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蠱竜陀 -最凶の四人で『蠱毒』してみた-  作者: 節兌見一
第一章『虫斬り雹右衛門』
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1-6 天岩戸 -Heaven‛s Gate-


都から望む西のかなた、空を縁取る山際へと夕陽が沈む。

茜色に染まった空を背に、カラスたちがどこか遠くへ飛び去っていく。


町を往く人々は心なしか急ぎ足だ。

陽が山向こうに沈めば都は闇に閉ざされ、昼間には潜んでいた『虫』たちが蠢き始める。

都に夜が来る。

恐ろしい、悪意の時間がやってくるのだ。



「やるぞオメェら!」

「せぇのぉッ!」


荒々しい掛け声とともに、浪人たちが一斉に城銀家の門へと体当たりをかました。

バキッと音を立てて錠前が破断し、門が開かれる。


「おら、入れ入れ入れ!」

「全部ぶち壊せ」

「女ァどこだ!?」


思い思いの言葉を吐き散らしながら、気焔流の門下生たちが城銀家へとれ込む。

その数はおよそ三十。

一人を除いて、全員が木刀を握りしめていた。


『殺人上等』

『天誅御免』

『気炎万丈』

『撲殺日和』

『死屍累々』

『八つ裂き』

『病老死苦』

…………

……


思い思いの物証な言葉が刻まれた木刀を手に、気焔流たちは屋敷に入り込んでは家具や備品を叩き壊し、気に入ったものがあれば懐に収めた。

それは、まるで戦に負けた土地を襲う略奪者たちのようであった。


「いやっほぅ! 屋敷丸々一個ぶち壊してイイなんて、楽しすぎるぜ!」


皿やガラスの割れる音。

物が引き倒される音。

破壊衝動に取りつかれた笑い。

訳の分からぬ怒鳴り声。


嫌な音が屋敷のあちこちから響き、混ざり合い、静かだった邸内が狂乱に沸き立つ。


「ん~、なかなかいい音だ」


そんな混乱に悠々と耳を傾け、深紅の羽織を纏った男がニヤリと笑った。

毛を剃った坊主頭に、炎のように枝分かれした黒い大やけどが刻まれている。


「でもよォ、この音楽にはタンパク質が足りてねェ。女子供の悲鳴が欲しいところだなァ?」


坊主頭の男は、禍山によく似た炎のような眼光をぎらつかせ、つぶやく。

彼こそが気焔流の実質的な指導者、さいばらやっかいだった。


「ったく、禍山のも老いぼれたな。どこの馬の骨とも知れねぇ奴に斬られやがって……歳は取りたくねぇもんだなァ?」


苛立たし気につぶやく厄海の横で、門下生の一人が訊ねる。


「ですが、厄海さん。本当にこの家の鍛冶師が禍山さん殺したんスかね?」

「あ?」

「道場にチクってきた、あのマサとかいう男、どうにも信用なりません。俺たち、いいように利用されてるのかもしれませんぜ」

「かもな。だが、大した問題じゃねェよ」

「はい?」


困惑する門弟に対し、厄海は邪悪な笑みを見せた。


「叔父貴が殺られて一番困ってんのは、『道場主を斬られたまま犯人を放置してたら、気焔流が世間にナメられちまう』ってことだ。だから、まずはとりあえずの犯人でっちあげてでも、残酷に処刑して見せしめねぇといけねぇのさ」

