに声をかけていた。


「こんなところにいたら濡れてしまいますぜ、お嬢様」

「あら、どなたさまですか?」

「王城警備のテランスです」

「騎士さん、いつもお世話になっています」

「いやいや、めっそうもございません」


大人になったばかりという感じの女性は立ち上がると、ドレスを広げてゆっくり上品に頭を下げた。すみれが控えめな紫色で美しく描かれていた。


「私は聖女イザベラ・ド・デンゼーと申します」

「あっ、イザベラ猊下げいか、気付かず大変失礼いたしました!」

「いいえ、お気になさらず」


2,3年ほど前にこの王城に新しい聖女が入ったという話は聞いていたが、彼女がそうだったようだ。

聖女は国中から万病のもとになる瘴気を取り払う。瘴気の入った農地からは作物はとれず、瘴気が人体に入るとその人は死ぬ。国にとって重要な職業だからこそ、他国に聖女を奪われたり、殺されたりするようなことがあってはならない。それゆえ俺などではなく専用の護衛がいたはずなのだが、今は一人だったから逆に気付かなかった。

すぐ向こうから足音がしてくる。白い鎧に身をまとった男性が走ってきた。あいつが護衛か。


「大変おまたせいたしました、猊下」

「いえいえ、部下の体調も大切ですもの」

「ありがたきお言葉でございます!」

「それではテランスさん、またお会いしましょう」

「ああ、気を付けてな」


ひらひらと手を振って、聖女は護衛とともにおしとやかに去っていった。


去り際が美しかった。俺は面食いではない自信があるが、あの顔つきは天使そのものであった。笑顔は破壊力が高い。あの振り返ってきた時の顔が脳裏に焼き付いてくる。


   ◇


俺はいきなり、後ろから棒で殴られた。


「あたっ!?」


振り返ると上官だった。そうだ、俺は練兵場で騎士同士で向かい合って剣を振る訓練中だったのだ。


「お前、ここ最近上の空だぞ。おちおち見回りも任せていられない」

「はい、申し訳ありません!」


そんなことがあったので、今日訓練で付き合ってくれた騎士から飲みに誘われた。


騎士御用達の居酒屋で最初の一杯を飲み干したあと、「お前が上の空なんて珍しいな‥‥いや、何回かあったか。一体何があったんだ?」と余計な一言を付け加えて聞いてきた。


「いやー、この前見回りで会った銀髪の子が美しいって思ってな」

「聖女猊下か?」


図星だった。俺は「あ、ああ‥」と呆然としていた。


「ははは、気持ちは分かる。王妃さまよりお美しいって噂だ。人気はあるだろうな」

「だろうな、俺じゃ荷が重すぎたか」

「それもあるが、猊下だけは絶対にやめておけ。知ってるか、猊下は恋愛禁止だ」

「えっ?」

「そして交際を持った男はすぐ処刑される」

「ええっ!? な、何でそんな話知ってんだよ!」

「前に大聖女だったお方、知ってるか?」

「セレナさまか?」

「ああ、そうだ。セレナさまはそんな前例をぽんぽん作ってこられたお方だぞ。わりと歴史の浅い話だからな、覚えておけ」

「ああ‥‥」


聖女の中にも力の強いのと弱いのがいて、セレナやイザベラはたいへん強いほうだ。セレナが死んでからイザベラの就位までの間にも聖女はいたのだが、一般にはイザベラの前任はセレナと言われる。そのような聖女は、他と区別するために大聖女と呼ぶことがあり、国の安寧のためになくてはならない存在だ。


「しかしなあ」

「どうしたのか?」

「お前、婚約者がいるだろう。猊下にうつつを抜かす前にさっさと結婚しておけよ。お前のためになる」

「ああ、そうする」


俺はイザベラのことを忘れるために、その日のうちに正式な結婚の約束を取り付け、2週間後に結婚した。スピード結婚だった。妻からは不審がられたが、行動で挽回することにしよう。


   ◇


そのあともイザベラと話をする機会があった。俺は身分の低い騎士であり、他の貴族のようにお茶会の招待状を出されることはなかったが、見回りでその姿を見ることがあった。

決まって、最初に出会ったのと同じ噴水の中庭だった。


「ここにいればお会いできるかと思いました」

「ああ、ありがとうよ‥‥だが、あまり滅多なことは言わないでくれ、俺には妻がいるんだ」


そばにいる白い騎士をちらちら見ながら、俺は返事した。イザベラは「分かってますよ」と短く笑った。顎に平手を当てるその仕草がかわいらしかった。

イザベラとはたわいのない世間話をした。王都であった出来事、王城に生えている木の話、任務で近くの村まで行った時の話‥‥。イザベラは俺に近寄ることはなかったが、俺の顔を見るたびに寂しそうな表情をしていたのがいつも引っかかった。

