19.フローラ
ロゼールは今日も、袋を握って、一本木の前で座っていました。
村人たちが「悩みあるのかな」「聞いてみたけど教えてもらえなかった」「聖女絡みっぽいかな」などと噂する中、わたくし――フローラはその様子を遠巻きに見ておりました。
「ロゼール‥‥」
ロゼールの寂しそうな横顔が見えます。
あの様子は‥‥袋を握っているということは、自分が聖女になることを考えておられるのでしょうか。
昨日聞いた時は「そんなことは‥ないよ」とやつれた顔で返事していましたが、絶対に考えていると思います。
「どうなさいますか?」
気がつくと、そばにシリルがいました。わたくしは「ロゼールが家に戻るまで、ここで待っています」と小さく返事しました。
そういえばわたくしの正体ですが、あのあとテランスと2人になった時にお伝えしました。元騎士であれば、ロゼールの伝え方次第では他の村人の目の前で敬礼しかねませんしね。テランスは案の定、正体を知るやいなやひざまずいてしまっていたので危ないところでした。敬語も尊称も不要、今まで通り接してください、ついでにわたくしの家の警護も不要です、と伝えてあります。
◇
夕方になりました。
いつも日曜日と月曜日以外はおじいさんの家を手伝うと言っていましたが、結局今日も行きませんでしたね。ロゼールがとぼとぼ、こちらへ向かって歩いてくるのが見えます。
「‥‥‥‥フローラ?」
ロゼールが力なく、わたくしの名前を呼びました。
「何についてお考えになってましたか?」
「‥‥なんでもないよ」
「やましいことですか?」
「そんなこと、ないよ‥‥」
ロゼールが黙って通り過ぎようとしたので、わたくしは横から呼び止めました。
「わたくしのことを仲間だとはお考えになってないのですか?」
「‥‥どうしたの。フローラは、私の大切な仲間だよ‥‥」
「でしたら、お悩みを教えて下さい。仲間として、ロゼールとともに悩みます」
「‥‥ありがとう、でもいいよ‥‥」
わたくしが正体を明かしたあの日の前後では明らかに態度が違います。おそらく‥‥わたくしの聖の魔力が無くなったことについて、今も責任を感じておられるのでしょう。
生気のない顔をなさると、わたくしまで自分のことのように胸が痛みます。
◇
「‥‥フローラ、聞いていい?」
「はい、何でしょうか?」
「何で‥‥私の家で、ご飯を食べてるの?」
「ロゼールが好きだからです」
「そう‥‥」
恋愛をにおわせてみましたが、ロゼールは全く反応しません。ここまでくると悲しいものです。ロゼールの家の四角いテーブルによるいつもより1人多い食卓は、ものさみしげでした。
「おかわりはいりますか、殿下」
「前にも申しましたが、その殿下というのはおやめください」
テランスは相変わらず、わたくしの扱いに慣れていないようです。騎士は礼儀作法についてどこまで厳しく教育されるのでしょうか。シリルを鍛えるのにも時間がかかりましたからね。
◇
「‥‥フローラ、聞いていい?」
「はい、何でしょうか?」
「何で‥‥私と同じベッドで寝てるの?」
「ロゼールが好きだからです」
「そう‥‥」
暗い寝室でロゼールはそのまま、わたくしに背を向けて、身を横にしました。あちらには窓がございます。窓の外を眺めておいででしょうか。
同じベッドに入るのは色仕掛けの中に入ると思ったのですが、今日のロゼールはわたくしなど眼中にないようです。テランスのものを跨いて向こうのベッドではすでにジャックが寝ていますので、静かにささやくようにロゼールに声をかけます。
「わたくし、ロゼールのお悩みを当てましょうか」
「いい‥‥」
「ロゼールは、わたくしから聖魔法を奪ったと今でも悩んでおります。そして、わたくしが行けなくなった代わりに、ご自身が王都へ行こうとしているのでしょう」
ロゼールは横になった体をばっと倒して、わたくしに顔を向けました。でもすぐにそのかわいい顔を濁らせます。
「‥‥そんなこと、考えてない」
「それは本当ですか?」
「‥‥‥‥」
「では、今から本当にしましょう」
わたくしはその言葉が終わるやいなやロゼールの顔を掴んで、頬に自分の唇を押し付けます。しばらくして離す頃には、ロゼールの顔は茹でタコのように真っ赤になっていました。ふふ、かわいいです。
イザベラも聖女になる前は公爵令嬢でしたのでご存知と思いますが、異性と一緒に寝るのは、家族でなければ婚約したあとでないとダメなのですよ。同性でよかったですね。
「問題は明日、一緒にゆっくり考えましょう」
「‥‥うん」
「おやすみなさい、ロゼール」
「おやすみ、フローラ」
◇
翌朝の話の場は、わたくしの家になりました。シリルは仕事で家を出ていきました。‥‥あら、約束通りロゼールがいらっしゃいましたね。お茶をお淹れいたします。
「こんなところにお住まいとは‥‥」
ロゼールと一緒にテランスまで入ってきました。わたくしはロゼールを椅子に座らせると、テランスを出口のドアの前まで押しのけます。
「家の警備は不要と、お伝えしましたね?」
「いや、王族の警護は騎士の義務ですからな」
「元騎士、ですよね。それにここは国境に近い村です。わたくしの周りにへたに人が集まると、かえって危険です。分かっていただけますか?」
「あ、ああ‥‥」
「下がってください、今なら落ち込んでいるロゼールの送迎で通りますから」
気まずそうに頭を少しだけ下げるテランスを追い出したあと、わたくしは改めてロゼールの隣に座ります。今回は向かいではなく隣です。
「‥‥ねえ、そ、その、この前私が昼寝してた時に言ってたこと、やっぱり聞こえてたでしょ‥‥?」
ふふ、いつものロゼールに戻ってますね。ひとまずよかったです。
「何のことでしょうか? わたくしはただ、袋が必要な話題だと思って隣りに座ったまでです」
「だったら、少し離れてくれない‥‥?」
「ふふ、そういたしましょうか」
わたくしもちょっといたずらしすぎましたね。‥‥ここまでくると、さすがにわたくしの鼻にロゼールの匂いが届きます。心地よくて、ずっと一緒にいたいと思えるような落ち着ける匂いです。そろそろわたくしの心臓も高鳴りそうになりましたので、素直に離れます。今はまだわたくしの気持ちが友情と恋愛のどちらなのか自分でも分かりません。そのうち納得できる答えが出せるものと思っております。




