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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第6節 王国の執念
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28.シリル

僕――シリルは、ディアナ第三王女殿下のお付きの使用人だ。それは、王城から出て殿下がフローラと名乗るようになってからも変わらない。変わらず殿下にお勤めさせていただくまでだ。殿下には名前と尊称で呼ぶことを禁じられているが、今でも心の中では殿下とお呼びしている。

僕の少し長く整った黒髪はクローレン王国では珍しいらしく、面白がった男爵が使用人にしたところ僕は他より物覚えが良かったらしく、宝飾品献上のごとく王城へ突き出された。そこでディアナ殿下と会ったという次第だ。


今日は、昼からロゼール様の誕生日パーティーが村の集会所である。ロゼール様はあまり目立つことを望まないが、この村では昔から15歳になった子は祝う習慣がある。‥‥ということにしてくれ、と村長に言われ、まず「そんな習慣なんてあったっけ?」と首を傾げるロゼール様を集会所へ引っ張った。だが、このパーティーのために一番重要な人がまだ来ていない。殿下だ。殿下が時間をまじめに守らないことはあまりない。どうしたのかと思いつつ、「フローラ様は僕が呼んでまいります」と村人に言って、坂道を駆け上った。


殿下の家に着いた。僕はドアをノックして、開けた。殿下が何も無いテーブルの椅子に座っていた。


「‥‥シリルですか」

「フローラ様、まだこの前の日曜日のことを気になさっていますか」

「はい。‥‥父がまだ生きていることを知って、まだ混乱していて‥‥」


殿下が見せる寂しそうな顔は、かつでのことを思い出すときにするものだ。この薄暗い部屋で一人、陛下との思い出を繰り返していたのだろう。


「‥‥そんな感傷的な様子ですと、ロゼール様が悲しみます。お時間ですから、早く行きましょう」

「‥‥はい、そうですね」


僕が語尾に様をつけるのは、この村では殿下だけ‥‥のつもりであったが、殿下の婚約者にも使うことにした。とはいっても殿下はまだ当のロゼール様にそのような話はしておらず、ひとつの偶発的事案を徹底的に利用して外堀を埋めていく作戦でおられるようだ。もし相手が貴族だとしても、相手の家は間違いなく混乱しながらも子供を差し出すしか無くなりそうだ。本当に殿下は狡猾なお方である。


パーティーでは、村人たちが懸命にロゼール様を祝った。途中アクシデントもいろいろあったものの、楽しく盛り上がったと思う。そして、貴族のパーティーとは違って賑やかで楽しそうだった。殿下にはこんな人生も悪くないかもしれない。心から楽しんでいるようだった。僕は殿下にお仕えできて幸せだ。

ちなみにロゼール様の母は欠席だった。メル市があのような状況なら、余計な疑いをかけられないようにするためにも仕方ないだろう。


   ◇


パーティーが終わったあと、お礼を言いながら後片付けに参加しようとしたところ追い出されて坂を登る2人を見た。残った村人たちに「僕が様子を見ます」と言うと、なぜかテランスが悔しがっていた。テランスは元騎士で義務感もあるかもしれないが、僕は現職の使用人だという意識でいる。


ロゼール様と殿下の2人は案の定、一本木にいた。僕は2人に意識されることの無いよう茂みに隠れて、様子を眺めていた。


「‥‥次にフローラが聖魔法を使えるようになったら、もうあんなことは言わない。好きな時に王都へ行ってね」

「お気遣いありがとうございます、ロゼール」


僕は殿下の行動パターンを知っている。あの声の微妙な変化は、行かないパターンだ。殿下は陛下との再会で感傷に耽りながらも、物事の分別は済ませているようだ。


「‥‥行かないんでしょ?」


ん?

なぜ分かった? 殿下の微妙な声の変化を読み取るのは、僕にしかできない特技のはずだ。


「‥‥どうして分かるのですか?」

「フローラってウソをつく時は声が微妙に変わるよ」

「‥‥それが分かるのはシリルだけだと思ってましたが」


‥‥ロゼール様は、殿下の微妙なクセまで見抜いてしまったようだ。さすが婚約者というべきか‥‥だが、殿下のことを一番よく知っているのは僕の方だ。ここだけは譲らない。


「行きたいなら行っていいよ」

「‥‥でも行くと、わたくしは二度とロゼールにお会いできないかもしれません」

「それでも、陛下のこと心配でしょ?」

「いいえ。平民に身を落とした時点で永遠の別れは覚悟しておりました。先日お会いできただけで十分です。わたくしには終身の聖女勤めよりもロゼールのほうが大切です」

「そんな‥悪いよ‥‥」

「いいえ。覚悟はできております」


おそらくその言葉の意味、ロゼール様と殿下の間で微妙にズレていると僕は思う。ロゼール様はイザベラ猊下という前世をお持ちで、ゆえに貴族の感覚で行動していると殿下はお考えになっているだろう。だが今のロゼール様が貴族と平民、どちら基準で行動しているかは誰にも分からない。イザベラ猊下のときの貴族の感覚か、それともセレナ猊下のときの平民の感覚か。

おそらく殿下が外堀を埋めているのも、その微妙なズレを肌で感じ取っているからだろう。

殿下は利発で狡猾なお方だ。貴族や王族に代々伝わる交渉力というものだろう。ロゼール様は生半可な覚悟で逃げられるとは思わないほうがいい。

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