2-6 五人 -5/32-
花の艶ヶ谷で首切り死体が見つかった。
死体は身体のあちこちを損傷しており、何らかの斬り合いに巻き込まれたものと見られる。
首の傷は滑らかで、一刀のもとに切断された可能性が高い。
相当な腕前の剣士が犯人であることはまず間違いなく、先日の災原禍山や人喰い慈子坊が斬られた件との関連性も否定できない――
以上が、奉行所の下した『かまいたち恋次郎』殺害事件へのおおまかな所見である。
それ以上のことを推測できるような痕跡を、彼らが残すはずもない。
「あれ、おかしいな。昨日の刀芸の兄ちゃん、来てないのか」
果物を大量に載せた荷車を引きながら、大通りで商人がぼやく。
「今日もあの芸にあやかって大儲けさせてもらおうと思ったのに……」
「おい、そこのあんた」
「ん?」
商人は振り返ると、ギョッとした。
「そう、アンタだ」
そう言って呼びかけてきたのは、熊のような巨漢だった。
その身体にはあちこち刀傷が刻まれ、赤く血が滲んでいる。
騒ぎにならないのは、そのほとんどが既に塞がりかけていることと、当の本人があっけらかんとしているせいだろう。
「そのミカン、美味そうだな。一つ売ってくれ」
「あ、ああ」
巨漢『天下無双の王槐樹』は、銭と引き換えに受け取った大きなミカンを頭上に放り投げた。
「そらよっ」
手刀を振るうと、手の届かない上空に投げ上げられたミカンが真っ二つに割れた。
それが、技の盗賊『天下無双の王槐樹』が『かまいたち恋次郎』から盗み奪った『かまいたち』の技とは、商人の目ではとても分からない。
だが、商人は心のどこかで「ああ……」というため息を漏らした。
きっと、刀芸の男はもう現れないのだろう。
理屈ではなく直感でそう悟ると、商人はどこか寂しそうに人混みの中を去っていった。
「ほら、半分は兄ちゃんの分。あーん」
王槐樹は傍らを往く小男の口にミカンの片割れを差し出した。
「……馬鹿が」
小男こと九平治は、口に放り込まれたミカンを咀嚼しながら、しかめっ面で舌打ちした。
「せっかく手に入れた『かまいたち』だぞ。あんま気安く見せびらかしてんじゃねぇ」
「まだ完全には使いこなせてないんだ。ちょっと遊ぶぐらい別にいいだろ?」
「馬鹿、奴らに見られたぞ」
そうつぶやく九平治の視線の先に、中年男が立っている。
「どうも、お二方ともお揃いで」
マサだった。
早朝にあった斬り合いなどなかったかのように、気安く二人に会釈した。
傍には二人、お供を連れている。
一人は、どことなく恋次郎に目鼻立ちが似た少年。
もう一人は十字槍を背負った中年の尼僧。
それぞれ、王槐樹と九平治を警戒してただならぬ気配を発している。
「そいつらが次の相手ってわけかい?」
「まさか。とんでもございません」
マサは、笑って首を横に振った。
「こやつらは、幕府に忠誠を誓ったつわものです。あなたがたのようなまつろわぬ者たちとは、立場が違います」
「ほーん……」
王槐樹は、あごヒゲをポリポリと掻いた。
そして、豪快に笑っていた眼に、殺気の炎を灯す。
「強い奴と殺り合えるなら、俺はどっちでもいいんだがな」
「よせ、櫂」
たかぶる王槐樹を、九平治が制した。
「恋次郎とやり合ってテメェもボロボロだろうが。仕掛けるなら今度にしろ」
「だはは、分かってるって兄ちゃん」
王槐樹は、構えていた手刀をおろした。
九平治はホッと胸をなでおろす。
「ったく、化け物同士の戦いに巻き込まれるこっちの身にもなってみろ」
心の中で、つぶやいた。
正直、今の状況で二人のつわものと戦って無事に生き残れる自信は、九平治にはない。