「そ、それでもし……アテが外れていたら……?」

「その時は、マサとかいう奴もぶっ殺せばいい。真犯人に行き当たるまで、目についた奴をぶち殺していけば、いつかは向こうから尻尾を出すだろうよ」

「む、無茶苦茶な……っ!」

「あ˝? 無茶苦茶やってこその気焔流だろうがよォ?」


厄海は舌打ちすると、門弟に右手を向けた。


「ひっ……」


門下生の顔が、恐怖に歪んだ。

厄海の手に、小さな金属の塊が握られていた。

門下生たちが恐れる、厄海の業物だ。


ってる奴ァ……死ね!」


空気を弾くような破裂音。

と同時に門下生の頭蓋が爆裂し、のう漿しょうが散らばった。


「ご……げ……ッ」


頭を抉られた門下生はその場にくたくたと倒れ、動かなくなった。

その一部始終を、他の門下生たちは固唾を呑んで見守っていた。


「や、ヤベェ……厄海さん、やっぱヤベェよ……」


咳一つでも余計なことをすれば、次は自分の番かもしれない。

そういう緊張感が、その場を支配していた。


「ちっ、弾の無駄だな」


手を振るうと、厄海の業物は着物の裾へと消えた。

厄海は唖然とする門下生たちをひとにらみした。


「おら、奪われたつちと鍛冶師の妹を探せ。『虫斬り雹右衛門』とやらの前で、バラバラにして遊ぶんだからよォ……」

「厄海さん!」

「あ?」


屋敷の中を探していた門下生が、厄海を呼んだ。


「どォしたァ?」

「それが、妙な地下室を見つけまして」

「地下だとォ……」


厄海が屋敷の奥に進むと、仏間の畳が外されて壁に立てかけてあった。

その下に、地下へと降りる階段が続いている。


「何だこりゃア? なんでこの程度の屋敷に、隠し蔵なんてあるんだァ?」


門下生たちを率いて階段を下りながら、厄海はぼやく。

階段は、思ったよりも深い。

現代建築の常識を当てはめるならば、地下三階から四階に相当するだろう。


降っていったその先に、空間の広がりがあった。


「あ˝?」


そこには、小さな道場が開けそうな広さの地下室が広がっていた。

持ってきた明かりをかざすと、地下室の奥に鉄で閉ざされた門がある。


「娘はあの扉の向こうってか。昨日今日に用意したモンじゃなさそうだが……」


厄海は地下室の奥まで進むと、鉄門の取っ手に手を掛けた。

しかし、押しても引いても門はびくともしない。

厳重に鉄の錠がかけられているのだ。

門弟たちに力ずくでかからせても、とても開かないだろう。


「ち。これだと追いようがねェな」


しかし、厄海に落胆した様子はまるでない。

門をこじ開けるのが無理だと分かった途端、すぐに次の手を思いついていた。


「まあいい、引き籠ってやり過ごそうってなら、近所の人間一人ずつさらって来て、ここで血祭りにあげてやる。悲鳴に耐えかねて向こうから出て来るまで、楽しい演奏会と行こうじゃねぇか……」


