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蠱竜陀 -最凶の四人で『蠱毒』してみた-  作者: 節兌見一
第二章『天下無双の王槐樹』
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2-3 仕掛け屋 -Trap Master-



「だっはっは、ごくらくとは、まさにこのことだなぁ!」


山を下りたてんそうおうかいじゅは、都の色街で遊びにふけっていた。


「酒は甘いし飯も美味い! 女の子は可愛いなぁ!」


 酒の詰まったかめを片手にゆうじょと肩を組み、王槐樹は座敷で無邪気に笑い声をあげた。


色街『はなあでヶ《が》』はこの世の天国と、人は言う。

目の前にずらりと並ぶのは、さんかいから取り寄せた美味の数々。

耳を傾ければ、遊女たちの奏でるきゅうの音が心地よく響く。


「楽しいなぁ、楽しすぎる。一生こういう遊びができるなら、俺ぁ、命を懸けてもいい!」

「旦那、マサさんの紹介とはいえ、随分と遊びなさるね。仕事は何をしてるの?」


遊女が王槐樹の分厚い胸板に身体を預けながら訊いた。


「俺ぁ拳法家なんだ。今度、どでかい試合に出るんだけどよ。なんと最後まで勝ち残れば一生遊んで暮らせるよう幕府が面倒を見てくれるらしい」


 王槐樹は酒に酔った腑抜け顔でへらへらと笑う。


「だからよぉ、今まで貯めてた金は全部使っちまおうと思ったわけだ」

「あら、それでずいぶんと羽振りがいいのねぇ」


尻を撫でてくる王槐樹をあしらいながら、遊女はわざとらしく笑う。


「くすくす、もし負けたら、どうするんです? 無一文じゃありませんか」

「だっはっは! その心配は要らねぇよ」

「あら、どうして?」

「考えてもみろよ。『試合』ってのは『い』だぜ?」


 王槐樹は上機嫌で笑った。


「負けたら死ぬんだ。仮に生き残ったとしても、負けた身で生き恥なんか晒せねえ。だから、勝つつもりで生きるしかねぇのさ」

「あら、まぁ」


遊女は、王槐樹の顔を見上げた。

ごつごつとした無精ひげだらけの顔には、死を恐れるかげりが感じられない。


そこけの馬鹿か、それとも……


「旦那、大物だねぇ。アタシ、恋慕キュンときちまったよ」


遊女は頬を赤らめて王槐樹をじっと見つめた。

生き死にの話を持ち出す物騒な客は、あでヶ《が》ではそこまで珍しくない。


だからこそ、目の肥えた遊女から見て、王槐樹はもっと決定的に、頭の中で何かが壊れているように見えた。

そのけつらくに美を見出す意識が、当時のはらの人々には確かにあった。


「おいおい、ずいぶんと甘えるじゃないか。二階、行くか?」

「……まだそうが残ってるよ。いいのかい?」

「なあに、一番のそうはお前さ」


王槐樹は片手でゆうじょを抱え上げると、ゆうかく二階の寝室へと消えていく。



「……はぁ」


ゆうかくの様子をとおがねのぞき見ていた『へい』は、あきに息を吐いた。


「あの野郎、お気楽に色街観光ときたもんだ。ムカつくなあ、こいろうよ」

「ん? ああ……まあ、楽しそうでいいんじゃないですかね」


『かまいたちこいろうは生返事をしつつ、九平治の小判を崩して買った酒をちびちびあおる。


九平治が用意した隠れ家から、二人は王槐樹を監視しているのだ。


おうかいじゅの野郎、ずいぶんと酔ってやがるな。あれは、明日の夕方まで響くぜ。帰り際に殺っちまおう」

「んー……」


恋次郎はまた生返事しつつ、気だるげに九平治を見やった。


「ねえ、九平治さん。あなたァ、どうしてこんなことをしてるんです?」

「あ?」


問われて、九平治は眉をしかめた。


「『人別帖』の殺し合いを生き残って分け前を手に入れるためだが」

「そうじゃない。生き残ってまで、あなたはいったい何がしたいんです?」

「……何故そんなことを聞く」

「ただの好奇心ですよ。他人の人生に興味があるんです」

「……」

「信用ならないなら、先に俺の話をしましょうか」


いぶかしむ九平治に、恋次郎は笑いかける。


「ご存じの通り、俺は元々、罪人の首を刎ねて処刑する役人です。多い時は日に何人も、とにかく斬りまくりました。するとね、色んな人の死に目に立ち会うんです。泣きながら命乞いする人、もっともらしく無実を主張する人、死ぬのが怖くない人、黙りこくってコロッと死んでいく人……」


恋次郎は、手に持ったさかずきに揺らぐ酒を見つめた。


「するとね、見えるようになるんです。目の前の人間が目先の欲で動いてるのか、それとも何か信念に従っているのか、はたまたドス黒い悪意に衝き動かされているのか……その人の『本質』のようなものが、首の『切り取り線』からにじんでくるんです」


九平治は、反射的に首元を手でさすった。


「俺はそんな感覚が嫌で、お役目から逃げ出しました。ただ、マサさんからは逃げきれませんでしてね。それならいっそ、俺は『死合い』で勝って幕府に『斬首刑の廃止』を進言しようと思ったわけです」

「……? 罪人に情でも湧いたか?」

「いいや、逆ですよ。俺が同情してるのは首斬り役人の方です。罪人を殺すのに、何も人様が手を汚すこたぁ無い。西洋の『ギロチン』っていう頸斬りのための処刑装置を導入すれば、俺みたいに人の斬り過ぎでおかしくなっちまう奴はいなくなります。そうでしょう」

「……確かに、狂っていやがるな」

「へへ、そう言わないでくださいよ」


恋次郎は一息に酒を飲み干した。


「遠目に見える『天下無双の王槐樹』……確かに強そうですけど、俺にはどうも、頭空っぽのお馬鹿みたく見えるんですよね。ですが、それを殺せとささやいてくる九平治さんからは信念のような『何か』を感じます。それが気になったから、俺はこの話に乗ったんです」

「……」


九平治はしかめっ面で恋次郎を睨みつけたが、安酒を胃に流し込むと、口を開く。


「俺には……」


九平治の脳裏には、ある男の姿が思い浮かんでいた。


「俺には、出来の悪い弟がいる。本当の弟じゃない、ただの子分みたいなもんだが……俺のことをあんちゃんあんちゃんと、犬みてぇについてきやがる」

「へぇ、いいことじゃありませんか」

「何がいいもんか。頭にミソが詰まってねぇ馬鹿の面倒見るために、俺は人の倍考えて仕事せにゃならん」

「それが楽しいんでしょ?」

「……まあ、な」


恋次郎はぶっすりと不機嫌そうに、酒を一口すすった。


「ふぅん……九平治さん、アンタ見た目によらず情の人だね。その弟さんのために、これから危ない橋を渡ろうとしてるってワケだ」

「勝手に見透かしたような口利きやがって」

「へっへっへ」


恋次郎は、人懐っこく笑った。


「よし。じゃあ明日の朝、スパッと殺っちまいましょうか。すこし寝ます」

「おう」


 ぐらりと横になると、恋次郎は寝息をかき始めた。


「……」


 九平治は恋次郎の寝顔を見下ろしながら何をか考えた後、灯りを吹き消した。




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