9.ロゼール
北の森の瘴気が取り払われた日の朝、いやもう昼前になっているが、俺――テランスは、集会所で4人の人間を床に座らせていた。
左から順に紹介しよう。ジャック、フローラ、シリル、そして村長だ。
こうなった理由はみんな分かっているだろう。
「なあジャック、俺がどうして怒ってるか分かるか?」
「‥‥父さんに無断で森の浄化に行ったから」
「浄化がどれだけ危険か分かってなかったか?」
「それなりに危ないけど、ロゼールがいれば大丈夫だと思ってた」
「あのなあ‥‥」
当のロゼールも叱りたいのは山々だが、下手に叱るのは避けたいしイザベラの性格も考えると周りの人から攻めたほうが効率的だ。困っている人をどうしても放っておけないなら、周りに止めさせたほうがいい。
「ほっとくとすぐ過呼吸を起こすような奴に命を預けたのか? 元軍人だから言わせてもらう、お前たち全滅してたぞ。戦場は能力とか障害とか平等とかきれいごとじゃ生きていけねえんだ。特にフローラ! ロゼールの相棒だから、お前が死んだらみんな死ぬぞ。身を張るのはいいけどロゼールのメンタルの弱さは計算しろ」
「言葉もございません‥‥」
「シリルも気づいてくれよ」
「肝に銘じます」
「ジャックも俺に報告するのが出発の直前って、戦いをなめてんのか? 仕方ないからあの時は行かせるしかなかったけど、俺は一晩寝れなかったぞ」
「悪かったよ‥‥」
「村長も大人ですから、元軍人の俺に考える猶予をくださいよ」
「すまない‥‥」
一通り怒ったところで、村長の妻がお茶を持ってきて「そこまでにしてくれないか、みんな頑張ったんだから」と声をかけてきた。確かに森から瘴気の根本原因が取り払われたと聞いた村人たちは歓喜して森の狩りも早速平常運転に戻ったが、俺は次のために怒っているんだ。
「‥‥まあいい。ジャック、次はちゃんと早めに言え。いいな」
「分かった」
それだけ言って終わりだ。俺、そして4人はしびれる足を押さえて、村長の妻に案内されて次々とテーブルに着席した。
「それにしても辺り一帯の瘴気や魔物を一気に吹き飛ばす魔法か‥‥確かにそんなのがあったら騎士の仕事がなくなりそうだな。あれはやばいと思うぞ」
俺があははと笑うと、4人の頬もゆるむ。いいタイミングで、俺は次の話題をふる。
「しかし、ロゼールはイザベラの生まれ変わりだと確かに認めたんだな」
「はい。セレナ猊下の生まれ変わりとも言っていました」
「さすがにセレナ猊下は40年以上前だからなあ、村長がまだ若かった頃か」
「男だらしとして有名な聖女だったのう」
村長がお茶を飲むと、フローラも「わたくしもそう聞いております」と同意した。
「男だらしか‥‥イザベラのイメージと真逆なんだが、生まれ変わると性格まで変わるのか」
フローラは「さあ」と首を傾げた。誰にもわからないことを聞いてしまった。
お茶を飲み干した村長が、カップをことりと置いた。
「提案なんだが。今回みたいなことが今後もないとも限らんし、その時は元軍人のテランスも同行してくれると安全だ」
「俺に秘密をばらせというのですか」
「その通りだ」
「まあ、確かに瘴気払いは子供だけに任せられんですな」
正確に言うと10歳の魔力検査が終わった人は成人扱いされるのだが、ロゼール完全依存の作戦を立てた時点でこいつらはまだ子供だ。危なっかしい。
俺は頷きながらお茶を飲んだ。確かに俺はイザベラと面識があり、身振りや言動など彼女の特徴を知っている。そして、日頃からロゼールを見ている。この村の中では、一番ばれてもおかしくない相手が俺だ。その意味でも適任かもしれない。
「よさそうなタイミングを探して伝えときます」
「そうしてくれ」
言いたいことは言った。もうこれ以上椅子に座らせることもないだろう。そういえばロゼールは例のじいさんの手伝いか。ゆうべ治療してもらった2人のうち1人があのじいさんの孫だったな‥‥。




