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蠱竜陀 -最凶の四人で『蠱毒』してみた-  作者: 節兌見一
第一章『虫斬り雹右衛門』
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1-2 業物 -Karma-

逝原ゆはらの国は、戦国せんごく中期ちゅうきから幕府ばくふ解体かいたいまでのおよそ三○○年ものあいだ、一部を除いた諸外国との国交こっこう断絶だんぜつし、鎖国さこく状態じょうたいにあった。


広大な大陸たいりく世界せかいけ、数珠じゅずつなぎの列島れっとうこもっていたことで、この国は多くの面で他国に出遅れた。


しかし、限定された世界の中では、時として外の世界をも凌駕りょうがする怪物けものが生まれることもある。


その一つが、逝原ゆはら独自どくじの武器製造技術だった。


海外で主流となっていた蒸気機関を採用せず、火薬や発条ぜんまいけ、原始げんし電池でんちなどを動力にした様々な機巧からくりが生み出され、狂気的なまでの小型化改良によって、人の手に収まる大きさとなった。


中でも『業物わざもの』と呼ばれるような傑作は戦国武将たちの専用武器として戦場で無数の伝説をのこした。


たとえば、刀身から発火し、城一つを単体の火力で焼失させた『加具土かぐつち』。

たとえば、無尽蔵むじんぞうに滴る凍液とうえきによって触れたすべてを凍結させる『羽々はばきり』。

たとえば、さやから抜き放った刹那せつなのみ光の刃を生じる最短最速の刀『天照あまてらす』。


幕府ばくふ開闢かいびゃくして戦がなくなってもその価値かちおとろえず、たったいっぽんわざものしろひとつを左右するような金が動いたと言う。


鍛冶師かじし城銀しろがね雹右衛門ひょうえもんはそんな業物わざもの文化の被害者ひがいしゃであり、また、加害者かがいしゃでもあった。



「こちら、修理のご依頼をいただいていた業物わざもの井氷鹿いひか』をお届けに上がりました」


都の校外、閑静な山の中腹にひっそりとたたずむ屋敷にて。

見事な和庭園を一望する座敷に通された雹右衛門は、屋敷の主に刀を差し出した。


「どうぞ、ご確認ください」

「うむ、あらためさせてもらうよ」


雹右衛門から刀を受け取った小柄な老人は、その刀身を引き抜いた。

シャラリと音が鳴り、刃の鋼がだらりと重力に引かれ狐の尻尾のように垂れた。


鹿、長い尾を持つ神人の名を冠した業物は、細かい刃同士を鎖のように複雑につなぎ合わせた刀身を持ち、尻尾のようにしなる。


ムチのような柔軟性と、刀の切れ味。

これを手に戦国を駆けた女傑、まちえんろうの独自剣術は、戦国時代においては無敗を誇ったという。


「おお、こりゃあ命を取り戻したかのようだね。流石、とうしょうしろがねこお先生のご子息、ひょう右衛もん先生だ」

「恐れ入ります」


雹右衛門は、深々と頭を下げた。

相手はとある武家のご隠居だった。

年から逆算するに、戦場に立った時期も長かっただろう、正真正銘の古武者だ。

しかし、今は枯れ木のように乾ききった顔に、ニコニコと笑みを浮かべている好々爺に見えた。


「まさか、戦場で遠目に見るだけだったこの品を、蒐集コレクションに加えられるとはね。人生、長生きすると分からないものだ」


ご隠居は、まるで子供のように目を輝かせながら井氷鹿をなでた。


まちえんろうさんは、それは綺麗なお人でねぇ。あの人が馬で合戦場を駆けると、その後ろに尻尾みたいにこの刃が尾を引くんだ。すると、いつの間にか近くにいた兵どもがパタリと倒れて死んでいるんだ。誰も、斬られたことに気付かなかったんだよ」