「で、何の用だ。どうせまた、殺し合いの誘いだろうが」
「ご明察の通りです」
マサは、人別帖を開いた。
『かまいたち恋次郎』の名が血文字の×で消されていた。
「人別帖に記された32人の内、残っている名前はお二方を入れて五人。ですが、九平治どのは王槐樹どのと異体同心のご様子。合わせて一人と数えて問題ございませんね?」
「好きにしろ」
「へへへっ、二人で一人ってのは、何だか照れちまうな兄ちゃん」
「テメェは黙ってろ、櫂」
九平治は咳払いしながら、示された人別帖をにらんだ。
「ふん、どっかで聞いたような名前ばかりだな。こんな連中を八分の一になるまで殺し合わせてきたってことか。ご苦労なことだ」
「ええ。企画・選定の段階から数えたら七年、ずいぶん時間がかかりました」
マサはこともなげに言った。
「でも、まだ終わっていません。最後の一人になるまで、やります」
「酔狂だな。そこまでして、何がしてぇんだ」
「お祭りですよ。戦国という時代を葬る、死の祭り」
「祭り? そのわりには、地味だな」
「その点については、ご心配なく」
マサが目配せをすると、連れの二人が懐に手をやった。
瞬間、九平治もまた懐に手を伸ばした。
「テメェ、こんな往来でやる気かッ!」
「その通り」
マサが合図をすると、二人は懐から取り出した紙の束を、一斉に宙へと放り投げた。
「号外! 号外! 都の皆様がたに、謹んでお知らせ申し上げる!」
マサが、往来に向けて轟くような声を張り上げた。
「な、何を……ッ!?」
九平治と王槐樹は、目を見合わせた。
マサは、構わずに声を張り続ける。
「来たる夏祭り最後の三日間、逝原城前・特設舞台にて達人同士の死合い『鬼門蠱竜会』の開催が決定いたした! 四人のまつろわぬ《《つわものたち》》が、最後の一人になるまで殺し合う戦祭りにござる!」
二人が配っているのは、まさにその号外記事だった。
「一人目は、かの反乱を引き起こした於頭藩唯一の生き残り! 異教と通じ、幕府への恨みを募らせる復讐者『絹姫シルクマリア』!」
「二人目は、もはや人ではござらぬ。夜な夜な都に彷徨い出ては、人を斬り刻む生ける妖怪
『独言髑髏くも八』!」
「三人目は、戦国の世を影から作り上げた者たちの末裔! 業物に愛され、業物に呪われた業の呪剣士『虫斬り雹右衛門』!」
「四人目は、あらゆる技を貪り喰らう武の饕餮! 徒手空拳では間違いなく逝原最強の拳法家『天下無双の王槐樹』!」
マサの声に、九平治も王槐樹も、道行く人々も肝を奪われ、ただただ聞き入るばかりだ。
「これは、戦国の世を終わらせる弔い合戦である! 詳しくは後日、幕府から下知がくだるであろう!」
マサは述べるだけ述べると、くるっと踵を返して城の方へと去っていく。
「ま、待て!」
その背を、九平治は呼び止めた。
「テメェ、何者だ……? 裏だけじゃなく、こんな表立ったところでまで幕府を動かすなんて……」
九平治はハッと目を見開いた。
「まさか、お前の正体は……」
「それ以上の推測を述べることは、お勧めしません」
マサは、首を横に振って見せた。
「では、またいずれ。祭りの前に、お迎えに上がりますゆえ」
告げると、マサは号外を配り終えたお供たちと去っていく。
それは、都の一部、ほんのひとときのみの宣伝だったが、効果は絶大だった。
鬼門蠱竜会という殺戮試合と、その四人の参加者。
絹姫シルクマリア
独言髑髏くも八
虫斬り雹右衛門
天下無双の王槐樹
それぞれの名は、瞬く間に都中へと伝えられた。
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