こうしてイザベラと話していくうち、3つだけ出してはいけない話題があるのに気づいた。1つは、俺が妻を設けたという家庭の話。1つは、彼女の出身であるデンゼー公爵家の話。もう1つは、ハーゼブラという小さい農村の話。聖女は恋愛ができないから家庭の話は嫌なのだろう。俺も気持ちは分かる。デンゼー公爵家の話も、まあ家族と不仲とか不満があったのだろうと納得はできる。しかしハーゼブラという農村に関しては意味不明だった。別にデンゼー公爵家の領地でもなかったはずだし、特産物も無い。宿にするにしても、すぐそばにある別の町を選ぶ。以前何か、気がつけば通り過ぎてしまうような場所で嫌なことでもあったのだろうか。


気がつくと、俺が見回りする日は2分の1の確率でイザベラと会っていた。

だが、俺もイザベラも年齢がわずかに熟し始めたところで、ばたりとイザベラが姿を現さなくなった。王城内の教会では今日も聖職者が慌ただしく動いているのだから、別にイザベラが死んだり遠出しているわけでもないだろう。しばらくは忙しいのかなとやり過ごしていたが、それが3ヶ月、半年と続いた。ついに1年近くになった。

俺とイザベラがあまりに仲良くしすぎたのを咎められたのだろうか、いやイザベラには俺が既婚であることは伝えているし、イザベラの性格を考えるともう二度と会わないにしても人を通して俺に一言あるべきだ。


そうやって過ごしていたある日、俺は珍しく夜の見回りを任された。いつもの当番が妻の出産に立ち会いたいらしい。結構なことだ。

夜中の王宮の廊下を歩いている。夜は視界が良くないから、耳の感度が高くなる。少しの音でもすぐ体が動き、それが自分の足音だと気付くとため息をつく。これの繰り返しだ。昼と同じようにやりゃあいいといつもの当番は言っていたが、これは慣れが必要だ。

ふと、すぐそばで物音が聞こえる。俺のものではない、明らかな物音だ。誰だ。いや、いきなり声を出したら犯人が逃げるか自暴自棄になるかもしれない。近づいて相手の姿を見てから対応するべきだ。


物音は中庭から聞こえる。俺とイザベラが出会ったあの中庭だ。

あの噴水の向こう側。噴水に隠れて姿は見えない。俺は草で音を立てないよう、レンガの道をゆっくり歩いた。レンガの取り付けが悪くて揺れる石もあるのだが、長年ここを見回りコースにしていた俺はどの石が悪いか分かる。

そーっとそーっと近づいて、噴水の向こう側を覗き込んだ。


俺は目を疑った。女性が、ひたすら土を掘っていた。何か大切なものを隠しているのだろうか‥‥それならばこの人のプライバシーだろう。俺はそう思ったが、途端にそれが不自然な行動であることに気づいた。素手だったのだ。普通ならスコップでも何でも道具を使うはずが、素手でわざわざ手を汚していたのだ。それによく観察してみると、掘り方もおかしい。何か目的があって掘り下げるわけでもなく、ただ猫の爪とぎのように軽く軽く土を撫でているだけだった。

そして、あの月に光り輝く銀髪‥‥もしやイザベラではないだろうか。1年も会えていなかったイザベラではないだろうか。


「お、おい‥‥イザベラ猊下ですか?」


するとその女性は振り返って、俺に顔を見せた。確かにイザベラだった。イザベラは驚くこともなかった。ただ笑顔を崩さなかった。そして、こう言い放った。


「あら、どなたですか?」

「お‥‥俺だよ、テランスだよ。いつも昼に見回っている騎士だよ」


イザベラは立ち上がって、土に汚れた手できれいなドレスを持ち上げ、うやうやしく一礼した。


「はじめまして。私はこの王城で聖女をしております、イザベラ・ド・デンゼーと申します。本日もお勤めご苦労さまです」

「い、いやいやいやいや、俺たち初めてじゃないですよね?」

「あら、どこかでお会いしましたか?」


イザベラはにこにこ笑っていた。俺に向けるいつもの顔ではなかった。初対面の人に対する愛想笑いだった。

夜の不気味さがあった。冷たい風が俺の背筋に届いた。


俺はイザベラを無理やり教会見張りの兵士まで送り届けた。イザベラは最後まで俺によそよそしかったし、どうせなら道中でもう一度「はじめまして、あなたはどなたですか?」という質問をかまされた。俺はもう名前を説明していたはずだ。イザベラは無垢な笑顔だった。

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