厄海の顔が邪悪に歪んだ、その時。


「ギャアッ!」

「…………あ˝?」


上から聞こえてきた悲鳴に、厄海は降りてきた階段を振り返った。


「どうしたァ!?」


連れてきた気焔流門下生たちの大半は、まだ地上で家探しをしているはずだ。

何かがあったなら、誰かが状況を説明しに降りてくるはずだ。


そう思って階段をにらんでいると、足音がした。

こつん、こつん、こつん、こつん……


階段を、誰かがゆっくりと降りてきている。

その足取りは一歩一歩、落ち着いているように聞こえる。


「誰だ……?」


厄海は、着物の袖に仕込んだ業物に手をやりつつ、階段をにらんだ。


「や、厄海……さん…………」


フラフラと階段を降りてきたのは、門下生の一人だった。

木刀はどこかに落として来たらしい。

彼は自分の身体を抱きかかえながら、ぶるぶると震えている。

夏だというのに、まるで凍えているかのようだ。


「寒い。火を……誰か、火を……」


階段を降りきると、門下生はばたりとその場に倒れ、動かなくなった。

うつぶせになったその背には、白く霜が降りたような跡が残っている。


「これァ……叔父貴の骸と同じ傷か」


他の門下生たちが怯えて神妙な顔をする中、厄海はペロリと舌なめずりをした。


「『虫斬り雹右衛門』とやらのお出ましかァ」


編み笠を被った男が、ゆっくりと階段を降りてきた。

その手には濡れた小太刀が握られ、白煙を周囲に放っている。


「お前が頭か」


笠の奥に光る月光のような眼差しが、迷わずに厄海を刺した。


「おうよ。ってか、上には門下生をたっぷり置いてきたんだがなぁ? アイツら、どうしたよ?」

「全員斬った。人の屋敷を喰い荒らすシロアリどもを生かしておく意味はない」

「かははっ、若ェくせになかなか気合入ったこと言うじゃねェか。気に入ったぜ」


雹右衛門の殺気に呑まれた門下生たちをよそに、厄海は余裕の笑みを崩さない。

しかしその裏では、厄海は全く別のことを考えていた。


「……やべぇな、コイツ。叔父貴を斬ったってのも、どうやらマグレじゃねぇらしい。数頼みで殺るのは難しいな……」


心の中で考えを巡らせながら、厄海は策を練った。

狂った振る舞いとは裏腹に、厄海の頭は静かだ。

剣術流派を隠れ蓑に無法者たちを率いてきた厄海にとって、凶暴な門下生も、業物も、残虐な殺人趣味も、災原禍山も、しょせんは脅しを演出する道具の一つに過ぎなかった。


たとえ業物使いでも、単独での武力には限界がある。

戦国が終わり、剣の達人でありながらパッとせずに燻っていった禍山を見てきた厄海には、そのことがよく分かっていた。


「今頃はこいつの妹を人質にしていたぶってやる予定だったんだが……しかたねェ」


厄海は考えをまとめると、空の両手をあげた。

戦意がないことを示す、降伏の合図ポーズだ。


「……何のつもりだ」

「何って、話をしようと思ってなァ」

「『虫』と話すことなどない」

「まァ聞けよ。俺らもテメェも、あの『マサ』とかいう奴の手のひらの上で踊らされてるんだ」

「なに、マサだと」


雹右衛門の声に、わずかに動揺が見られた。

厄海はにやりと笑みを浮かべた。


「心当たりがあるみたいだな。あの胡散臭ェ男が、俺たち気焔流にテメェのことを密告チクってきやがったんだぜ? テメェが禍山の叔父貴を斬ったのも、どうせ奴の差し金だろう?」

「……」

「図星みてェだなァ?」


厄海は、ニヤニヤ笑みを強めた。


「だったらよォ、ここで殺し合っても意味がねェ。俺らを潰し合わせてるマサをぶっ殺すまで、ここは一つ休戦といかねぇか?」


悪い話じゃねェだろう?


