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蠱竜陀 -最凶の四人で『蠱毒』してみた-  作者: 節兌見一
第五章『独言髑髏くも八』
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5-4 業物狩り -The old Hunter-



人様の役に立ち、恨みや争いに心を害されず逝く。

柄本雲八が望んでいたのは、そんな平々凡々の、それでいて容易には為し難い人生だった。

先代将軍によって『業物狩り』に引き立てられた後もその人生目標は変わらず、くも八はついに半分だけはそれを成し遂げた。

妻のお幻だけはその生を全うし、平穏無事に送り出すことが出来たのだ。


しかし……


「婆さんや、婆さんや」


雨の降りしきる墓地で、くも八は傘を差したまま呆然と墓石を見下ろしている。


「婆さんや、えらいことになっちまった。雨吉がそっちに逝っちまったよぅ。孫娘のマチを遺して、みんな逝っちまったよぅ……」


雲八は詫びるように頭を下げた。


「雨吉の家族に迷惑かけまいと、一人で隠居なんぞしたのが間違いじゃった。業物使いごとき、儂ならばどうとでもあしらえたものを……」


雲八は何度も詫びた。

しかし墓石は、何も答えない。

仮に霊魂がこの世に存在していたとしても、お幻は何の憂いも無く成仏しているはずなのだ。答えるはずがない。

それでも、雲八は墓前に伝えずにはいられなかった。


「儂もそのうち逝くつもりだったが、あの子を放っては逝けぬ。夜が明けて鶏が鳴けば暮れるような命。せめて、マチの心だけでも……」


その時、背後からひたひたと足音がした。


「爺ちゃん」


恐る恐る振り返ると、短刀を持ったマチがいた。

その刃から、雨水に混じって赤い液体が滴る。


「あたし、殺れたよ! 爺ちゃんが捕まえてくれたアイツ、ようやく仲間の居場所を吐いたからトドメを刺したんだ」


マチの手は血に塗れ、顔はどこか恍惚の入り混じった表情を浮かべている。


「骸だってちゃんと片付けたよ。だからさ、爺ちゃん……」


マチは、すがるような眼で雲八を見た。


「……」


雲八はしばし逡巡した後、笑った。

朗らかな、それでいてどこか狂った笑みを浮かべ、くも八はマチの頭に手を置く。


「そうかい、そうかい。でかしたなあ婆さん」


くも八は、そう言ってマチの頭を撫でた。


「もう、アタシはお婆ちゃんじゃないって言ってるでしょう。ったくもう、アタシがいないと爺ちゃんは駄目なんだから」


マチはどこか嬉しそうにぼやきながら、くも八の差す傘の中へと歩み入った。


「ゆくかのう」

「うん、いこう。もっともっと殺そう」


妖怪『独言髑髏くも八』が世間を騒がせ始めたのは、それから少ししてからであった。



まだ逝けない。

こんなところで終わるわけにはいかない。


くも八は松殿島の砂地を蹴って雹右衛門へと前進する。

八岐大蛇で武装した雹右衛門は、小太刀『羽々斬』の唯一の弱点であった間合いの短さを克服している。

刀と十手のくも八は、中距離では圧倒的に不利である。


(げっげっげ、『業物狩り』の頃は、こんな戦ばかりじゃったなぁ……っ)


身体の前に十手を構え、いつでも大蛇の銃撃を弾けるようにしながら進む。

老いて縮んだ身体も、この時ばかりは守りやすくて好都合だ。


雹右衛門からしてみれば、背の低い四足獣を相手にしているようだろう。


「足ィ!」


雹右衛門の足元にもぐりこみ、すれ違いに足の腱を刻もうと逆手に刀を振るった。

案の定、雹右衛門は飛び上がってその一撃を躱す。


(もらった!)


空中では、身体の向きを変えることができない。

すれ違ってそのまま雹右衛門の後方へと回り込んだくも八は、まだ空中にいる雹右衛門の背を見上げてほくそ笑む。


「げっげっげ、背後は儂の領域だぞい」


殺し合いにおいて、両者の実力差が最も結果に表れるのは『超長距離』か『超至近距離』のどちらかだ。

だからこそ、くも八は接近戦を好む。

近づきさえすれば、鉄砲相手だろうが槍相手だろうが関係ない。

十手と刀の組み合わせこそが最強であると、彼は七十年余りの人生で確信していた。


(背後、しかも足元にいる相手には何もできまい。真下から首を突き上げてくれよう)


重力に引かれ始めた雹右衛門を突き刺すため、くも八は刀を構えた。

その時であった。


「ぬ?」


雹右衛門の頭の横から、何かが顔を出した。

それは蛇のように首をもたげ、黒々とした一つ眼でくも八を見つめている。


(蛇!)


