30.ガストン
「‥‥これが市民たちの証言か」
儂――ガストンが聖女に治療されたことを公表してから、一気に証言が集まり始めた。王国に従順な他の都市と比べると少ないほうだが、兎角に証言が集まったのだ。会議室の大きいテーブルの上には、何百枚もの紙がばらばらに散らされていた。
「あ、あの、陛下、これはわれわれが取りまとめて後で報告しますから‥‥」
「人手は多いほうがいいだろう。それに儂も、事実と虚構の区別ができないほど愚かではない」
役人の制止を振り切って、儂はそこらへんの小さい椅子に座って、周りの紙をかき集めた。
確かに役人が懸念していそうな、明らかに虚構と思われるものもあった。『聖女は実は男である』『聖女は身長3メートルの怪人』‥‥これはいたずらだろう。まだ聖女側に与する人が多いというわけか。最初に出会った時の市長が狼狽していたように、このメル市では明らかに聖女の存在が隠されようとしている。それも市民くるみでだ。一体なぜだ。その理由を知り、謝罪するところから始めなければいけない。さもないとこの国は滅ぶ。
‥‥ディアナ。ディアナよ、なぜ君はそんな頑なに王都を拒むのだ。儂に会いたくないのか。儂が嫌いなのか。
「‥‥む」
儂はある紙を見つけた。『聖女はこの市ではなく、さらに西の村に住んでいる』と書かれたそれを、儂は自分の手前に移した。他にもある。『この前、赤髪のほうの聖女が1人で大通りを歩いていた』『母親らしき人が引っ張っていった』‥‥‥‥聖女の母親がこの市に住んでいるのか!
しばらくして役人たちと一緒に、さもありそうな紙だけを抜き出して整理し、似たような証言の紙をまとめてグループにする。同じ証言が複数あればあるほど信憑性が上がる、そうでなくても他の証言と突合して辻褄のあうものは準採用する、というルールだ。
取りまとめ役の役人が、それを読み上げた。
「えーっと、これらを総括しますと、まず2人の聖女はこの市ではなくさらに西にある村に住んでおります。そして、赤髪の聖女の母がこの市に住んでおり、茶色の髪をしており、三つ編みのおさげを肩に乗せているようです。その女性は第二通りでよく目撃されます‥‥」
その女性の特色‥‥儂は見たことがある。第二通りであれば、どこで会ったかも覚えている。
西にある村たちの人口を合わせても、メル市全体の人口より少ない。つまり本来ならこのメル市を今すぐにでも立ち去って村にすべてのリソースを費やしたほうが合理的なのだが、交渉においていい選択ではない。
「陛下、西に向かいますか?」
「いや、その前に会いたい人がいる。赤髪の聖女の母親だ。儂はこたびの捜索でその方に会ったことがある。西へ行く前に挨拶したい」
「さようでございますか」
兵を動かすのは早朝のほうが何かと都合がいい。外出先により長く滞在できるからだ。「ついでにその女性の出身の村を調べよ、探す手間が省ける。ただし分かるまでは市に近い村から順番にしらみつぶしだ」との指示を忘れずに出して、儂は会議室から立ち去った。
会える。ディアナに会える。ディアナが生きていて、近くにいる。父親としてその日を何度待ち望んだことか。
そして聖女が王都へ行きたくない理由を知り、行けるよう最大限手助けしたい。できることなら何でもしたい。とにかくすべての真相が、真相が知りたい。