厄海は、目でそう雹右衛門に問いかけた。


「こっちは、道場主を斬られて門下生も大勢死んでんだ。確かに俺たちはテメェの屋敷を荒らしたがよォ、人の命よりは軽いと思わねェか?」

「……」

「俺のことが信用できねぇか? なら、百歩譲ってやろう」


厄海は、着物の裾に手を伸ばした。

警戒する雹右衛門をよそに、厄海はゆるやかな手つきで、仕込んであった品を取り出した。

今さっき門下生の命を奪ったばかりの、業物だ。


「これが俺の使う業物『またのおろ』だ。戦国期に八丁だけ製造された、超小型自動拳銃の業物、その第四号だ」


厄海は、拳銃の柄に刻まれた『四』の数字を見せると、雹右衛門の方に数歩進み出た。

そして、その黒鉄の銃身を地面に置いた。


「俺たちを信用できないなら、担保として預けてやる。マサを殺った後、つちとまとめて返してくれるなら、それでいい」

「……」

「本物だぜ? 手に取って確かめてくれてもいいぜェ?」


厄海の言葉に、雹右衛門はゆっくりと業物がある場所に歩み寄る。

そして、八岐大蛇四号を拾い取ろうと身を屈めた。

その瞬間こそ、厄海が欲していた展開そのものだった。


「馬鹿め!」


厄海は心の中で叫びながら、空になったはずの腕を振るった。

と同時に、他の門下生たちも動き出す。


気焔流には、門下生なら誰でも知っている暗黙の常識が二つあった。

一つ目は、『災原厄海は業物を《《二つ》》持ち歩いている』ということ。

二つ目は、『厄海が敵に〝四号〟の方を見せた時は、だまし討ちの合図だ』ということ。


「俺がテメェなんざと組むわけねェだろうがァッ!」


厄海は、隙を見せた雹右衛門にもう一つの業物を向けた。

八岐大蛇七号。

かつて禍山から譲り受けた、もう一丁の八岐大蛇だ。


厄海に武術の才能はない。

その代わりに、袖に仕込んだ八岐大蛇の早撃ちだけはこの世の誰よりも練習してきた自信がある。


「死ねッッ!」


瞬きする間もないような刹那に狙いを定めると、厄海は雹右衛門の頭めがけて八岐大蛇の引き金を引いた。

破裂音が響きわたり、弾丸発射の心地よい痺れが厄海の手に伝わってくる。


「殺ったぜェ!」


厄海は叫んだ。

しかし……


「……?」


弾は発射された。

雹右衛門が動いた様子もない。

なのに、雹右衛門は無傷だった。

冷ややかに厄海を見つめながら、その場に変わらず立っている。


「あ˝ァ?」


どうやら、弾は外れていたようだ。

二人の距離は、ほんの数歩分しかないというのに……


「あ……? この距離でフツー外すか……?」


その時、事態を見守っていた門下生の一人が胸を押さえた。


「お、おえぇ!」


彼は突然胃の中の物を嘔吐すると、苦しみもがきながらその場に倒れた。


「お、げへェ……ッ!?」


続いて、別の門下生が白目を剥いて倒れた。


「厄海さん、変ですぜ! 何だか、息が苦しく……」


そう訴えた門下生は、頭を押さえてその場に倒れた。


「何だ⁉ 何が起こってやがる!?」


厄海は、雹右衛門をにらんだ。

視界がグラグラと揺れている。

雹右衛門の姿がゆらゆらとぼやけ、三つか四つに見える。


「ど、毒でも撒きやがったのか……」


揺らぐ厄海の視界の中に、白煙を漂わせながら濡れそぼる羽々斬の姿があった。


「そ、その刀のせいか……ッ!」

「そうだ」


雹右衛門は厄海を見下ろし、羽々斬を向けた。


「抜き身の羽々斬は、周囲の空気を蝕む。風通しの悪い室内ならば、常人は数十秒で意識がくらみ、やがて命を落とすだろう」


その秘密は、羽々斬が纏う液体窒素にある。

窒素は大気中に最も多く存在する気体分子であり、それ自体に毒性はない。

しかし、窒素中毒と呼ばれるような現象は存在する。


スキューバダイビングにおける高圧下での窒素吸入は酩酊のような症状を引き起こすし、液体窒素を運搬する際のミスで作業者が死亡する事故も起きている。


現代においてなお、危険。

科学の未発達な逝原において、それはまさに妖刀であった。


「畜生がァ……ッ!」


厄海は、混濁した意識の中で思い出す。

たしか、階段を降りてきた時点で雹右衛門は羽々斬を抜いていた。

あれはただ武器を抜いて警戒していただけではなかったのだ。


「テメェ、話を聞くフリして、時間稼ぎを……最初から俺ら全員を殺す気で……!」


厄海は、憎しみのこもった眼で、雹右衛門をにらんだ。

そして、もう一度八岐大蛇の引き金を引く。


「死ねェ!」


今度は絶対外さない。

そう願って放たれた弾丸は、雹右衛門の振るった羽々斬に弾かれて地面に転がった。


「弾丸を、斬った……!?」

「災原禍山にもできたことだ。おれにできないはずがないだろう」

「この……人でなしが……ッ!」


厄海は絞り出すように言うと、泡を吹いてその場に倒れた。

喉を押さえてもがき苦しむその姿を見下ろし、雹右衛門は冷ややかにつぶやく。


「人でなし? 家に出た害虫を駆除しない人間が、どこにいるというんだ?」



やがて動かなくなった気焔流たちの絶命を確認すると、雹右衛門は羽々斬を納刀した。

そして、地下室の奥にそびえる鉄門を見やった。


「待っていろ、雪路。今開ける」


その門は、雹右衛門が設計・製作した唯一の業物。

名を、『あまのいわ』という。

今回のような非常時に、雪路が逃げ込み逃れるための避難所シェルターだ。


門は完全に密閉されているから窒素の影響はないし、鍵を開けば自動的に換気がされるように設計してある。

もしこの門の前を固められたとしても、地下道を通じて都のあちこちに設置した『後ろ戸』から逃れることもできるし、一年程度なら中で暮らせるだけの備蓄もある。


幼い日の悲劇を二度と繰り返さないための絶対安全の防御装置。

それが天岩戸だった。


雹右衛門はその鍵を取り出し、鉄門の鍵穴に差し込もうとした。

この鍵を正しい作法で鍵穴に差し込まない限り、この門が外側から開くことはない。


「雪路、怖い思いをさせたな。すぐ迎えに行くからな」


雹右衛門の心が『虫斬り』から心優しい兄に戻りかけていた。

しかし、そんな雹右衛門の脳裏に声がかかる。


「掃除がまだ済んでいないんじゃないですか、雹右衛門先生?」

「……っ!」


背後から聞こえた声に、ゆっくりと雹右衛門は振り返る。

声の主は見当たらない。

どうやら、遥か地上の声が階段を反響して響いてきたようだ。


「すまない。もう少しだけ待っていてくれ、雪路」


完全防音の岩戸に囁きかけると、雹右衛門は階段に足をかけた。


「すぐに済ませてくる」


鍵を懐にしまい込むと、雹右衛門は足早に階段を駆け上った。


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