表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第4節 聖女の足音
19/50

18.ロゼール

私――ロゼールは、日曜日の午後だというのに丘の上の一本木のそばに座って、ぼんやりしていた。


「昼寝しないのか?」

「うん‥‥あまり寝たくない気持ち‥‥」


ジャックはやれやれとため息をついた。


「行きたくないんだろ? 今夜」

「‥‥行きたい」

「嘘つけ。顔に書いてあるぞ」


日曜日の夜になれば、メル市に行かなければいけない。寒い、雨が降っている以外の理由で行きたくなくなったのは初めてだった。行かないと。私を待っている人がたくさんいる。‥‥でも本当に行っていいの?

私は聖女になりたくないという個人的なわがままのために、王都の人たちを見殺しにした。王都にはイザベラの時に世話になった人たち、そしてイザベラの兄弟が住んでいる。いや、王都だけじゃない。この国全体、そして外国も。世界中の人間を見殺しにしたかもしれない。

私は悪い人なの? 聖女の仕事は地獄だったけど、聖女にならなかった私はもっと悪いの? 断罪されるべきなの? 自分の自由のために他人を平気で殺せる冷酷な人なの? そんな私に、メル市で活動する資格はあるの?

‥‥これは罪だ。犯罪だ。罰として、私は聖女になるしかない。今まで私のせいで死んでいった人たちを思いながら、残りの人生をすべて贖罪に。


「こんにちは」


フローラの声がしたので振り返ると‥‥フローラは茶色の上着、そして、真っ黒のズボンを穿いていた。これはフローラの変装時の衣装だった。後ろにはシリルが控えている。


「だ、だめだよ、まだ明るいのにそんな格好だとばれちゃうよ」

「問題ありません。本日はロゼールに別れを告げにまいりました」

「‥‥別れ?」


嫌な予感がする。

フローラ、私のことが気持ち悪いの?

嫌いなの?


そんな私の心情が透けて見えているかのように、フローラは寂しそうに笑顔を作った。


「ロゼールにはまだ自己紹介をしておりませんでしたね」

「‥‥自己紹介? フローラはフローラだよね」

「はい。わたくしの名前はフローラ。ロゼールとともに活動する仲間です」


だよね、突然何を言ってきたかと思った。

‥‥でもフローラは、それを言い終わったあと、片足を一歩下げてうやうやしく頭を下げる。


「そして、わたくしのもう1つの名前は――ディアナ・ベルハイム。クローレン王国の第三王女でございます。わけあって王城を離れ、この村に隠れておりました」


フローラは‥‥この村に引っ越してきた時、立ち振舞が上品だったので貴族の駆け落ちではないかと噂されていた。貴族ですと言われたらやっぱりと返すくらいの気持ちでいた。でも、まさか、まさか‥‥。

現国王にはイザベラの時、会ったことがある。金髪が特徴的だった。そして、フローラも金髪‥‥。最初は立派な金髪だと思っていたけど、まさか王家のものだったとは‥‥。


「わたくしの父はイザベラ猊下と面識がおありと聞いております。その節はお世話になりました。父に代わり感謝申し上げます」


待って、何で今、その話をするの。王族ってことは‥‥国を救うため、私を王都に連れて行くの? 「おい、袋!」と、そばにいたジャックが私の口に袋を押し当てた。「驚かせて申し訳ありません」と、フローラが、ジャックと一緒に挟むように私のそばに座ってきた。私の手に、みずからのそれを重ねてくる。


「わたくしは王族ですが、ロゼールを王都に連れていくことはございません。わたくしがロゼールの身代わりとして、聖女になります」

「‥‥えっ、今、何で‥‥?」

「わたくしが新しい聖女になります」

「フローラは‥‥聖魔法‥使えるの?」

「使えます。さらに精霊とお話することもできます。ロゼールが誘拐されていたことも、わたくしが浮遊魔法を使えるということも、精霊に教えてもらったのです。精霊とお話できるのは、聖女として格が高い‥‥そうでしょう。ですのでわたくしはイザベラ猊下の代替になりえます」

「‥‥だめ! 聖女になっちゃだめ!」


自分の手元にある袋をジャックに押し付けて、私はフローラに怒鳴った。


「いま、王都でわたくしの父が瘴気に憑かれ、死を待っております。父を治せるのは聖女しかいません。そしてわたくしには、その資格がございます。わたくしはこの力を使って父を、そしてわが王国を助けます」