「ですが、そんな達人も逝原の鉄砲隊には敵わなかった」

「ああ。逝原の大殿さまは、本当に戦がお上手だったから」


悼むようにそっと鹿を納刀すると、ご隠居は再び雹右衛門の方へと向き直った。


「ところで、雹右衛門先生。父君の凍理先生は生前、業物の手入れだけでなく新たな業物の製作も手掛けられたそうだね」

「……」


雹右衛門の背筋に、ゾワッと嫌な予感が走った。

次に言われるだろうことが、おおかた予想できたからだ。


「先生はその才能を継いでいる。その手で、私のために新たな業物を造ってはくれないかね」


ご隠居は、ずいと雹右衛門の方に進み出た。


「夢だったんだよ。若い頃は、自分だけの業物を手に戦場を駆けて名を残すことをいつも夢見ていた」

「恐れながら、今でもご立派な名と家とをお持ちかと存じます」


ご隠居は、枯れ木のような首をふるふると横に振った。


「それは、逝原の大殿さまに早くから味方したからだよ。政治と駆け引きを上手くやったごほうであって、剣で掴み取ったものじゃない。私は、戦国の血にまみれた栄光が欲しかった」

「……」


雹右衛門は、思わず眉をしかめそうになった。

ご隠居の目に、妖しい光が灯っている。

さいばらざんほどあからさまではないが、誰かの血を求める本能の光だ。


ムカムカと、雹右衛門の体内を虫酸が走った。


「剣ももうロクに握れない、年寄りの身体だ。ただ眺めてかつての戦国に思いを馳せたい。そんなささやかな楽しみのために、私だけのわざものを打ってはくれないかね」


ご隠居は、声をひそめた。


「もちろん、先生の腕にふさわしい報酬を約束しよう」

「……恐れながら」


雹右衛門は再び頭を下げた。


「新たな業物の製作せいさく設計せっけいに関するご依頼は、すべておことわりさせていただいております」

「なぜだね」

わざものは、太平の世には不要の、人殺しの道具でございます。新しく作れば、世間を乱しかねません」


現に、災原禍山と『気焔流』の弟子たちは、どこからか入手した業物を手に好き放題やっている。

そういう輩が、虫のようにはびこっている。

だから、太平の世とはいえ都の夜はシンと静まり返っているのだ。


「私は、変なことに業物を使うつもりはないよ。ただ眺めていたいだけだ」

「刀や鉄砲がそこにあるだけでおっかないように、業物も存在しているだけで力を持ちます。幕府が新たな業物誕生を知れば、反乱を企てたとして、あなたさまも私どもも一族ごと根絶やしにされてしまうでしょう」

「だったら、私が死ぬまで秘密にしよう」

「では、死後は? ご家族が、あなたさまの遺した業物のせいで人生を狂わされない保証はございませぬ」


それに。

雹右衛門はつぶやいた。


「それに?」

「近頃は、業物狩りという人斬りが出るそうです。先日斬られたさいばらざんも、業物狩りの仕業だとか。噂では、届け出のない《《不正な》》業物所有者たちを粛清するために幕府が雇った凄腕とも聞きます」

「馬鹿な。仮に本当だとしても、幕府が功労者の私を狙うはずがないよ」

「あくまで噂でございます」


雹右衛門は眉一つ動かさずに言った後、また頭を下げた。

これで、三度目だ。


「どうか、太平の世に生きる業物鍛冶の立場も、ご承知くださいませ。修理や手入れ、日用品としての刀づくりに関しましては、全力でお尽くしいたします」

「むぅ、そうか……先生ほどの鍛冶師が、そう言うなら……」


ご隠居は小さくうなった。


「しかたない、か。戦国は……戦いの時代は、もう終わってしまったんだものね」


自分の中にいる何者かに言い聞かせるかのように、ご隠居はつぶやいた。

妖しげにちらついていたその眼光が、色を失っていく。


「そう。それでいいのです」


深く頭を下げたまま、雹右衛門は心の中でつぶやいた。


「さっきの話は、お互い忘れることにしよう。また何かあれば、頼らせてもらうよ」

「もったいなきお言葉、痛み入ります」


ご隠居が手配した乗物駕籠に揺られ、雹右衛門は屋敷を去った。

駕籠の覗き窓から外を見ると、緩やかな参道から都が一望できた。

そびえる逝原城。

立ち並ぶ家々の間を忙しそうに行き交う人々。

張り巡らされた水路では、無数の小舟たちがすれ違いながら荷を行き来させている。

高く上った日に照らされ、都は暑い夏の日の平和を謳歌しているように見えた。



しかし。


「今も、この都のどこかに潜んでいるはずだ。七年前、業物目当てに俺たちの家を襲った外道が、どこかに……」


雹右衛門は小さくつぶやく。


「父上を殺し、何の罪もない妹を……」


雹右衛門は知っている。

何もないように見える日なたであっても、一つ岩をひっくり返せばそこには虫が蠢いているものなのだ。


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