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訪問聖女と黄金の杖  作者: KMY
第1節 悪夢の終わり
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本編 プロローグ

メル市の日曜日は、他の日曜日とは異なる特別な日である。


一人の大人の男‥‥普通であれば元気に働ける年齢だったが、このときは日曜日の夜に木造りの粗末な自宅の2階にあるベッドで死ぬように眠っていた。横では涙をうるませる少年を妻が抱いていた。

すでに医者には診てもらっていたが、原因がわからないのでこれは瘴気によるものではないかと言われた。瘴気は医者では治せない。治せるのは、専用の魔力を持った人だけである。その人は確かにいるのだが、こんな街の隅にあるようなぼろい民家のために来るはずがない。


「ママ‥‥パパは助かるの?」

「助かるわよ。今日は日曜日だから。ほら、祈って」


2人はベッドを挟んで、鍵のかかっていない真っ黒な窓の外に向かって必死で手を組み、ひたすら祈っていた。2人の顔は赤らみ、手に汗が滲んでいた。


「どうかパパを助けてください」

「旦那がいないと生きていけません。どうか、どうか、お願いします」


ほどなくして、部屋に冷たい風が入り込むのに気付いて2人とも目を開けた。いつの間にか、窓が開いている。そして上から現れた人間が2人、部屋に入ってくる。

まず灰色の長いズボンが窓枠から姿をあらわし、次に黒い上着、口を覆う黒いマスク、海のような青い瞳、そして目立つ赤髪を結んで後ろ頭にひとつの大きな団子を作っている。床に元気よくどんと足をつけた。

その赤髪の少女が部屋に降り立つともう1人の脚が現れる。真っ黒の長ズボン、そして上着は茶色で中央に白い縦縞がきれいに引かれている。そして赤髪の少女と同様の黒いマスクで口を覆っている。昼に置けば輝くような黄金を大胆にも短く切り落としたような髪型で、りんとした碧眼がきらりと光っている。床に静かに上品に足をつけ、赤髪の少女の一歩後ろに下がって、窓を丁寧に閉めた。


「聖女さま、ありがとうございます!」

「こら、聖女って言っちゃダメ!」


頬を緩ませた少年の言葉に母親が慌てて注意を入れて、そして2人の少女にぺこりと頭を下げる。


「旦那は瘴気におかされており明日をも知れぬ身です。助けてください。どうかお願いします」

「了解!」


赤髪の少女は陽気に親指を立て、それから、ベッドに横たわっている男に近寄った。顔色が白く、優れないことは明らかだった。


「ミルクの入ったコップを1つ持ってきて」

「ここにあります」


母親が棚の上にあったそれを指差すと、赤髪の少女は「用意がいいね」と微笑んだ。口は見えないのだが、目の動きで表情が伝わる。

「危ないから近寄らないで」とことわってから、男の横で2人は手を合わせた。


「コップのミルクを差し上げます。精霊さん、どうかこの人の病気を治してください」


赤髪の少女の手が白くあわく光る。すぐに男の胸から黒いもやがにじみ出てきて‥‥それが浮き上がり、天井近くで弾ける。同時に男の閉じられた目がぴくっと動く。

まぶたが引っ張られて‥‥ぱちりと目が開く。


「パパ、パパ!」

「あなた!」


2人ともベッドにすがって、わんわんと泣き始めた。そんな3人の前で2人はこっそり立ち去ろうとするが‥‥窓枠に手を触れるとひとつ思い出したように、振り返った。


「私が瘴気をはらったことは誰にも言わないでね」

「はい、もちろんです。本当に本当にありがとうございます!」

「ふふ、幸せにね!」


2人は軽やかな足と上品さを失わない足で窓の外へ去った。コップのミルクは空っぽになっていた。


   ◆ ◆ ◆


私――ロゼールは、このメル市と呼ばれる大きな都市の上空を浮遊魔法で滑るように進んでいた。隣の金髪の少女――フローラに話しかける。


「さっきのお母さん、『聖女って言っちゃダメ』って言ってたよね」

「はい」

「まずいのは確かなんだけど‥‥誰から言われたのかなあ。私、そんなことは特に言ってなかったはずなんだけど」

「正式な聖女でもない人を聖女と呼ぶと重罪になるからでは?」

「隠れて呼ぶ分には自由だったよね」

「うーん、どうでしょうね」


フローラは首をかしげる。‥‥私もフローラも分からないようなので、この話はおしまいだ。時間はあるけど、無駄遣いできない。


「次はどこ?」

「あの家です」

「おっけー!」


方法は簡単。まず、精霊にお願いして窓の鍵を遠隔であけ‥‥最初からあいてるみたいだね。最近は最初からあいている家が多いし、真夜中だというのに起きている人も多い。さっきみたいにミルクまで用意する人もいる。

口止めは一応してるんだけど私たちが毎週日曜日の夜中にメル市でやっていることはしっかり広まっているらしい。私たちはすでにこれを5年ほど続けているんだけど、今まで一度も私たちを捕まえようとする人、あくどい人、裏で貴族や国に告げ口しそうな人には一度も遭遇していない。何でだろうね。メル市の人たちはいい人ばかりなのかな。


「さて、次はあの家だね。ここからでも分かるよ、瘴気がすごいし」

「あの家はダメです」

「ええー‥、分かった。フローラの勘はすごいからね」

「はい」


私とフローラは今日も、メル市の夜空を駆け回った。

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