「それでもだめ! 聖女になったら二度と会えなくなっちゃう!」


それまで喋り続けていたフローラの口が止まる。その碧眼は丸く、驚きをもって私の言葉を受け止めていた。


「私が聖女になりたくない理由、言ったよね? フローラも絶対そうなっちゃうよ。王族だからって許してもらえるか分からない」


嫌だ。フローラが聖女になる? 離れ離れになる? 二度と会えなくなる? 嫌だ。

私は気持ちを鎮めたかった。でも今説明しないと、絶対に後悔する。フローラがいなくなったら、私はきっと立ち直れなくなる。私にはフローラが必要だ。今までにも何度か説明したけど、言わずにはいられなかった。今はフローラを止めなければいけない。


「‥‥私はイザベラの時、大好きな父がいて‥‥」


途中で鼻を詰まらせながらも、私は言いたいことを言った。と思う。聖女になったら二度と家族に会えなくなる。恋人を作ることもできない。故郷にも戻れない。任務のない限りずっと王城に閉じ込められ、自由は得られない。まるで牢獄のような生活だった。それを繰り返した。


「‥‥‥‥ロゼールのご懸念は理解しました」


よかった。分かってくれた。


「ですがわたくしは王族です。生涯をもって王国のために尽くさなければいけません。わたくし自身が国の一部になるのであれば本望です」


分かってなかった。


「だめだよ、私とも二度と会えなくなっちゃう‥」

「友人としてお訪ねになればよろしいのです。ロゼールは王都に来ても力を人にお見せさえしなければ聖女になることはありません」

「だめ‥‥」


聖女になっちゃだめ。


「それからお願いですが、シリルはこの村に置かせてください。シリルは王都では王女を誘拐した大罪人になっているかもしれないのです」


聖女になったら二度と、人間でいられなくなる。


「村人への挨拶はひととおり済ませましたが、わたくしの正体までは話していませんので他言なさいませんよう。テランスにはお伝えして構いません」


私にとって一番大切な人が、感情を失った人形になってしまう。


「詳しいことはわたくしの口からは言えませんが、村人たちはみなロゼールの味方です。困ったことがあれば、なんなりとお頼りになってください」


私には、フローラしかいないのに。


「それでは、短い間でしたがロゼールと一緒にいられたこの6年間は充実しておりました。本当にありがとうございました。また王都でお会いいたしましょう」


フローラの足が浮き始めた。

私の身代わりなんて、だめ。

足が地面から離れていく。

それはフローラの意思じゃない。

フローラの覚悟じゃない。

もとを辿れば、聖女の力が悪いんだ。

フローラが力を手に入れてなければ、こんなことにならなかった。


「フローラの聖女の力なんて、消えちゃえ!」


途端に、衝撃音が聞こえる。

大きな石が地面にぶつかったような音。

でもそんな些末なことはどうでもいい。私は目をつぶって、ひたすら上を向いて、口を大きく開けてわめいていた。


   ◇


夕食が終わったあと、父が寝たのを確認すると変装した私は一本木へ駆けていった。

そこには、一人の少女が立っていた。

昼であれば短い金髪が美しく光っていた女の子が、昼と同じ服やズボンを身に着けていた。


私はその少女の前で膝と手を地面につけて、深く頭を下げた。


「本当に‥本当に‥‥ごめんなさい、あ、あのっ、私も、どうしてこうなったのか、わからな、くて‥‥」

「気にしないでください。ロゼールのせいではありません。それにわたくしも、なぜ聖魔法が使えたのか分かっていなかったのですから、元あるべき姿に戻ったと思っております」


少女は私に手を差し出したが、私は「まって、は、鼻水‥拭く‥‥」とその手を止めた。「こちらを」とハンカチを差し出されるが、そんなものは使えない。


少女フローラは、私がわめいた瞬間、浮遊魔法が切れて尻もちをついてしまった。

そのあと、どんなに浮遊魔法を使おうとしても使えなかった。

他の聖魔法も使えなかった。

聖以外の魔法なら使えるのに。


私のせいだ。

私のせいで、フローラは聖魔法を使えなくなった。

私が、フローラの父を死なせてしまうかもしれない。


私は王都へ行って、聖女にならなければいけない。

国王が死ぬまでに、聖女にならなければいけない。

フローラへの贖罪のために。

この身をフローラに捧げるために。

自分の愛した人間を守るために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