それが、雹右衛門が肩越しに構えた『八岐大蛇』四号の銃口であると、くも八でなければ気付けなかっただろう。


発砲音と金属音。

と同時に、くも八の身体が大きく後方へと吹き飛んだ。


「ぬぅっ!」


咄嗟に受け身を取りながら、くも八は呻いた。

銃撃を受け止めた十手に、鉛玉がめり込んでいる。


銃弾を弾くには、武器を傷めず、身体に衝撃を残さないための角度と力の調整が必要だ。

しかし、今の一撃は完全に不意を突かれ、受けるだけで精いっぱいだった。

くも八の手が、痺れている。


「……最初は一手遅れ、次は同着。今度は一手先を読んだつもりだったが、流石は独言髑髏」


雹右衛門は涼しい顔で、得物を構え直している。


「余裕をこくな、雹右衛門。なぜ大蛇で追撃せんのだ」

「……おれにも分からぬ」

「なに?」


雹右衛門の顔に、わずかな困惑の色が見える。

本当に、彼自身にも分からないらしい。


「貴様……いや、アンタと戦っていると、妙だ。頭の中の、使っていなかった部分を使っているような、妙な気に……」

(まさか)


くも八は、わずかに目を見開いた。


雹右衛門が現在の『業物狩り』であると知った時から、くも八は疑問に思っていた。

たとえ羽々斬を携え訓練を積んでいるとはいえ、所詮は一人の若造に『業物狩り』が務まるはずがない。それは、初代『業物狩り』であったくも八だからこそ分かることだ。

ならば、なぜ雹右衛門は今日まで生き残ってきたのか。


「そうか、お前さん……天才か」


ぽつりと、くも八はつぶやいた。


城銀家の嫡男として受けた教育。

業物の至宝『羽々斬』と、業物鍛冶の腕と知識。

妹・雪路を守ろうとする執念と努力。


それら、雹右衛門を形作る経歴によって覆い隠された、圧倒的な真実。

雹右衛門は、天才なのである。


「雹右衛門。お前さん、『格上』とほとんど殺り合ったことがないんじゃろう。だから、儂と……業物使いでないつわものと戦って、急速に成長を始めた」


そして、戦いの中でくも八の手練手管に対応し、彼を越えたのだ。


「げっげっげ、どんな強者でも格下とばかり戦っては成長しないものよ。若い若いとは思っていたが、まさか花開く前だったとは……」


くも八は笑いながら、心の中で息を吐いた。


(惜しいのう。儂がもう少し若ければ……こんな出会い方でなければ、もっと鍛えてやれたのに)

「残念じゃ」


くも八はつぶやくと、刀と十手を構え直した。


「お前さんのような才能を我が手で摘むことになるとは、長生きすると分からんモンじゃわい」


負けられない。

相手が誰であろうと。


「逝くぞ、雹右衛門!」


くも八は懐から紐で連ねた穴あき銭の束を身体の前方に投げ出し、蹴り上げた。

衝撃で紐が解け、古銭が散弾の如く雹右衛門へと迫る。


案の定、雹右衛門は古銭をことごとく無視してくも八の動きを見据えている。

それこそがくも八の狙いだった。


(これが儂の奥の手よぅ!)


くも八は、プッと頬を膨らませて口をすぼめた。

そして、口の中に仕込んであった品を息に乗せ、一息に吐き出す。


それは、針だ。

忍びの技として知られる『吹き針』は、一説によれば市井のお針子仕事の主婦たちから発生したとも言われている。

くも八は、それを妻のお幻から習った。


(儂の強さは、七十年余りの歳月そのもの! 小手先の技ならば決して負けん!)


雹右衛門が吹き針を笠で受けるために、一瞬だけ視線をくも八から外した。


「よしっ!」


くも八は、一直線に刀を突きだした。

もう、隙を衝いても後ろに回り込むことはしない。

むしろ最初にそれを印象付けておいたことで、真正面からの全身全霊、最速の突きを成功させる。


(この手が読めるか、雹右衛門!)


そう問うくも八の前に、羽々斬の刃が迫っていた。


(読まれたか!? いや、殺れる! 相打ちじゃ!)


次の刹那、雹右衛門とくも八の身体が交差した。


「げ、げげ、げ……」


くも八の細い体、その首から脇腹にかけてを、白い凍り傷が走り、肉を裂いて凍結していた。


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